第27話 情報過多にはご注意を

 本当にこんなゆるゆるの男が魔王なのだろうか。


 そりゃみすみす魔王復活を許してしまい、どこかしらの場所が襲われでもしたらたまらないけど、両腕にありったけの力を込め、肩元で頭をすりすり押しあててくる姿からは魔王の『ま』の字さえ想像できない。


 失礼ながらかつて隣の家が飼っていた番犬、シャルロットを思い出す。


 なにより徐々に重圧に押しつぶされそうだ。


「ルイ、さすがに苦しいよ、離してもらえないか。それに君はそろそろ服を着たほうがいい」


 まだ肌寒い夜の世界でこのまま風に吹かれ続けたら風邪をひくのではないか。


 痛々しい模様は彼の肩に変わらず存在している。それが魔王の証なのだという。


「そうだね。ちょっと落ち着いた」


 すうっと息を吸って、彼は前を見た。


 いや、前ではない。上だ。


「ごめんね、出てきていいよ」


「は?」


 顔を上げたルイは、あたしを通り越えて屋根の上に向かって声をかけた。


「ハーラル、悪かったね」


「……えっ?」


 ハーラルだって?


 驚く間もなく、続いて見上げた先から第一王子の影武者兼恋人だとかいう美少年が飛び降りてきて軽やかに目の前に着地をしたところだった。


「ルイス様はどこに目がついているんですか。いつもドキッとさせられます」


 ま、まったくその通りだ。


 あたしは君にも驚かされたよ、美少年。


「かなり気配を消したつもりだったのに」


「はは、君の気配はすぐにわかるよ」


 何か用かい?と、ルイは先ほどまでのどこか儚げで繊細な様子とは打って変わって完璧な王子様像を崩すことなく笑みを浮かべ、そのまま上着を羽織る。


「お邪魔してしまってはいけないのでまたにしようかと思ったんですけど」


 そこで、美少年にぎろっと睨まれる。


「まさかそいつがルイス様のだとは思わなかったから」


「ああ、見られていたんだね。エクテスとわたしはずいぶん前からの知り合いでね。深い絆もある。彼女が望むなら何だってできるし、わたしも喜んで受け入れるつもりだよ」


 ねっ、と柔らかな表情を向けて同意を求められ、絶句する。


「おいおい、誤解を招くような発言は控えてくれると助かるよ。それじゃまるであたしが君にしがみつきたかったみたいじゃないか」


「うん。君もいつでもしがみついていいからね」


「バカを言うな。冗談は休み休み言え」


 ルイを見ていると本当に調子が狂う。


 どこかこう、大切な話をしていてもガクッとさせられてしまうというか。それが彼の特性なのだろうけど。


 対して殺意すら持たれているのではないかと思える美少年は、確実にあたしのことが好きではないようだ。


 何かした覚えもないのだけど。


「ルイス様、結界が揺らぎました。誰かが王宮を抜けました」


「……ああ、ヘイデンか。構わない。アイリーンが見張ってるだろう」


「見張るどころか、あの女も後を追った様子です」


「……あいつら」


 苦笑するルイといきなり表情を消し、淡々と業務的に告げ始めた美少年を同時に見比べる。


 よくわからないため、考えることを放棄したいが、こんなに近くで話し合われてしまうと知らん顔をしているわけにはいかない。


『ヘイデン様ももう少し落ち着かれたらいいのに』


『夜な夜な別の女の子のところに通っているのよね』


 などと、シルヴィアーナ姫の塔を訪れたときに侍女たちが苦言しているのを耳にした覚えがある。


 また今日も夜のお出かけに出かけたということか。シルヴィアーナ様の想い人とはいえ、許しがたい男だな。


「あと、また怪盗バロニスが街を騒がせています。お伝えしていたとおりです」


「そうか、次から次へと困ったものだな」


 ……まったく、おっしゃる通りだ。


 問題のオンパレードである。


 街を騒がす怪盗すら、今のあたしには小物に見える。


「それから……」


 美少年はちらりとこちらを見て、言いづらそうに続けた。


「例の件、準備は整っています」


「そうか。助かるよ」


 まだ何か言いたそうだったけど、あえて言わなかったのだろう。


 美少年はそのあとすぐに姿を消した。


「ハーラルは兄上の影武者でもあるのだけど、優秀な術師でもあるんだよ。だからわたしもいろいろお願いしていてね……って、マリア、聞いてる?」


「……もう、情報量が多すぎて何が何だかわからないよ。頭が追いついていない」


 一度登場人物の相関図を作る必要がありそうだ。


「今日は遅いからまた明日にしようか」


 そう言ってルイは立ち上がる。


 正直なところ、明日ももう結構だけど、そんなこと言えるはずもなく、途方に暮れる。


 もう何も驚くことはないと思っていたけど、そうはいかないようだ。


 そろそろ脳を休ませる時間がほしい。


「……ああ、憂鬱だ」


 あたしの静かなボヤキは夜の闇に消えていく。

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