十五話 助けられなかった者達

 屋上で命はボーッとしていた。何かを考えていると自己嫌悪に至るからだ。離れた場所で哲太は誰かと電話をしていた。千福はこの混乱の乗じて他の穢レ人が来る可能性があると考え、屋上から辺りを偵察している。

 手の空いていた愛はただ命の隣に座っていた。


「ねぇ、命」


「ん?」


 気の抜けた返事。


「右腕、完全に治せなくてごめんなさい」


 申し訳なさそうに謝罪を述べた。結論として命の右腕は戻らなかった。あくまでも穢れで形作った義手。それを人肌に変えて騙す事しかできない。傷口から手を生やすことは流石の愛でも不可能だった。


「別に、またお願いすれば生やしてくれるんだろ?」


 黒い龍を発生させた際に命の心臓のある部分壊れた。

 それは穢れを生み出す感情だった。負の感情を感じていなくても穢れが常に出続ける。蛇口が壊れて水が止まらないように。

 右腕を義手として使用した際、そこが出口となり無限に穢れが垂れ流しになる。そうなれば周りを汚染し続ける。結果右腕は非常時以外欠損のままという約束になった。

 下の駐車場では救急車やパトカーのサイレンが鳴り響き、蝉の声が掻き消されている。それを見つめる命を何も言わず愛はそっと見守った。


「命、君を助けてくれる人と話がついた。今からその人の家に一緒に行くよ」


「分かりました」


 哲太が呼び掛ける。命はすぐに立ち上がって小走りで向かった。しかし一向に動かない愛に対して不思議そうな顔で尋ねた。


「おい、行くぞ」


「行って良いの?」


 それは愛の純粋な問いだった。意地悪な質問だとも思った。自分があの時、手を掴ませた。なのに今になって加害者の気持ちになって罪悪感を感じている。もし拒絶されたら、少し心配になる。


「は? 行って良いのって……お前がいなきゃこの先どうやって戦うんだ。一心同体だろ? ほら、行くぞ」


 首を傾げながら命は愛に来るよう指示する。その言葉を聞いて胸が軽くなった。


「少し千福とお話ししたいから先に行っておいて。後で戻るから」


「分かった。遅れんなよ」


 一旦離れる口実を伝える。命は哲太と共に下へ降りて行った。


「今更罪悪感でも感じているのか?」


 仁王立ちで監視を続ける千福は愛に対して冷たい声で聞いた。痛い所を突いてきた千福に対して愛は子供の様に「さあね」と適当に返事をする。


「一つだけ忠告しておこう」


 珍しく自分から口を開く千福に愛は「どうぞ」と喋るように促した。


「あの小僧から愛されたいがために戦争に参加させたのならそれは失敗だ。あいつは優しすぎる。この戦争でそんな奴は仲間の死に耐えられなくなるか。自己を犠牲にしすぎるか。理由は色々あるがいずれ――破滅する」


 淡々と言い切った。


「……」


 その声色に対して愛は軽口一つ言わなかった。顔は見えないがきっとひどい顔をしている。人を守る為に神になった千福が今までどんな物語を歩んできたのか分からない。でもきっとそれは自由奔放に生きてきた穢レ人とは違い壮絶な物なのだろう。愛はそう考えて口を閉じ続けた。


「とは言え、もう後戻りもできない。お前が巻き込んだのなら最後まで責任は持つ事だな」


「ご忠告どうも」


 そう吐き捨てた言葉は夏の風に飛ばされた。


 駐車場に辿り着くとそこは上から見下ろすよりも混沌と化していた。救急隊員やロングコートを着た穢消師達が大量に動き周り、辺りを見ると怪我をした一般人で溢れかえっている。


「……」


 言葉に出来なかった。この中にはきっと施設内にいる人の帰りを待っている人がいるのだろう。そう思うと急激に吐き気を催す。


「大丈夫だ、命。君のせいじゃない」


 吐きそうになる命の背中を優しく摩る。吐き気は収まり、ゆっくりと駐車場から離れようとしていた。


「あ、お兄さん!」


 聞き覚えのある声が聞こえた。横を振り向くとあの少女だった。ロングコートを着た人達に「お話してきます」と伝え、こちらへ走ってくる。


「知り合いかい?」


「自分が唯一助けれた子です」


 目の前までやってきた。そこで命は心配の言葉よりも先に、


「悪い、あいつは倒せなかった」


 その言葉が出てしまった。


「私を助けてくれたから大丈夫」


「そんな訳――」


 怒鳴られる覚悟だったが少女の言葉は逆に命を苦しめる。いっそ殴られた方が心が軽くなるとも考えだす。


「パパとママが消えちゃって、私も逃げれなくて。ここで死ぬんだろうなって思ってた。でも助けてくれた。怖かったけど、お兄さんが助けてくれて……嬉しかった……」


「……」


 泣き崩れる少女。穢消師達が急いでこちらに寄ってくる。


「命、行こう。今バレたら面倒だ」


 命の右腕について追及された場合、助けることが出来なくなる。そう考えた哲太は無理矢理に会話を終わらせようとした。少女は二人が去る事を知って最後に涙で震える声で一番言いたい事を伝えた。


「ありがとう」


 伝えられる感謝の言葉。肩が軽くなった気がした。そのまま駐車場を離れる。


「タクシーを呼びたいけど……この混雑状況だと家に帰って車の方が良さそうだね」


 救急車などで駐車場付近の道路は混雑していた。その為、ここから歩いて哲太の家へ向かう事となった。

 歩く際中も命の耳からはサイレンや人の声が離れなかった。それはまだどこかに自分を責める気持ちがあるのか、それとも、もうこれ以上このような惨状を生んではいけないという怒りからなのか。


 それは誰にも分からない。

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