七話 右腕という代償
勢いよく上半身を起こした。呼吸は荒く、額には汗が浮かんでいる。さっき見た夢は何なのか命は呼吸を整えながら考え始める。
(あの記憶は……なんだ?)
赤子が仮に自分なら第三者視点から見る記憶などあり得ない。
(もしかして愛が――)
「大丈夫かい?」
居間の扉を開けて、額に汗を浮かべる命を心配そうに哲太は見つめていた。そこでここが祖母の家だと気付く。
「随分とうなされてたね。悪い夢でも見たのかい?」
「変な夢を見まして……」
愛想笑いで命は話を流した。ここ最近色々な事が起きていて疲れているのだろう。勝手にそう思い込み、誰にも打ち明けなかった。
気分を変えるために顔でも洗おうと考え、立ち上がろうと右手を地面についた。
「うわッ!」
ドスン。布団へ顎から落下する。再び立ち上がろうとするも、中々右腕が上手く使えない。長時間寝ていた為、まだ寝ぼけているのかと心配するも哲太は悲しそうな顔で一言伝えた。
「良く永命から生き残ったよ。その右腕のお陰で君は今も生きていられる」
命は目線を右腕へ向けた。そこにはあったはずのものが無かった。
(そうだった)
全て夢で片付けようとしていた。永命との死闘。そして右腕の喪失も。
「俺がこの道を選んだんだ。夢で誤魔化すな」
自分自身の弱さを命は叱った。一瞬現実逃避を行い、全てから逃げようとした自分を。それを見ていた哲太は命の意志の強さを確認し、口を開いた。
「悪い話があるんだ。永命との戦いで君は短時間で生死を繰り返し、月光に照らされた。そのせいで君の体の中には許容値ギリギリの穢れが溜まっている」
コップの例え話を聞かされ、命は自分自身が置かれている立場を知った。
「じゃあ俺はもう」
少し心が揺らぐ。目が泳ぎ、嫌な考えばかりが頭に浮かび始める。哲太は命を安心させる為、すぐに否定した。
「神様の血を分けてもらった。時間は掛かるが少しづつ君の汚染は浄化されていく。死にはしない、安心してくれ」
「赤い髪の女の人がいたでしょ? あれは桜龍町に住んでる神様でね、私が交渉して血を分けてもらったの」
愛も哲太と共に命を安心させる為に説明に加わった。自分は安全だ。そう認識した命はホッと胸を撫で下ろした。その際、ふとした疑問が頭に浮かぶ。
「愛に心臓を作ってもらうのは駄目なんですか?」
穢れによって死ぬ理由はストレスが掛かり心臓が壊れてしまう為。それなら適に刺された傷をくっ付ける治療よりも心臓そのものを穢れにしてしまえば死なないのではないか。その疑問を哲太に投げかける。
「良いとは言えないね。もし君の心臓が穢れで出来ているのなら君のことを穢レ人と呼ばなければいけなくなる」
人間と穢レ人は似ている。五感、見た目、表し、受け取る感情の種類も。ただ一つだけ違う点。それは肉体を構成しているものが穢れかどうか。
哲太が言った心臓の話は穢消師を束ねる穢消師協会が定めた人間と穢レ人との違いについて。つまり今はまだ心臓は辛うじて人間である命がこの先穢れの心臓を手にしてしまった場合、庇う事も見逃す事もできないと遠回しに伝えていた。
「君は運悪く穢れと関わってしまっただけなんだ。ここが最後の分岐点だ。逃せばもう今日みたいに何かを失い続ける道へ進んでしまう」
「……」
命は高すぎる勉強代を力強く握りしめた。
「右腕は事故で失った事にすると良い。私の知り合いにそう言った書類に詳しい子がいるんだ」
哲太は最後に命の背中を押した。穢消師として今まで自分は多くの犠牲を払ってきた。それはとても残酷で何度も足を止めてしまう程の道だった。その道を簡単に歩けと言えるほど無責任では無かった。
「帰ります。不自由ですけど生きてるだけで儲けですよね」
笑顔で命は正しい道を歩む宣言をした。
「送るよ」
哲太の軽自動車で駅まで送ってもらう。遠くには桜龍寺が見える。全てが始まり、全てが終わった場所。やがて山間部へ車は進んでいく。ここで初めて人と戦った。記憶が蘇る。やがて山を抜け、駅が見えてくる。
「それじゃあ……いや、君はもう私に会わない方が良い。だから適切なのは――さようなら、命。どうか元気でね」
車を駐車場に止めて駅の改札前で哲太は優しく微笑みながら別れの言葉を伝えた。その言葉を聞いて命は瞳から涙が溢れ始める。
「本当に色々とお世話になりました……さようなら」
人生で一番深く頭を下げる。そして最後は笑顔で別れたい。そう思って顔を上げた。しかしそこに哲太の姿も車ももう無かった。
八月十三日から八月十六日の三日間で起きた出来事は絶対に忘れないだろう。最初はただの墓掃除のお願いから始めった。行ってみると適に殺されかけ愛に裏切られ、なのに手を掴んで生き返らせてもらい、助けてくれた哲太と戦った。
改札を通る。電車はあと十分後に到着すると時刻表で確認した。蝉が鳴き、漂う空気すら熱い駅で命はそっとベンチに座った。
哲太に見逃してもらい、帰ろうとした矢先に永命に襲われた。そして死闘の末に腕を一本失うも今は生きている。そして日常に帰る選択をした。
電車がホームに入ってくる。
「右手が利き手だけど大丈夫かな」
軽口を叩きながら命は電車へ乗り込んだ。車内は空いており命の他にその車両に他の客は存在しなかった。
「なあ愛」
「どうしたの?」
一人しかいない為普通に喋るように愛と会話を始めた。
「お前、何か食いたい物あるか?」
「あなたが食べたい物を私は食べてみたい」
愛は意地悪に答えた。これからこの口数が多く、意地悪なルームメイトと共に過ごす。それも良いんじゃないかと思い始めた命だった。
目的の駅に着いたら起こすよう愛に伝え命は瞼を閉じた。目が醒めればもういつも通りの日々が待っている。そう思い眠りについた。
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