第2話 星空の記憶

星空の下で聞こえる静寂。それが美咲にとって、いつも物語の始まりだった。


小説家を目指していた大学生の頃、彼女は夜の公園や山道を歩き、星空を見上げながら物語を紡いでいた。けれども、当時の挫折が心に影を落とし、それ以降、星空を見上げることさえ避けるようになっていた。


ポッドキャスト「星空の向こうで」と出会い、陽介の言葉に触れた今、彼女の心は少しずつ変わり始めていた。


その夜、美咲は久しぶりに家の近くの丘まで足を伸ばしてみた。空は雲ひとつなく、無数の星が輝いている。風が冷たく頬を撫でる中で、彼女は目を閉じ、耳を澄ました。


「無音の音――」


陽介が語っていたその言葉が、ふと頭をよぎる。静寂の中に浮かぶ微かな感覚。それは耳ではなく、心で聞く音だった。美咲の記憶の中に眠っていた情景が、ゆっくりと浮かび上がる。


大学時代の夜、サークルの友人たちと見上げた星空の光景。


その中心には、かつての親友であり、小説の相談相手でもあった千佳の姿があった。千佳は美咲が書く物語の一番の理解者であり、彼女を励ます存在だった。


「美咲の言葉には、不思議な力があるよね」


千佳が夜空を指さしながらそう言ったことを、彼女は覚えている。


けれども、ある日のことだった。文学賞の応募に向けて頑張っていた美咲は、千佳に原稿を見せる約束をしていた。しかし、その日はちょうど大学祭の準備で忙しく、千佳の言葉に耳を貸す余裕がなかった。


「今はそれどころじゃないの!」


苛立ちからそう口にした自分の言葉が、千佳を深く傷つけてしまったのだと気づくのは、ずっと後のことだった。


思い出にふけりながら、美咲の頬を一筋の涙が伝う。星空を見上げると、あの頃の千佳の笑顔が浮かび上がるようだった。


「千佳に届けたい……私の言葉をもう一度」


美咲は強くそう思った。千佳と過ごした日々、彼女の励ましがなければ、小説を書くことなど思いもよらなかっただろう。陽介の配信を通じて、その記憶が蘇ったことに感謝しながら、彼女は再び小説に向き合う決意を固める。


翌朝、美咲は久しぶりに自分の部屋を整理し始めた。机の引き出しの奥から、大学時代に使っていたノートが出てきた。その中には千佳が書き残してくれたメモが挟まれていた。


「美咲の物語が星空を照らす光になりますように――千佳」


その一言を見たとき、美咲はこれが彼女の「無音の音」なのだと確信した。陽介が言ったように、言葉には力がある。そしてその力は、過去の自分や千佳に届けられるだけでなく、誰か新しい人に届くのだと。




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