第29話 無敵の歌姫と近衛団たち

「……くっ、くそ!」


 ぜえぜえ言いながら地にへばりつく男たちを眺め、あたしも額の汗をぬぐう。


「なかなかの地獄絵図だね。暑苦しさこの上ない……」


「お、おまえ……もっと他に言うことないのか……」


「ふ、ふざけるなよ!」


 彼らは土と一体化しながら恨みがましい瞳をこちらに向ける。


「ずいぶん長い間耐えられるようになったじゃないか。評価はしている。君たちにしては上出来だ」


「……な、なんでいつもそう上からなんだよ」


「ははは、まぁそう言わないでくれ。悪気はないんだ」


「無自覚が一番問題だ!」


 怒鳴りつけてはくるものの、昨日までの威圧感はない。


 拳を交えてすこしだけ心が通ったのではないかと思えるのはあたしだけか。


「君たちの順応性の高さや感じられる未来の可能性はさすがは第二王子率いる近衛団の騎士たちなのだと感心している。これは本当だ」


 未だに慣れないのか、足の自由を奪われて倒れ込む人間たちは多いが、それでも次こそはと考え、対処しようと一回ごと改善点を模索しているのもよくわかる。


 なかなかできることではない。


 あたしの息が上がりだしたのがいい証拠だ。


「な、なんだかおまえに褒められると調子が狂うな……」


「むしろ褒めているのかも怪しい」


「あたしもただの弱いものいじめにならなくて安心している」


「……いや、やっぱり腹立たしいぞ、こいつ」


「それなのに勝てない自分が不甲斐ねぇぇぇ……」


 口々に騒ぎ立てる男たちを見て、まだまだ元気そうじゃないか、とひっそり思うがまた怒られてしまいそうなので口を噤む。


 用意されたボトルを取り、水分補給を行うその後方で「きゃ!」という声が聞こえたため振り返ると、可憐な乙女侍女たちが三組ほど、こちらに目を向け、立ち止まっているのが見えた。


「きゃ〜! こっちを見たわよ!」


 愛らしい声にまわりも続き、乙女たちの美しい調和が生まれる。


 まるで大輪の花が咲いたように艶やかだ。


「ああ、いいね。目に優しい」


 笑顔を作って手を振ると、彼女たちはまた「きゃ〜」と声を上げた。


 歌を歌っていた頃や夜の街で『月光のエクテス』として活動していたころを思います。


「やはり花を見ないと心が満たされないね」


 改めて思う。


「……ど、どこまでも腹立たしいやつだ」


 足元で男たちがぶつぶつと不満を漏らしているため、思わず吹き出してしまう。


 乙女たちは乙女たちで侍女頭に怒られたようで、しゅんとしてそれぞれの持ち場に帰っていったようだけど、おかげであたしは元気がもらえた。


 ここも悪いことばかりではない。


 このあと、そんな戯言さえも撤回したくなる面倒な出来事に巻き込まれることになるのだけど、このときのあたしはまだ何も知る由もなく、そのあとも全力でむさ苦しい男たちに向き合ったのであった。

 


 

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