第2話 銀髪美少女爆誕
「目覚めなさい――」
真っ暗闇の中。どこからか女の声がする。
反応しようにもなにも見えないうえに、まるで金縛りのように体は動かない。
「いまこそ目覚める時です――」
いや待てよ。俺はもう死んでるはずだ。
どこに目覚めなくちゃいけない理由がある?
ああそうだ、今の状態は好都合だとこのままやり過ごすことにする。
「えーい、めんどくさいですねえ。
神妙だったこれまでとは打って変わって気の抜けた声が響いた。
……今めんどくさいって言わなかったか?
いいや、どうだっていい。別に構うものか。
そのまま無視を決め込んでいると、俺の中でなにかが弾けそれと同時に両目が開いた。
「なんだったんだ今のは……?」
「いいお目覚めですね? ですよね
「なあっ⁉」
思わず変な声がでてしまうくらいに驚いた理由は二つある。
名前を知られていることと、横になっていたはずなのにいつのまにか金髪の女と向かい合っていたことだ。
あまりのことに言葉が出ないでいると、女はにこりと人のよさそうな笑顔を浮かべた。
「ふっふっふー。ここがどこだか気になります?」
「あ、あの世ってやつ」
「はい?」
久しぶりに人と話すせいか声が裏返り、女から首をかしげられてしまった。
俺は何度か咳払いをしたあと、できるだけ低い声で巻き返しをはかる。
「……あの世ってやつだろ。で、死神のあんたが連れてってくれるんだよな?」
「残念、どちらも大・大・大不正解っ! 正しくは天界と言いまして、私は女神のアリシアと申します」
「はあ」
なんだ違うのか。俺からは大きく溜息が出てしまうが、この女ときたら目を大きく見開いてこう言うのだ。
「あら? 大体の方はここで『女神様、もしかして転生ですか⁉』なんて驚くはずなのですけど」
「へー」
「あのあの、聞いてます?」
「ほー」
こんな力のない相槌は相手の話す気をなくさせるのに最適だ。なのにこの自称女神ときたらそうはいかない。
「本当冷静な方ですねえ。それはさておきまして、輪廻さんも名前のとおり新たな人生を歩もうと言うのでしょう?」
「断る」
「はい、おまかせくださ~い。ではこちらにサインを……って、って、ってー! どどどど、どうして転生しないんです⁉」
とにかく女は叫んだ。もはや絶叫に等しい声量で。
さっきから思ってたんだがぎゃあぎゃあとクソほどにやかましい。
もちろん異世界転生のことはよくわかってる。
無職の闇に呑まれてる間ラノベやらWEB、果てはコミカライズなんて寝食も忘れてひたすらに読み漁ったからな。
ただ
「このまま静かに眠らせてくれればいい」
「それだけはダメです! 困ります!」
「あ? 俺の話なのになんであんたが困るんだよ」
「えぇ? そ、それは~……」
女神の目が泳ぎ出した。
明らかになんか隠してるようだがお生憎様だったな。微塵も聞きたいとは思わん。
「まあそれはどうだっていいんだが――」
「あ、あのですね! そう、その外見で荒っぽい振る舞いはどうかと思うわけでしてぇー」
「どのだよ?」
「こ、こ、この。このです!」
女は足元の泉を何度も指差した。
いいから覗いてみろと言いたいのは嫌でもわかる。
「はいはい、どうせまたろくでもないこと」
言いながら泉を見ると、そこに映っているのは銀色の長い髪をした女の子だ。
この女神と同じくらいかそれ以上に目鼻立ちが整っている。いわゆるラノベのカラーページにある登場人物紹介で見るような美少女と言って差し支えない。
しかしおかしいな。
体を後ろに逸らしながら腕組みをしても「あ?」と口を開け睨みつけても、この女の子は俺と同じ動きをしている。
「そろそろ理解できましたか? とってもとっても可愛らしい輪廻ちゃんさん!」
「はあ?」
「まったく鈍い方ですねぇ。銀髪美少女の輪廻ちゃんと言っているのですよ?」
初めからトチ狂った女だとは思ってたがどうやら本当にそうらしい。
俺はやれやれと自分のこめかみの辺りを指しながら女に視線を向ける。
「お前、ここ大丈夫か?」
「もちろん! 頭はいたって正常、通常営業でお送りしていますよ!」
「……まじで本気で言ってる?」
「それはもう大マジです!」
「いやいやいや、さすがに違うよな⁉」
「なんとまあなんとまあー! ふふふ、ほんっとーに知らなかったようですね?」
お気楽な声を耳にしながら、俺は何度か深呼吸してようやく落ち着いた。
「で、一応聞いとくけどあんたの仕業?」
「いいえ? 私にそこまでの権限はありませんもの。なにかの弾みでこうなったのかもしれませんねえ~!」
楽しげに笑う女神様はこの際どうだっていい。
たとえ姿が変わろうと問題なんて一つもない。望み自体は変わらないんだからな。
「俺は成仏したいんだ。手っ取り早く済ませてくれるとありがたい」
「まあ、まあまあ、まあまあまあまあ、そう言わず! なにがお望みですか? チート能力? 不遇職と見せかけた最強職? 最初から好感度マックスのハーレム? 追放からのざまあ展開? もしかして全部です⁉ よっ、この
「ああうざいうざい。いい加減人の話聞け。なんも望まねえからさっさとあの世に送れっつってんだよ」
俗世に詳しすぎるのはこの際聞かなかったことにするとして、本当なんなんだこいつは。
女神とはいえ管理職のようなものなんだろうから事務的に動いてればいいんだよ。
なのに女は俺の考えとは反対になぜか大きくため息をついた。
「まったく、あきれ返るほどに欲のない方ですね。では質問を変えましょう。もしあの世に行けるとしたら、どのようにして過ごしたいですか?」
「誰とも関わらずにひっそりと、いつでも自害できる環境で過ごす」
「……これはよくありませんね。少し失礼しますよ」
女は眉間にしわをよせながらやれやれとおおげさに首を何度か振ったあと、突然俺の手を握りしめてきた。
……こんなの中学のキャンプファイヤー以来だな。
ほんのりとした温かさに懐かしさのようなものを感じていると手が離れていった。
「あんた、今なにをした?」
「生前の記憶をすべて覗かせてもらいました」
これまでとは打って変わって女は慈愛に満ちた目をしている。
いいよそういうの。やめてくれよもう。
死んでまで同情されるなんてまっぴらだ。俺は視線を逸らし吐き捨てながら言う。
「はっ、余計なことを」
「それはあなたではなく私自身が決めること。やっぱり、あなたは次の人生を送るべき人物です!」
「だからいい。って、だから人の話聞け……おい!」
突然足元が光りだすとすごく嫌な予感がした。
女神がそれはいい笑顔を浮かべていたからだ。
「女神アリシアの名のもとに命じます、
「こんのクソ女がぁ! クソビッチ! 下痢便、下痢便の女神!」
「あぁあぁあああ、ここまでの罵詈雑言は生まれて初めてで半泣き状態です! じゃなくてまーったく聞こえませんねぇ! ではではお達者ということでー!」
涙目浮かべながらよく言うわ。
次の瞬間すっと目の前からなにも見えなくなっていき、最後にはすべてが真っ白になった。
こういうイベント自体モブには用意されてないはずなんだがな。
早すぎる展開についていけないまま、俺は一ミリも望んでない異世界転生を果たしてしまうのだった。
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