四話 道を誤る

 午前九時。

 一晩休んだ結果貧血の症状も収まり、家に帰ろうと家の片づけを二人で行っていた。


「あなたの家はここよりもっと都会なの?」


「お前の都会がどのレベルかは分からないが、まあ少なくともここよりはましだな」


 雑談混じりで片づけを行い、あっという間に綺麗になった。戸締りを確認して後は玄関で靴を履くだけ。居間に置いてあるリュックに手を伸ばした。


(色々あったけどまあ話のネタにはなったよな)


 そう思っているとピンポーンと擦れた音でインタホンが鳴った。


(誰だ?)


 もしかしたら適が来たのかもしれないと警戒しながらも玄関へ向かう。曇りガラス越しから見えるシルエットは男。鼓動が速くなる。


「私だよ」


 昨日墓地で助けてくれた男の声がした。命は扉を開ける。カラカラと軽快な音を立て男の姿が現れた。


「どうしてすぐに帰らなかったんだ?」


 男は命の胸倉をガッチリ掴む。


「へ?」


 宙に浮いた。先程まで男を見ていたはずなのに今は真っ青な空が見えている。

 

(浮いてる?)


 直後、尻もちを着いて落下した。あまりの痛さにその場でのたうち回る。


「ちょっと、痛いですよ。何するんですか?」


「何をするはこっちのセリフだよ。何で昨日のうちに帰らなかった? 何で――穢レ人なんかとつるんでる?」


 昨日適はこの殺気を向けられていたんだ。命はそう思いながら体が恐怖から震え始める。もしここで戦う事になれば負ける。夏場なのに体が冷たく感じ始めた。


「命、どこに行ったの?」


 玄関から愛の姿が見えた。


「やあ、愛。久しいね」


 一瞬で理解した。


(この人……穢消師だ)


 何故今の今まで気付かなかったのだろうか。命は自分の愚かさを悔いる。適が見える。すなわち穢れが見える。そして戦っている。


「あの、実は――」


 命は一から十全てを話した。適に襲われた結果命を救う為に愛と契約をしたことも全て。自分に敵意は無い。人間に害を成す気は無い。それを知ってもらえれれば理解してもらえると思っていた。


「君は選択を誤ったようだ」


 その一言で命の心臓は大きく跳ねた。


(そうだった。穢レ人と手を組んだら俺も殺されるんだった)


 再び自分の失態を悔いる。


「愛は穢レ人の中でも名の知れた奴だ。それと契約したと聞いた以上君は規定を抜きにしても殺さないといけない」


「待ってください」


 必死に弁明しようとするも男は聞く耳を持たなかった。昨日は頼りがいのあった大きな背中。今は自分の身を脅かす強大過ぎる敵へと変わっていた。


「愛が君の体を奪って人を殺す可能性もある。胸は痛むがこうするしかない」


 命の方へと一歩近づく。その瞬間、愛は二人の間に現れる。もう衝突は避けられない。うるさいほど心臓が鼓動する。


「悪いわね、星野哲太(ホシノテツタ)。この子は殺させないわよ」


 愛の手に穢れが集まる。やがて集まった穢れは何かを形作る。数秒後、それは大きな鎌へと変わった。哲太はそれを見て昨日見た黒い刀を同じく穢れで作成した。


「愛は俺が面倒を見るんで何とかなりませんか?」


 昨日の優しかった哲太なら分かり合えるはず。今はただ分かってもらえていないだけだ。命はその一心で必死に問いかける。


「話し合いなんて無駄よ、命。この男は大昔から生きる頑固な穢消師だから」


 愛はまっすぐ哲太を見ながら命に言った。


「愛だけ私に渡せるのなら助けてあげるよ。でも無理だろ? 君は愛を手放せば治療が中断して死ぬ。もう道は無いよ」


 哲太は冷酷に現状を語る。命にとって愛は心臓と同じ。失えば自らも死ぬ。あの時死んでおくべきだったのかと強く命は後悔する。


「少なくとも俺は生きたかったんだ。楽しい日々を手放すぐらいなら契約してやるって」


「……」


 哲太はただ口を閉じていた。


「あんたには救われた恩がある。だから正直平和的に解決したい」


「無理だ」


 吐き捨てるように即否定。それを聞いて命は震えながらも口角を上げた。


「だよな? 言葉で無理ならもうコレしかないよな」


 握った拳を見せつけた。


「戦うつもり?」


 再び脳内に語り掛けてくる愛。しかし今は相手に会話の内容が漏れない為、非常に優秀な力だと命は評価を改める。


「馬鹿言うな、戦う訳無いだろ。逃げるんだよ」


 命も声に出さず愛へ話しかける。


「あなたから私へは声に出さないと無理よ」


 命が黙っていると感じた愛はもしかしてと思ったようでそう助言した。ため息を吐き、改めた評価を前よりも低くしてから小さく先程の内容を話した。


「良いわね。取り敢えず逃げましょうか」


 命の作戦に乗っかった愛は哲太に大鎌を振る。穢れを高密度に固めた武器同士は黒い火花を散らした。愛の連撃を器用に受け流し続ける。その最中に命は一気に加速した。


(速ッ!?)


 愛が命の肉体に入ったことで人間離れした力を得ていた。哲太は命の逃走を確認してすぐに愛の首を掴んで前へ跳躍。後頭部を地面に勢いよく叩きつける。


「随分と弱くなったね。彼に寄生しようとしたのもそれが理由かい?」


 叩きつけ後すぐに命を追う態勢に整える。しかし足首を愛はガッチリと掴んだ。


「そりゃあ弱くなるわよ。あの子の治療を平行しながら戦ってるんだしね?」


 その笑顔には”舐めるな”という意味も込められていた。足首を掴んだまま立ち上がり、東岡家の方へ向けて思いっ切り投げつける。玄関を突き抜けてその先にある炊事場を貫通し、家の後ろにある森の木々までもなぎ倒していく。


「どんな戦い方したらあそこまで滅茶苦茶になるんだよ」


 体験した事の無い轟音と地響き。そして砂煙が後ろで広がっており、走りながら顔だけ向ける。


「あなたのお婆さんのお家少し壊しちゃったけど大丈夫?」


 愛は哲太をぶん投げた後、命の体に戻ってくる。その最中に簡単に謝罪した。


「まあ、少しなら良いけど」


 絶対に少しでは無い。間違いなく半壊してる。竜司に申し訳ないと思いながらも今は逃げることを第一に考えて走り続ける。

 桜龍町の山間部へ突入する。そのまま森を抜ければ駅に辿り着ける。財布と鍵は愛が持ってきてくれた為、金銭的な問題は無い。


「はぁ……どれだけ本気で追いかけるつもりかしら」


「は? 結構離れただろ」


 家から駅まで丁度半分程の場所。唐突に愛は命の頭でため息交じりに報告した。


「右に大きく飛んで」


 その言葉を信じて走るのを止め、大きく右に飛んだ。


「追いかけっこは終わりだよ」


 髪の毛に木の枝を付けながら哲太が降ってくる。右に避けていなければ間違いなく地面に押さえつけられていた。


「こっからどうする?」


 哲太と睨み合う中、愛に話しかける。


「人を殴った経験は?」


「あれば逃げてない」


 逃げるという選択肢を一度見せた以上、もう逃げる選択肢は無い。相手がそれを前提に行動をするからだ。愛はそれを考えて戦う方向へ舵を取ろうとしていた。


「じゃあ今度こそコレで決めようか」


 先程命が見せた様に哲太は握り拳を見せつける。もう逃げられない。命は覚悟を決めた。運動能力は人を越えている。それならある程度戦えるかもしれない。命は哲太に向かって走り始める。その勢いを乗せて右拳を放った。


「酷い殴り方だ」


 命のパンチは哲太にとって欠伸が出る速度だった。ヒラリと躱し脇腹に蹴りを放つ。それを見越して愛が間に入り蹴りを防御する。命は一旦後ろに下がった。

 その後も果敢に攻めるも一向に当たる気配がない。命の息だけが一人上がっていく。


「諦めなよ、当たらないからさ」


 愛の防御を想定した命への攻撃を哲太は繰り出す。予想通り愛が防ぐもすぐに次の手を打ち命へ鋭い突きを右頬へ放つ。


「ぐっ……」


 当たった瞬間の痛みは拳というより、野球バットなど道具を使った痛みに近い。適が使った力の逃がし方を真似て首を回して致命傷を避ける。


(どんなパワーしてんだよ)


 力を逃がしたとはいえジンジンと痛む頬を摩りながら次どうするかを考えた。その時頭の中で一つ狂気じみた案が浮かぶ。


「愛」


「どうしたの?」


「お前の治療ってどこまでできる」


「何でもできるわよ。取れた腕をくっつけたり。止まった心臓を動かしたり」


 作戦を動かす二つの条件の内一つにチェックが付いた。


「もう一つ質問だ。あの人を一撃で戦闘不能にできる攻撃はできるか?」


「相手が無防備で目と鼻の先ぐらい近づければできない事も無い」


 二つ目にもチェックが付く。震える声で命は愛へ伝えた。


「玉砕覚悟で突っ込むぞ」


 その震えは哲太への恐怖心では無い。今から行う作戦への恐怖からだった。


 命は一気に突っ込んだ。殴る素振りは見せない。それを見て哲太はシンプルな蹴りを放つ。命は両腕でガードするも勢いを殺す為に数メートル地面を滑る。

 再び近づく。狙っている相手の行動は刀での攻撃。それが出るまでひたすら攻撃と防御を繰り返す。


「何のつもりだい?」


 綺麗に胸倉を掴まれ、引き寄せられる。目と鼻の先に哲太がいる。命は相手を煽るように口を開いた。


「うるせぇ、テメェこそ――さっさと俺を殺してみろよ」


「良いだろう。いたぶるのは趣味じゃ無いしね」


 鳩尾に一発入れてから命から手を放す。痛みに悶える命の顔に向けて刀を突き刺した。


 血が飛び散った。


 突き出された刀は命の頬を貫通する。そして愛は穢れを操作して鋭利な槍を数本作製し、哲太の両腿に突き刺した。


「これが狙いかい? でも彼はもう――」


「もうなんだって?」


 命は頬に刺さった刀を歯で受け止めていた。あと数センチ押し込まれていれば延髄まで突き刺さり即死していた。愛は刀をへし折り、命は拳を力いっぱいに握りしめた。


「なるほど、特攻前提か」


 両腿を刺されている為動けない。命は握りしめた拳を哲太の顎ギリギリで寸止めした。


「は?」


 愛は殴ると思っていた為、驚いた声を上げた。


「殺さないと、追われるわよ」


 大鎌を持った愛が哲太へ攻撃をしようとするも、手を出して静止させる。


「哲太さん。俺を助けてくれたのに傷つけてごめんなさい。愛は俺が責任を持って監視します」


「力の証明のつもりかな?」


 まっすぐ哲太は命の目を見た。その覚悟を確認するように。


「これで哲太さんに勝ったって事にしてくれませんか?」


「ふっははは」


 哲太は大きな声で笑い始める。


「てっきり殺し合いが始まると思っていたんだが、そうか君は殺さないのか」


「俺は自分を助けてくれた人を殺せません。それは愛も一緒です。こいつがいなければ俺は死んでました。だからあなたも愛も失いたくありません」


「見た所、愛も君の命令はしっかり聞いているみたいだしね」


 過去の愛を知っている哲太は命のお願いや命令を忠実に守る今の姿に驚いており、目線を愛に向けながら語った。


「特別だ。見逃してあげるよ。ただその代わり穢れについて私から色々と説明させてほしい」


「分かりま――」


 口から血が零れる。直後酷く咳き込み始め、血を大量に吐き始めた。ゆらゆらと足取りもおぼつかなくなってくる。


「愛!」


「思っている以上にこの子の体が疲れてる」


 哲太は愛に状況を説明させる。穢レ人が体に入るという異例な状態で度重なる出血と戦闘。そのストレスから吐血の症状が出ていた。


「すまない」


 哲太は素早い一撃を鳩尾に入れて命を気絶させる。倒れ込む体を優しく受け止め、地面に寝かせる。


「急いであの家まで連れて帰ろう」


 哲太は命を負ぶって立ち上がり、全速力で走り始めた。

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