第7話 メアリーのお茶会

 ー≪エミルトン子爵邸≫ー


 屋敷の玄関にはいくつもの馬車が横付けされ、中からは華やかなドレスに身を包んだ令嬢が降りてきた。

 今日はエミルトン子爵家の令嬢、メアリー・エミルトンが開催したお茶会だ。


「ご機嫌様きげんよう、メアリー様」

「本日はお招き頂き有難うございます」

 少女たちが本日の主催者であるメアリーに感謝の言葉を伝え、お礼の品を贈る。


 異国の布や希少な素材でできた装飾品。10代とはいえ令嬢同士のお茶会では、互いに見栄と虚栄心の応酬が繰り広げられる。


「こちら、懇意にしている錬金術士に作らせた香水の魔術具です」

 今日の招待客の1人、マリエッタ・ボルジアがそう言ってメアリーに差し出した。マリエッタはメアリーより1つ年下の13歳、性格のキツさがそのまま表れたかのような赤髪に赤い眼の少女だ。

 そして重度のブラコンでもあった。本人は至って素直な可愛らしい子なのだが、事あるごとに"お兄様が"が出てくる事で【残念美少女】となっていた。


「魔術具ですの?」

「ええ、こちらの小瓶に魔力を注ぐと、注いだ人の体調や精神状態に最適な香りを出す仕組みになっています」

「まぁ、そんな仕掛けが施されているなんて」

「是非メアリー様にご使用していただき、後ほど感想をお聞かせください。未来のお姉様が健やかに過ごせます様に…」ボソボソ


 最後の方は小声でよく聞こえなかったが、こう言われたら使わないわけにはいかない。後でどんな香りがしたのか、どんな効果があったのかなど聞かれた時に答えられないと困る、かと言ってコレにどんな仕掛けが施されているかを考えると安易に使うのも躊躇われる。


 というのも彼女の兄は以前からメアリーに執拗に求婚していたからだ。

 マリエッタ自身には特に他意はないと思うが、この贈り物が彼女が用意した物ではなく、兄のディートが用意した物だった場合少し、いやかなり心配であった。


「ふぅ、これどうしよう」

 メアリーがマリエッタから贈られた【香水の魔術具】を使うのを躊躇っていると、部屋の窓から声が聞こえた。

「お嬢様、庭に植えたシェロプラテが蕾をつけ始めました。来週には花が咲くと思われます」

 見習い庭師のピートが庭に植えた花の開花について伝えた。

 シェロプラテは花びらが薄い青の初夏に咲く小さな花だ。これが咲き始めると窓から見える庭が一面青くなり、夏の到来を感じる。


「まぁ、それは楽しみね」

 メアリーが窓を開け、窓枠から身を乗り出して庭園の様子を伺う。蕾は大きく膨らんでいた。

 まるでこれから訪れる季節に希望に胸を弾ませているようだった。

「この花は咲くまでに浴びた日の光によって色が変わってしまいます。ですのでお嬢様の好きな薄い青にするには蕾がこの状態になるまで薄い布で覆っています」

 そう言ってピートがまだ布に包まれたシェロプラテを見せた。


「こうすれば日の光は半分は布で遮られますから」

 それを見たメアリーが、いいことを思い付いたとばかりにピートを手招きした。

「そうだ、ねえピート。この小瓶をちょっと持っていてもらえる?」

 そう言って【香水の魔術具】をピートに手渡した。

「こうですか?」

 ピートがメアリーから受け取ると、ピートの手の上からメアリーが手を添えて魔力を流した。


「え?おっお嬢様一体何を?」

 いきなり自分の手の上にメアリーが手を重ねてきたので焦ったが、もちろん払いのける事も出来ないため、なすすべもなく小瓶を手で包んで微動だにしなかった。


 しばらくすると小瓶からさわやかな香りが周りに立ち込め始めた。

「……なんともありませんわね」

「お嬢様、これは何なんです?」

「これはこの前のお茶会の時に、マリエッタ様から頂いた香水の魔術具です」

 魔術具と聞いてピートが驚いた、平民のピートからしたら魔術具など気軽に触れていいものではなかったからだ。


「ごめんなさいね、ちょっと怪しかったからピートに持ってもらって確認したの」

「お役に立てたなら、構いませんが何か気になる事でも?」

「いいえ、私の取り越し苦労でしたわ。ごめんなさいね、お仕事の邪魔をして」

 そう言ってメアリーは小瓶を自室の棚に置いた。


 自分の小屋に戻って来たピートが小瓶で嗅いだ香りが手に残っている事に気が付いた。

「はぁ~~。貴族のお嬢様ともなると、こんないい匂いの物をつけているんだなぁ」

 その香りは数日の間消えなかったが、ピートは特に気にも留めなかった。



 ー≪ホーラン子爵邸≫ー


「ボルジア男爵から連絡があった、例の物はエミルトンの娘に渡したそうだ」

「そうか、数日もすればエミルトンの娘は原因不明の魔力欠乏にかかり意識不明になるだろう」

「意識不明?おい、まさか死ぬ事はないんだろうな。エミルトンの娘を助けて命の恩人にならないと計画が失敗するぞ」

「大丈夫だ、あの魔術具は注いだ魔力をずっと吸収して動くものだ、魔力が減れば吸収する量も減る。魔術具自体から出る香りは毒性はないし本人は動けない、あれが原因と気づく者はいないだろう」

「…そうだな、娘を溺愛しているエミルトンなら、派閥を問わず片っ端から助けを求めるだろうな」

「そのとき我々が娘を助けてやれば、我々は娘の命の恩人だ。こちらが結婚相手を薦めればよほどの理由でもない限り了承するだろう」



 ー≪エミルトン子爵邸≫ー


「ピート、お庭の雑草が駆除されていない様ですが」

 老執事のマルセルが最近のピートの仕事振りに苦言を呈した。


「マルセルさん、すみません。なんだか最近体が重くて、なんと言うか…脱力感がすごくて自分の心がコントロールできないというか…」

「おや、貴方もですか?お嬢様も似たような事を仰ってました。最もお嬢様の方が重症ですね。意識はありますが起き上がる気力が湧かないと仰っていました」


「はぁ、ふぅぅ、マジめんどくさいぃぃぃ…なにもやる気でな~い」

「お嬢様、貴族令嬢としてナイトウェアのまま一日を過ごすのは色んな意味で終わってます」

 メイドから苦言を言われるが、ベッドから起き上がる事すら億劫で何もやる気が起こらない。残念美少女がそこにいた。 

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