三十八話 未来を見る

 九月十二日早朝。玄関の扉を軽くノックする音で目が醒める。


(誰だ?)


 ゆっくりと起き上がり、扉を開ける。街灯の光が誰かを映していた。ゆっくり解錠し、扉を開ける。そこには重々しい雰囲気をまとう守が立っていた。


「朝早くにすまない。少し事情が変わってな。来てくれ」


 守は一言も話さずただ黙って歩き続ける。昨日怒られたこともあり、気まずい命はただ黙って後を付けた。

 最寄り駅に辿り着く。早朝の為、人影は少ない。目的地は駅ではないようで足は進み続ける。やがて立体駐車場に入っていった。エレベーターに乗り込み五階を押した。


「乗ってくれ」


 五階に着くとエレベーター乗り場前に止めてある車を指差して守は言った。前から車内を見ると誠一と道輔の姿が見える。間違えていないと確認し、車内に入った。


「おはよう、東岡くん」


「おはようございます、安藤さん」


 誠一と挨拶を交わすと守が遅れて乗車する。車内に静寂が訪れる。守は大きく息を吸って深呼吸を行う。その行為がこれから話す内容の重さを物語っていた。


「話があってお前達を呼んだ。端的に言うと――二人行方不明になった」


「っ!?」


 命達二人はその言葉に目を大きく開ける。


「被害者は女子生徒二名。昨日、下校途中に両親へ友人と遊んで帰ると連絡があったのにも関わらず夜十二時を越えても帰宅は無かった。もちろん今も連絡は取れていない」


 ダッシュボードを開き中をガサガサと漁り始める守を横目に誠一は話を引き継ぐ。


「連絡の内容は三人で遊ぶっていうものだったらしくて、話を聞かせてもらうとどうやら一人だけ無事みたいでね。これがその子達の写真。見覚えないかな?」


 守は数枚の写真を誠一に手渡し、それを命達に見せた。


 大島 香奈(オオシマ カナ)

 花沢 美咲(ハナザワ ミサキ)

 大場 由香里(オオバ ユカリ)


 三名の証明写真はどれも楽しそうに微笑む顔が映っていた。油性ペンで漢字と読みが掛かれておりその写真を見た瞬間、命は一瞬で気付いた。



「この子……」


 一言断りを入れてから由香里の写真を手に取った。冷や汗と動悸が止まらない。


「大場由香里。さっき安藤が言っていた三人グループで唯一生存が確認されてる生徒だ」


「お守りの子だ」


 異変を感じ取ったお守りを持っていた学生と同じ顔をしていた。横から命を見る道輔はどんな言葉を掛ければ良いのか分からず口を閉じる。


「俺のせいです。俺が――」


 吐きそうになる気持ちと強い後悔が体と心を襲う。昨日出会った時に殺しておけば残りの二人は殺されなかったかもしれない。自責の思考が口を走らせる。


「今は誰が足を引っ張っているなんて話はしていない。事が起きた以上、俺達ができるのはそれの対処。それだけだ」


「……」


 守は命の自責の考えを注意する。起きた事を悔いても仕方ない。合理的にかつ、多数を助けられるように動く。それが守の信念だった。


「前も言った被害者が増えようと認可が下りる時間が早まることは無い」


 守は後部座席を向いて、深々と頭を下げて言った。


「必要な情報は出来る限りにお前達に伝える。だから、頼む。これ以上悲しむ人を増やさないでくれ」


 合理的かつ多数を救う。それが守の信念だろうと彼は人間だ。何もできずただ命だけが散っていく事に少しずつ心を擦り減らしていた。


「わかりました」


 守と誠一は被害者達の情報をもう一度まとめるため解散となった。エレベーターに乗り込み、駅まで命と道輔は足を止めた。


「被害者が増えたのはお前のせいじゃない。俺からも言っておく。この仕事をしてると思うよな。気づいていればとか、もっと強ければとかさ。今の人を救えたらそりゃあ最高だよ。悲しむ人もいないし、自分も悲しまないし」


 道輔が先程の命の自責に対して自分の経験をもとに話を始める。


「でも俺達が見据えるべきは今じゃない。千年以上続く、この戦いを終わらせ、後世の人達が戦わなくて良い未来を築く。未来を見るんだ」


「……」


 達観していると思いながらも、その切り替えの早さに命はついていける気がしなかった。道輔と自分には他者の死に関する考えに溝がある。そう思うといつかこの溝のせいで自分が誰かを殺してしまうのではないかと不安になった。


「なんて偉そうに言ってるけど、俺も結構思ってるんだ。もっと俺が穢れを感じれたらとかな。でも今俺達にできるのはこれ以上被害者を生まない事だ」


「頑張ろうぜ」


 道輔は握り拳を前に出す。命は「おう」と言いゴツンと拳を当てた。もやもやとした心のまま帰路につく。


「お帰り」


「どうも」


 舞桜が命の家の前で立っていた。パジャマ姿だが眼帯は変わらず薔薇の刺繍が入っているものだった。


「状況を見るからに、結構ギリギリっぽいね」


「お見通しですね、相変わらず」


 命の顔色を窺いピシャリと現状を言い当てる。その的中率の高さに苦笑いを浮かべる命。


「今ここで君に何か言おうとしても愛に嫌な顔をされ、君にも嫌われるだろうから止めておくよ」


 昨日のビンタを遠回しに謝罪しているように聞こえる。命は自分が悪いと知っている為、


「良いですよ。言ってください」


 と、アドバイスを求めた。


「なら伝えよう。君の最終目的は禍津を殺す事だ。その道のりはきっと険しいし、沢山の犠牲を払う事になるだろう。もちろん君の人間性の犠牲も含めてね」


 いつも通り饒舌に自分の考えを伝える。段々と舞桜は命へ歩み寄ってくる。


「君はそう簡単には死なない。でもそれはあくまでも穢消師としての東岡命だ。君は穢消師でもありながら人間だ。私や一穂と同じ人間なんだ」


 すぐ前で足を止める。そして、


「それだけは忘れるな」


 力強く命を抱きしめ、耳元で震える声でそう言った。そして命から離れ、


「じゃあおやすみ」


 微笑みながら帰っていった。ただ立ち尽くす命。

 久しく忘れていたことを思い出す。

 自分が人間であることを。


「俺は、人間なんだ」


 どれだけ傷つこうと、死にかけようと関係ない。ただ戦いの中で人間であることを忘れ、戦いだけの穢消師になる事を舞桜は恐れていたんだと命は気付いた。


「ありがとございます、舞桜さん」


 命は気持ちを入れ替え、自宅へと戻った。

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