三十六話 怨念

「あの子だ」


 命は対象に指を刺した。導は確認した後すぐに歩き始める。命は急いで肩を掴んだ。


「いくら教師とは言っても――」


 教師が突然話しかけて怪しまれたらどうする。そこまで言おうとしたが、それより早く導は話した。


「私は純粋な穢レ人だから、大丈夫だよ」


 導から放たれる雰囲気が変わる。人間と大差無かった穢れの放出量が段々と増え始める。


(極限まで人間に似せる穢レ術もあるのか)


 数秒で人間擬きから完全な穢レ人へと変わる。今の導を一般人は見る事も感じる事もできない。それが可能なのは訓練や才能がある命と道輔のみ。

 慎重に導は対象へ近づき、気の発生源である何かを掴んで帰ってくる。そして人間と同等の放出量まで減らし、十剣の導から教師の導始へと戻った。


「やっぱり、この操作は疲れるな」


 マラソンを走った後の様な荒い息遣いの導は何度も深い呼吸をしながら入手したものを命に見せる。


「お守り?」


 学業成就と文字が縫われているピンクのお守りがその手にあった。しかしよく見る物よりもいささか分厚いようにも見える。


「さっきの何だったんだ?」


 校舎に向かったが踵を返してきた道輔も合流。静かに状況を整理する為に三人は一旦空き教室へ向かう。加害者が仕掛けたトラップの可能性も考えられる為、道輔はいくつか防御用の式神を展開する。


 導がゆっくりとお守りの紐を外し、中身を出す。そこには何重にも折りたたまれた分厚い紙が入っていた。


「罠では無さそうか?」


 特にお守り自体にトラップが仕組まれているようには見えないが万が一の為に式神の展開は続ける。


「この紙に付着してる穢れ……独特な気を放ってるね。東岡ならもっと詳しく分かるんじゃないのかな?」


 導は紙をベタベタ触るもさらに一歩進んだ発見は得られなかった。その為、穢れに対して敏感である命に触るよう提案する。


「命、気を付けろよ」


 恐る恐る手を伸ばす。愛にも一応自分の身に何か起きればいつでも主導権を握らせ逃げるようにお願いをした。


「っ!?」


 紙に手が触れた途端、一気に負の感情が体に流れる。強烈な負の感情が身体にストレスを与え、胃に激痛が走る。


「大丈夫か!?」


 ポタポタと口から血が滴り始める。それを見て道輔と導は命を引っ張り紙から離れさせた。


「胃に穴が空いたみたい。心臓は穢れで出来てるから無事だけど、人間が触れたら即死よ、この紙」


 愛が命の身に何が起きたのかを脳内で説明する。命は服の袖で血を拭い、立ち上がる。口の中は濃厚な鉄の味が広がり、不快感が背筋を凍らす。


「悪い……穢れがあまりにも強くて」


 まだ少し痛む腹部を押さえながらそう言った。


「畳んでるって事は中に何か書いてるはずだよな」


 そう言ってゆっくりと歩き始める。


「おい、もう触らなくて良いって」


 道輔は肩を掴んで制止させる。


「私が触る。すまない、私の責任だ。君にあんな危険なものを触らせてしまうなんて」


 導は命の前に両肩を掴んで謝罪をした。命は一旦動くのを止めて、


「俺は大丈夫だ。ただあの紙が何であんなに何回も折りたたまれてるか気になってな」


 と健康であることをアピールする。導はそのまま紙の方へ向かい、折りたたまれたものを開き、一枚のまっすぐな紙にした。


「……」


 その中身を見て三人は絶句した。

 真っ赤な文字。その色はただのインクかそれとも血か。そして描かれているのは何度も殴り書きした”許さない”と”必ず殺す”の文字。どれだけの憎しみと怒りが込められているのか分からない。ただ一つだけ言える事は、


(これは絶対にお遊びじゃない。これを使って人を殺してる)


 文字から生まれ続ける微弱な穢れ。それはその文字が相当な感情を込めて書かれている事を表していた。


「実は君達に隠していた事がある」


 唐突に導は話始める。命はその唐突さに驚きながらも「言ってみろ」と会話を続けた。


「私は十剣の能力で軽い催眠術を使える。人を導くために考えを改めさせる。そう言った意図で禍津はその力を授けた」


「お前、もしかして――」


「いや、違う違う。催眠術で人をどうこうしようなんて、して良いはずがない。だから使うのは止めてたんだ。だけど、もうここまで証拠が出てきたら催眠術を使って全てを明らかにした方が良いと思ってね」


 紙を見られたことで裏切りを告白したのかと命は思ったが、ただの導の間の悪いカミングアウトだった。気を取り直して今度は道輔が催眠について質問をした。


「催眠術の効果は?」


「相手の思想や思考を変更したり、軽い幻覚を見せたりできる程度。基本として相手に害をなす命令は無理。効果時間は相手の精神状態で決まるから興奮してたりすると時間が短かったり、そもそも掛からなかったり」


 催眠について説明を聞く中で、あまり強制力の無い生易しい力だと命は思う。相手に害をなす命令ができなかったりなど、あくまでも自主的に導く事に重きを置いている。それが人であった頃の禍津が考えた導くという言葉なのだろうかと勝手に解釈する。


「それをこの学校の教師に掛けて、過去のイジメを洗いざらい吐いてもらう。そういう事だな」


 道輔の質問に導は「その通り」と肯定した。続けて誰に催眠を掛けるかという話になる。過去を知りながらも話してくれそうな穏やかな人物。導は少し考えた後、一人例に挙げた。


「この学校の教頭先生。確か名前は赤木 辰雄(アカギ タツオ)だったかな。彼は人当りが良いし、何よりこの学校で一番長く在籍しいる」


「なら掛ける相手は決まったな。あとは何を聞くか、それは今から話そうぜ」


 道輔が舵を取り、標的が定まる。三人はそこから質問の内容を練り始めた。

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