第4話 食堂の看板娘

 ー≪貧民地区入り口≫ー

 

「う~ん、ここ通ると近道なんだけどガラが悪いのが多いから嫌なんだよなぁ。まぁあいつら気力はないから、近寄ってきたら走って逃げればいいか」


 町の食堂『質より量』の”自称看板娘”のユッテは、女は度胸とばかりに大通りから路地に歩いて行った。

 道を歩きながら路地に座り込む人を見るとみんな活力が感じられない。ちらっとこちらを見るが、すぐに興味を失いすぐに項垂れてしまった。

 そうして歩いていると、道に横たわっていたぼろ雑巾(と思っていた)が動いて近寄ってきた。正確には抱えていた出来立てのパンに。


「ひいぃ、なっなに?」

「くんくん、美味しそうな匂い…」


 パンの匂いに惹かれてぼろ雑巾がにじり寄って来た。


「なっなによ、あんたお腹空いてるの? まぁ貧民地区こんなとこにいるんだから当たり前か」


 抱えているパンを凝視しているアースを見て、”1つあげる代わりに荷物を運ばせようかな”そんな事を思い付いた。


「いいわ、荷物運びを手伝ってくれるならパンを1つあげる。あたしはユッテ、あんたは?」

「アース。ねえ、本当にこれを運んだらパンをくれるの?」


 ユッテの提案にアースはふたつ返事で了承した。



 ー≪食堂(質より量)≫ー


「ほい、到着~、ここがウチの食堂(質より量)!ほら、約束のパン」

 アースを連れて食堂に戻ると、母親のマリアンナが夕方の仕込みをしていた。ユッテが帰ってきたのを見て奥の食料置き場を指差す。


「おかえりユッテ、戻ったばかりで悪いんだけど頼んでいた食材ものが届いているから整理して奥に積んでおいておくれ」

「えーー、食材アレ超重いじゃん!積んだ後は腕がパンパンになるし、服は埃まみれになるし…そうだ!ねぇアース、食料置き場の整理を手伝ってくれない?そしたらパンにスープも食べさせてあげる」

「もぐもぐ…ふーふ?(スープ?)」

「そう、スープ。って食べるか喋るかどっちかにしなよ」

「なんだい?その子は」


 マリアンナがユッテにくっ付いているアースに気づいた。


「この子はお使いの途中で…」


 ユッテが貧民地区の入り口でアースを見つけ、荷物運びを手伝ってもらった事を話すと、マリアンナが半ば呆れた感じでユッテをたしなめた。


「こんな小さな子に荷物持ちをさせたのかい!どう見てもまだ10歳くらいじゃないか」

「いやいや私だって荷物を持ったよ、『働かざる者食うべからず』で荷物持ってくれたらパンをあげるっていう約束なんだよ。このあたしのやさしさわからないかなー?」

「うん!ユッテはパンをくれたからやさしい。 …ねえ、あそこにある物を片付けたらまた食べさせてくれるの?」


 アースが食料置き場の荷物を指差してユッテに聞いてきた。


「ほらほら、本人もやるって言ってるし、ね?」

「しょうがないね、ならあんたが面倒を見な!」


 そう言ってマリアンナは仕込みの続きをするため厨房の奥に行ってしまった。


「とゆーわけで、あそこにある食料が入った木箱を奥の同じモノが置いてあるところにどんどん積んでいくだけの簡単な仕事だよ。全部終わったら言いに来て。ちゃんと終わったらだよ、そしたらスープとパンを食べさせてあげるから」


 まぁ今日中に終わる量じゃないけど、こう言っとけば一終わるまで生懸命働くだろうし。こっちは夕方までさぼらせてもらおっと。あたしって頭いい!


「わかった、終わったらパンとスープくれるんだね」


 上手くアースを騙せたと思ったユッテは上機嫌で行ってしまった。


 食料置き場の中に入ると届けられた食材の山が高く積み上げられていた。きょろきょろと周りに人がいないことを確認するとアースが両手に魔力を集める。


「おいで極小単生物プチプチ、この木箱を中が同じ所に運んで」


極小単生物プチスライム 】ランク:1 タイプ:単細胞生物 創造魔力:1


 アースが唱えると手のひらから半透明の極小単生物プチスライムが文字通り湧いて出てきた。

 そして手のひらから零れ落ちると食料置き場全体に広がって食材が入った木箱の下に潜り込んでいく。すると木箱が極小単生物プチスライムの上をベルトコンベアーに乗ったように次々と運ばれていく。

 気が付くとあっという間にすべての木箱が決められた場所に積みあがっていった。




「やばいやばい、ちょっと遊びすぎたかな? さてと、片付けはどこまで出来てるかな?」

「え?あれ?アースが居ない?おーい!アース――!」


 ユッテが町から戻って店の食料置き場を覗くが中には誰もいなかった。 

 アースを探して食堂に来てみると母親のマリアンナとアースがおやつを食べながら楽しそうに話していた。


「あ―――!2人でおやつ食べてる、ずるい!!」

「何がずるいだよ!この子に仕事を全部押し付けてあんたは何してたんだい?」

「え、えーとその…あっ仕事は?これからするの??」

「食料置き場の中を見なかったのかい? 全部終わってるよ。あれからすぐこの子が来て仕事が終わったって言うんだよ。訳が分からなくて行ってみたら全部の荷物がきれいに積みあがっているじゃないか、びっくりしちゃったよ」


 ユッテが慌てて食料置き場を見に行ってみると、マリアンナが言った通り荷物が全部きれいに整頓されていた。


「嘘…あの重たい荷物が全部……」


 アースってこんなに力持ちだったんだ。採集の依頼で一儲けしたって話も聞いたことあるし、上手く言い包めればちょっとした小遣い稼ぎになるかな?


「ねえアース、探索者にならない?探索者になって依頼を受けてお金が手に入れば、もっともっと美味しいものがお腹いっぱい食べられるよ」

「美味しいものがお腹いっぱい?ほんと??」

「こら!何を言い出すんだい?まさかこの子を使って依頼料で稼ごうなんて考えていないだろうね?」

「そっそんな事考えていないよ、ほんとほんと」


 ユッテの悪だくみはマリアンナに見透かされていた。が…


「ねえユッテ、本当に探索者?になったら美味しいものがお腹いっぱい食べられる?」


 当のアースは”美味しいもの”の一言にすっかりやる気になっていた。

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