第16話

美海の的確な指摘に、夏月はわざと頸を横に振った。彼女の領域は綺麗なままだ。痕などどこにもついていない。あれは夢なのだ。悪夢の余韻は現実との境を曖昧にし、夏月を束の間動揺させた。

「夏休みが近いから、ぼんやりしちゃって」

「あら、夏月でもそう思うのね。なら、凪子が来たら、三人で夏休みの予定でも立てましょうか」

 美海はいつもと変わらず、夏月の腕を強引に引いて校舎へ向かう。呪いの動画のことなど、とうに頭にないようだ。

 いくら世間を騒がせたとはいえ、事件から一週間と経てば、学校内での話題は全く別のものとなる。とりわけ夏期休暇前の校内はレジャーのほか、推し活や他校の男子生徒についての会話も盛んであった。

 夏月も気持ちを切り替えるために、“呪いの動画”とは全く関係のない話を振った。

「夏休みまで美海と一緒なんて、とても嬉しいわ。……でも、美海は彼氏と予定があったりしないの?」

 夏月は自分で質問しておきながら、話題選びに失敗したことを悔やんだ。答えによっては、憂鬱な夏休みを送る羽目になる。教室の手前で立ち止まった美海は、考え込んでからすぼめていた唇を開いた。

「それって、わたしが浮気してるってこと?」

「……え、浮気?」

「いやね、わたしにとっては夏月と凪子が恋人じゃない。もし夏月に彼氏がいたら、嫉妬で彼を呪い殺しちゃうかも」

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