第30話:Arrow of Pain

騎士たちの一団が教会の前に来て戦闘の人が馬を下りた。

フードを脱ぐとそれはパーティで目にしたあのエーヴィッヒ卿だった。

彼は膝をついてこちらを見上げるように視線を向ける。

「……」

相変わらず無口なようだった。

「エーヴィッヒ卿。来てくださったのね」

「……パーティで約束した通り訪ねに」

「本当に……本当に助かります。私は……その……」

婚約の話をお断りしたのにと言うつもりがエーヴィッヒ卿は首を振った。

「……友人が困っているにそんなことは関係ない」

「ありがとう……」

彼は手を取ろうとしてくる。

それを思わず手を引いてしまった。

「あの何日もお風呂入ってなくて、汗まみれで汚いので」

「……戦場であればそんなことは良くある」

そう言って彼は手を取るとその甲に口づけをしてきた。

ただの儀礼だけど少しくすぐったく思う。

ふいと隣にアルテさんが寄ってきて、おほんっと咳払いをした。

彼女は少し不満そうな表情を見せていた。

「えっと?アルテさん?」

「助けが来たことは良いことだけれど、のんびりしてる暇はないわ」

「あ……そうですね」

あまりに不機嫌そうな顔に、それだけかなと思いつつも頷いた。

エーヴィッヒ卿も頷いて立ち上がる。

「……薪を運び入れよう」

そう言ってエーヴィッヒ卿が他の騎士に視線を向ける。

彼らは薪を携えて教会の裏手へと運んでいった。

エーヴィッヒ卿は一人残って教会を見上げていた。

「……様子を見ても?」

「はい。見てください」

中へ入るとエーヴィッヒ卿は目を見開く。

改めて見てみると確かに驚く光景だ。

大きな教会の床一面を敷き詰めるように人が倒れていて全員が咳をしている。

その中の一人が思い切りに咳をして、そして噎せ返った。

「ゲーッホ!ゲッホ!グ……ググ……」

「あっ!いけない!」

慌てて駆け寄る。

喉に痰が詰まってしまったんだ。

そのままでは呼吸ができなくなる。

病人の体を横向けさせると、軽く背中を叩く。

「ゲホッッッ!」

大きく咳き込んで呼吸が再開される。

ほうっと安堵してしまう。

入口の方でエーヴィッヒ卿が息をのんでいた。

「……これは何という……」

その傍らを看護を協力してくれている町の人々や修道士たちが布や服を持って走りながら出入りしている。

更に妹を背中に抱えたチェルシーが駆け込んでくる。

「ねーちゃん!連れてきたよ」

「ああ。うん。良かった。連れてこられたのね。ここに寝かせて」

空いている一角にすぐに布やら毛布やらを積んで即席のベッドにする。

横たわったリーズにブランケットをかぶせるとその額に濡れタオルを載せた。

「あ……お姫様……」

「大丈夫?リーズ。ここにいればみんないるからね。辛くなったら言ってね。出来ることはするから」

「うん……ありがとう……」

いつもにも増して消え入りそうな声だった。

入口にいたエーヴィッヒ卿がそろそろと近づいてくる。

「……こんななのか……」

「ずっとこうです。何日たったか分かりませんが」

「……これは……助けるつもりで来たが。これは戦場とは全く違う……」

「それは、そうでしょうね。人を斬る場所ではなくて人を助ける場所ですから」

「……これでは騎士などでは何の役にも立たないな……」

呆然とするように彼は言った。

「何言ってるんですか!」

「……しかし……」

「人を助ける気持ちがあれば、なんだって出来るはずです!騎士だって誰だって。お湯を沸かすのだって良いです!布を運んでくださるだけで助かります!だから……だから助けて下さい!!」

「あ……ああ」

彼は気を取り直したように頷いた。

それからアルテさんや修道士のエリックとともに騎士の人たちにいろんなことをお願いして教えて手伝ってもらえるようになると少しだけ楽になった。

少しだけだけどそれだけでもひどく助かった思いだった。

「これで何日かはもつでしょうか?」

「そうだと良いんだけれど……」

傍らで頷きながらもアルテさんの言葉は微妙に震えていた。

見上げてみるといつものように肌が透いたように白いけれど、唇が青く何かを我慢しているように顔を渋らせていた。

「アルテさん?どうしたんですか?顔色が悪いですよ!?」

「あ……うん……実はね…ハァハァ……」

まるで木の葉が落ちるようにゆっくりとアルテさんは膝から地面に倒れこむ。

「アルテさん!?アルテさんっ!!!」

慌てて彼女の額へと手を当てるとみんなと同じように火傷しそうなほどに熱くなっている。

「なんでっ……。いつの間に……。あ、アルテさん!体調悪かったんですか!?」

「ちょっとね……」

「ちょっとどころじゃないですよ!」

自分もショックで倒れそうになったところにエーヴィッヒ卿が駆け寄ってきた。

「……大丈夫か?」

「私よりアルテさんを」

頷いて彼はアルテさんをベッドの一つに寝かせた。

ひうひうと苦しそうにアルテさんは呼吸してる。

「どうしてこんなになるまでなんにも言わなかったんですか」

「だって。私が体調悪いとセリナちゃんが気になっちゃうでしょ……」

「倒れちゃった方が気になります!」

「それはそうかもね……」

軽く笑ったけれどアルテさんはすぐに咳き込む。

乾いた咳の音に気が狂いそうな気がして頭を抱えそうになる。

そこにチェルシーが駆けてきた。

「ねーちゃん!ねーちゃん!ちょっと!」

「何?どうしたの?」

「エリックって人が……エリックって人も倒れちゃって」

「ええ!?」

ずっと手伝ってくれていた修道士のエリックも同じ病にやられて倒れてしまったのだという。

「そんな……そんな……どうしたら」

不意にどすっと肩に重たいものがのしかかった気がした。

顔を上げるとエーヴィッヒ卿が険しい顔をしていた。

「……俺がいる」

「うん。そうですね……。それだけでもありがたいです」

本心だった。

「でも……どうすれば……。エーヴィッヒ卿。都やあなたの領内で似たような病気を聞いたことはないんですか?」

「……わからん。すまない」

「いえ。良いんです。誰も分からないんですから」

「……だが、不思議なことはある」

「なんですか?」

「……いや、君はなぜ無事なんだ?」

「え……?」

「……みんなが倒れているのに、なぜ君だけ?君は一番最初に侍女を看病していたと聞いたが」

「そう言えば」

確かに言われてみればエレノアと一番一緒にいたのは自分なのに、どうして私よりも先にアルテさんやエリックが倒れたのか。

それに比べて私は咳をする兆候すらもない。

何が違うのだろう。

そこまで考えたところであっと頭をよぎるものがあった。

「あの!エーヴィッヒ卿!しばらく、ここをお任せしても良いですか!?」

「……何か思いついたのか?」

「はい!もしかしたら……ですけど」

「……分かった。任せろ」

頷いたのに安心して倒れているアルテさんに近づく。

「待っててくださいねアルテさん。1日だけ。1日だけ待っててください」

「私のことは気にしなくて――」

「待っててくださいね!」

「うん……分かった。あ……これ預かっていて。寝ているときに持ってると割れちゃいそうだから」

そう言って彼女は眼鏡を渡してきた。

受け取って彼女の額の汗をぬぐうとそれで覚悟を決めて教会を飛び出た。

向かったのは孤児院の隣にある小屋だった。

「ここにまだあるはず!」

探したのは魔法の花を作った材料だった。

「魔法の花を作り始めた時、エレノアは咳をしてたのに悪くならなかった。作ってる間ずっとエレノアと一緒にいたけど私には病気がうつらなかった……。ということは」

もしかしたらかもしれないけれど、試作しているときに粉末になって消えていったあれが何か効いていたのかもしれない。

「だから、だったら、もしかしたら、魔法の花が薬になるかもしれない」

そんなわけはないかもしれない。

でも切羽詰まった自分にはその選択肢しか残されていない気持ちだった。

材料を同じように粉末にして練り上げる。

そして煙を満たしながら月が出るのを待った。

レンズで光を集めながら魔力を込めた。

でも、うまく固まらない。

「なんで!?」

空を見上げるとこの前よりも月がほんの少し欠けていた。

「もしかして…それで!?光が弱くなって!?な、なんで!なんでこんな時に!!」

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