第20話

翌朝、夏月は躰の昂りを覚えた状態で夢から覚めた。喉が焼けそうなその温度を、幾度となくシーツに染み込ませる。相手の温もりがまだそこにあると錯覚するほど、吐息に混じる体内の熱が夢の名残を思わせた。 

 余韻は初めこそ、心地好い安らぎをくれた。だが、次第に現実的な事柄が脳内を占めてくる。夏月は最終的に沈んだ気分で朝を迎え、寝台を出る頃には、凪子のことで頭が一杯になっていた。

 キスで発症したりするらしいわよ。

 美海のさりげない一言が再生される。アレルギーでなくとも、蕁麻疹は特段珍しい症状ではない。だが、どうしても気がかりだっだ。

 凪子に誘われて自宅を訪れたとき、すでに症状はあっただろうか。情けないことに、立ちくらみを起こしたせいで覚えていないのだ。

「ちょっとだけ、伺ってみようかな……」

 夏月は箪笥の引き出しを開ける。適当に着替えを取り出すと、寝間着をするりと肩から落とした。


 駅のロータリーでバスを降り、大通りを逸れた裏路地へ足を向ける。今日は創立記念日で学校が休みであり、昨日欠席したばかりの凪子は家にいると思われた。

 走行音や人声が届かない閑静な場所にあるその邸宅は、先日よりノウゼンカズラの花が実っていた。鮮やかなオレンジ色に縁取られた二階の出窓では、日差しに透けた青色のカーテンが揺らめいている。部屋の中へ風を取り入れているのだろう。家人がいる証である。

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