第23話:波のゆくさき
アルテさんが顔を上げた。
「どうかしたの?セリナちゃん」
「いえ。なんでもないです。その……気にしないで見ててください」
「そう?」
アルテさんは再び品物へと視線を落とす。
ひそひそと行商人さんと話を戻す。
「本当なの……?」
「私が聞いたのは人づてですけど。耳と唇のほくろの特徴は噂通りですね」
「なんでドラゴンと戦ってるの?」
「吟遊詩人の言うところによると――」
「そんな大事なの?」
「大事ですよ。当時エルフの国がドラゴンに悩まされていて、国中のエルフがドラゴンに連れ去られていて」
「真面目に聞いてて損しない話?」
「こちらとしては真面目ですよ。とにかく彼女とその連れがその国を救ったという話ですよ」
本当なのかどうか知らんと思ってしまう。
なにしろあのアルテさんだ。
おっちょこちょいで泣いている姿ばかりしか見たことがない。
「信じがたいなぁ」
「自分もちょっと驚いています。もっと屈強な人かと思っていましたから」
「ふうん。じゃあ……アルテさんのことって何か歌われてるの?」
「そうですね。他には花が好きだとか」
「それは知ってる」
「あとはお連れの方が――」
「それはちょっと待って」
「なんですか?」
「その人のことはアルテさんが話してくれてないから勝手に聞いたら不味いかなあ……って思って」
「本人のことは良いんですかね?」
「それはそれ」
「と言っても、あまり私も知っているわけでは……」
話していると、ひょいとアルテさんが顔を上げた。
「ねえ。行商人さん。これを買おうと思うのだけれど」
「はい。はい。こちらの赤銅の花瓶ですか。良いご趣味ですね」
「おいくら?」
「こんなものでどうでしょう?」
行商人さんが一本指を立てる。
「一枚で良いってこと?分かったわ」
アルテさんは財布を取り出して一枚の硬貨を取り出す。
「これで良い?」と言って行商人に差し出した。
行商人さんはすぐに顔を渋らせる。
「これは……」
「なに?」
「金貨じゃないですか。銀貨で充分ですよ」
大体金貨は銀貨30枚くらいの価値がある。
「それにこれはアウレウス金貨じゃないですか。そんなもの使ってる人いませんよ」
「そうなの?私が若いころはみんな使っていたと思うけれど」
「何百年も前の話です」
行商人さんが肩をすくめるが気にもせずアルテさんは銀貨を差し出した。
それも何か行商人さんには気になるのだろう、ひどく渋い顔をしていた。
「もっと安い銀貨はありませんか?」
「ちょっと価値が分からないのだけれど……」
「それならもっと別のものも買いませんか?それ1枚でこれ三つは買えますよ」
「あら……」
ちょっと気になって口をはさむ。
「なら、行商人さん。その差額で買えそうなもの、何か出してみて。良いですよね?アルテさん」
「これ以上小さいものは今持ってないし。分かったわ」
行商人さんは頷いていくつかの商品を並べていった。
「これなら一つで差額分。これならこれとセットで良いぐらい。この小物入れとかも良いものですよ」
「私はどれでも良いんだけれど……」
「じゃあ私が選んでみても良いですか?アルテさんに合いそうなもの」
アルテさんは「もちろん」と頷いてくれた。
ただいくつか商品を見てみるけれど、あんまりピンとくるものがなかった。
良いものではあるけれどアルテさんが使いそうかと言うと、そんな感じがしない。
ふと、荷台の箱から飛び出していたアクセサリーが目に入った。
「あれは?売り物?」
「これですか?」
指をさすと行商人が取り出す。
それはオニキスを使ったらしき首飾りだった。
「それはおいくらなの?」
「うーん……これはまだいくらとも値段が言えないのですよ」
「どういうこと?」
「実はこの前の星渡りの時に落ちてきたらしいものなのですが。偶然拾いましてね。本物かどうかも分からないんです」
「でも綺麗だし良いデザインよ。アルテさんに似合いそう。どうですか?アルテさん?」
「私には派手すぎない?」
「そんなことないですよ。ちょっとつけてみてください」
行商人さんから受け取ってアルテさんの首に飾って見せる。
「うん。黒い服に良く似合ってます。石も小さいから嫌味じゃないですし。行商人さん。これ売ってくれませんか?」
「どうしましょうね。本物なら少し足が出ますし、本物でないなら高値すぎますが」
「本物だって思ってるんでしょう?」
「それなりに目利きには自信がありますから」
「じゃあ、足りない分はこの町の伯爵家に取りに来て。頼んでおくから」
「おや……伯爵家の方でしたか。それはそれは。知らぬこととはいえ大変失礼をしました」
「良いの。気にしないで」
「しかし伯爵家の方ということでしたら、まあその程度はお譲りしましょう。その代わりに偽物でも怒らないでいただけたら」
「当然。でも良いの?お支払いぐらいはするよ?」
「良いのです。これも良縁ということで」
「ありがとう。アルテさん。絶対似合ってるよ」
「そう?うん。じゃあ、これつけてみようかな……。ありがとうね。セリナちゃんも行商人さんも」
「商人としてはお代さえいただければ何でも重畳でございます」
恭しく行商人さんは頭を下げた。
「私からもありがとうね行商人さん。それじゃあ、アルテさん。他のところにも行ってみましょう?色々と見てもらいたいところがあるんです」
「うん。楽しみ」
そう言ってアルテさんとともに立ち去ろうとした時だった。
「ああ、令嬢様。ちょっとよろしいですか?」
「なに?」
「一つ思い出したことがありましてね。こちらに来てください」
手招きされて寄ってみる。
行商人さんはこっそりと耳打ちしてくる。
「あのアルテさんが好きだと歌われていたものが一つありまして」
「花じゃなくて」
「花ではあるのですが、花の種類で。これがなかなかに珍しく」
「エーデルワイスが好きだって言うのは聞いたことあるんだけれど」
「一番好きな物があるんですよ。これが」
「何?教えて」
行商人さんはにっと意味深な笑みを浮かべた。
「お値段次第で」
「商売人ね。良いよ。おいくら?」
「なに。お金はいりません。伯爵様にお目通りする機会をいただければ」
「それだけ?多分お父様はそんなことしなくても会ってくれるよ」
「良いのです。肉親にお口添えいただけるとなれば商売の信頼度が上がるというものですよ。どうです」
「分かった。じゃあ、お父様に伝えておくね」
「ありがたきこと。ではこちらがお約束のものです」
そう言って行商人さんは荷台から一つの巻物を取り出した。
「何これ?」
「その花の作り方でございます」
「作り方?育て方じゃなくて?」
「ええ。これは魔法で作る花でございます。それをあのお方のお連れ様が渡して喜ばれたのだとか」
誰にその花を貰ったかを聞いて少し顔が渋ってしまったのは正直な本音だ。
「そうなんだ」
「ただ作り方にどうにも不明なところがありまして、おそらくは作れた人は居ないのでしょう。あのアルテ様も作り方を知らないと思いますよ」
「そもそもどうしてそんなものの作り方が伝わってるの?」
行商人さんは微笑む。
「当時の興味を持った人が頼み込んで教えてもらったのだとか。結局作れなかったらしいですが」
「怪しい巻物ね……」
「はは。とっておきの品物というのはそう言うものです」
「ごめん。でもありがとう。試してみるね」
礼を言って手を振りながら行商人さんと離れる。
「どうかしたの?」
尋ねてくるアルテさんに首を振る。
「なんでもないの。ちょっと面白いことを聞いただけ」
「なに?教えてくれないの?」
「今度教えます。楽しみにしててください。それよりアルテさん。その首飾り似合ってますよ」
「なんだかね」
眉尻を下げながらもアルテさんは軽く笑った。
なんだか道先の空がキラキラと輝いて見えて少しだけ展望が晴れたような気持だった。
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