第17話 ねえさん!

 そんなこんなで俺は十層までやってきている。

 狙いどおり魔物に見つからなければどうということはない。

 とはいってもここまでのフロアの最奥には魔物が立ちはだかっていて、そのうえ証がどこにも見当たらない。おそらくだが倒さないと入手できないんだろう。

 つまり、単身での踏破報告は事実上不可能ということになるが別に問題ない。


 そのまま次の階を目指そうとしているとと腹の虫が泣いた。

 さすがに空腹ばかりはポーションじゃどうにもならないか。

 食料なんて持ってきてない俺は来た道を戻ることにした。


(ん、あれは……?)


 ちょうど三層に降りてくるとその場面は飛び込んできた。

 一人は最前線で盾を構え耐え忍んでいる。一人はその側面から一心不乱に両手の短剣を振りまわし、後方から残りの一人が弓矢を放つ。

 盾役一人に攻撃役二人の三人パーティーか。回復役がいないのはどう見ても辛そうだ。

 そんなことよりも、どいつもこいつも必死の形相をしていて余裕なんてないのはいやでもわかる。


 直後、魔物の攻撃を受けて盾役が吹き飛ばされると動揺の色を見せる仲間たち。

 どうにかしてやれればいいんだが俺には戦うことができない。

 仮に姿を現したところで、ポーションを手渡しするだけの暇なんてないし共倒れするのがオチだろう。

 やっぱり、こういう時無力だな。

 これが力を持たない人間の限界だ。

 ぐっと目を閉じかみしめる。


『させないよっ!』『お待ちになって!』


 その瞬間、エティアとミリアムの声が頭の中で響いた。

 俺が死のうとした時、必死になって止めてくれたのはあいつらだった。

 仮に見捨ててしまったとして、この先胸を張って会えるのか。後ろめたい気持ちのまま素直に笑えるのか。

 あいにく俺はそんな器用な人間じゃない。

 だから今は、自分にしかできないことだけを考えよう。

 大きく目を見開き虚空に向けて告げる。


「エルミ、【スローイング】に決めたわ」

『リンネさんはスローイングスキルを習得しました。今後、任意の対象にもポーション効果が適用されます』


 頭の中でなにかが弾ける音がした。

 よしきた。俺はすぐさま駆け出し足元の小石を魔物めがけて投げつける。


『リンネさんの隠密スキルは解除されました。ダンジョンに入りなおすことで再度適用されます』


 なるほど、そういう仕組みなんだな。

 とうなづきながら前にいる三人に声をかける。


「回復はこっちで全部持つわ。あなたたち、全力で戦いなさい!」

「ねえさん、ほんっとうにありがとうございました‼」


 ひたすら投げに投げ、すべてが終わった後三人から手厚く感謝され帰宅した。

 ねえさんって俺のことだったのか?

 まあなんでもいいか。終わってみればポーションの在庫はほぼなくなっていた。

 これが切れてたと思うとぞっとするし、イレギュラー対応を考えると多めに持てた方が安心かもしれないな。

 今後のことを考えているうちに眠ってしまっていた。


「見ろ、あのリンネさんだ!」


 翌日。新商品の評判を聞こうとギルドに入った瞬間、大声が響き渡り冒険者たちから周りを囲まれてしまった。


「な、な、なに……あなたたちは」


 俺は身構えながら言う。


「聞きましたよ。一緒にパーティー組んでください!」

「おやおや、抜け駆けとは感心しませんね。どうか我らの騎士団においでください」

「ねえさん! また俺たちを助けてやってもらえませんか?」


 昨日の三人組が話を広めただろうことはわかった。

 しかし驚いた。ヒーラーの真似ごとをしただけでここまで言われるなんてな。

 悪い気がしないと言えばうそになる。

 だが俺の助けたい相手パーティーメンバーはもうすでに決まってるんだ。


「ごめんなさいね、先約がいるの」


 すべての勧誘を一蹴したあとギルドを出ようとすると、目の前の扉がゆっくりと開いた。


「それは僕のことだろうか?」


 そこに立っているのは勇者のなんとかって名前の男だ。


「勇者様は『思い上がり』って言葉をご存知?」

「うん、ものをはっきり言うところも僕好みだ! ところで弟君は息災だろうか?」


 なにいってんだこいつ? そんなもんいるわけないだろ。


「ごめんなさい、急いでるのでこれで」


 とにかく関わりあいになりたくない。

 俺は大きくため息をついてすれ違おうとした。


「いけませんよフォスター様。そのような素性も知れない女などにうつつを抜かしては」


 ああ、そういえばこいつフォスターだとかいったな。

 続けて後ろにいる女と視線が合う。

 美少女というよりは綺麗なお姉さんといったほうが相応しいのかもしれない。

 さすがは勇者パーティー、美男美女ばかり揃えてそうで実に妬ましい限りだ。


「そうは言うけどねエルオーネ。彼女をよく見てみたまえ。なんとも言えない感情が湧き上がってくるだろう?」

「なんとも形容しがたい、ですか……?」


 エルオーネと呼ばれた赤いポニテ女は俺をじいーっと見つめ始めた。

 なんだろう、ものすごくいやな予感がする。

 それを直感した俺は場を去ろうとしたのだが回り込まれてしまった。


「なに? や、やろうっていうのなら受けてたつわよ!」


 ファイティングポーズを取って威嚇する。


「お、お、お……」

「お?」

「お持ち帰りしたーいっ!」


 女からぎゅっと抱きしめられる。

 雑な即オチ二コマのような展開に俺の脳みそは思考を停止した。

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