第2話 このふわふわは誰のしっぽ?


――――ここは……ベッドの上だろうか。どこか落ち着く温かい匂いが鼻腔をくすぐる。手元にたぐり寄せていたのはふわふわな感触。ふわふわ、もふもふ……楓のおしっぽ……?いやそれにしては大きくないか……?


もふ……もふみ具合も倍以上あるような……。


「……?」

やっぱりこのおしっぽ……ふうのじゃない!?驚いて身を起こせば、どこか懐かしくも決して逃れられない発情期の熱の火照りを感じる。


俺……まだ生きてる?そして発情期も落ち着いている。そして無意識にたぐり寄せていたおしっぽがどこから生えているのか……その先を見れば、そこには逞しい背中がある。そんな……まさか。


「……その……もう、いいだろうか」

ちらりとこちらを振り向いた顔にやはりと思いながらも驚く。どうして……ここに。

そこにはエゾタヌキ耳を生やした番の姿があった。


藻行もゆくとばり。それが俺の番の名。夫のアルファの名前だ。つまりこのおしっぽは……夫のおしっぽ。間違いない。このおしっぽ、夫のお尻から生えている。


「ご……ごめんなさ……っ」

「……いや……」

慌てて夫のおしっぽから手を放せば何だかもの寂しい感覚が襲ってくる。しかしベタベタと触っては夫だって嫌だろう。夫はそのふわふわすぎるおしっぽを自分の側に巻き付ける。

うぅ……名残惜しいが、我慢。俺には楓のふわふわおしっぽが……。


「そうだ、楓は……っ」

「……両親のところだ」

あ……義両親のところか。


「……お前は……抑制剤の過剰摂取状態だった」

「……」

知っている。俺の母親もそうだった。オメガの俺を産んだ母は番のアルファに捨てられるも同然に離れに追いやられた。そしてただオメガの俺をモノのように政略結婚させるために母を離れで生かした。でも発情期の相手はアルファを産んだ愛人のみ。父親に相手をしてもらえなかった母は抑制剤に頼るしかなくいつしか過剰摂取状態となった。こんな状態にするのなら、とっとと番解消手術をしてくれれば良かったのに。でめオメガの俺を産んだ母に手術代を出してくれるはずもなかった。俺も同じようになるんだ。分かっていた。それでも母は俺を育て上げるまで耐えた。だから俺も……そう、思っていたのに。


「……お前にとっては不本意だろうが……こうするしかなかった」

下半身に覚える感覚は、知っている。発情期の初夜を過ごした後と同じ。俺が産んだ子はオメガであったが、子孫を残すと言う役目はまっとうできた。その……はずだったのにな。


「俺の勝手な都合だろうが、発情期の間だけは……我慢してくれ」

「……我慢、だなんて……」



「獣人とだなんて、嫌だろう」

「い……嫌、じゃない」


「……無理することはない。今後は発情期の間くらいは、相手をする。抑制剤の過剰摂取が過ぎれば身が持たない。それはお前の方が良く知っているはずだ」

「……」

そうだ。知っている。いつも間近で見てきたから。


「でも……あなたは嫌じゃないの?俺は……人間で、オメガを産んで……」

「……別に」

夫の答えは淡白ではあったが、嫌がっているわけではない。ただ義務ならばこなす……と言ったところだろうか。


暫くすれば、寝室の外から音が聞こえてくる。ここは普段俺が楓と寝ているベッドではなく夫夫の寝室だ。初夜以外は使うことがなかった……ベッド。


夫は他に寝室がなかったからここで寝ていたとはいえ……久々に寝ると奇妙な感じだ。


そしてその寝室の扉が開くのを夫は特に気にもしない。多分危険はないからだろう。獣人は人間より耳や鼻など五感が優れているから分かるのだ。


「帷、そろそろ閑季ちゃんとちゃんと話したの?」

姿を現したのは夫と同じエゾタヌキ耳とふわふわおしっぽを持つオメガの男性だ。


「……母さん」

夫が呼んだ通りそのひとは夫の母親……義母である。そしてその腕の中には楓が抱っこされている。


「まま!」

俺の顔を見るなり顔を輝かせる楓。お義母さんがこちらへ歩いてきてくれて、ベッドの上に優しく楓を下ろしてくれれば、楓がふわふわおしっぽを揺らしながらこちらに来てくれる。


「楓!」

「まま、もう大丈夫?」

「うん、何とかね。ありがとね、楓」

ぎゅっと楓を抱き締めれば、楓も俺に抱き付いてくれる。

ふと見れば、夫も俺を見つめていた。目が合うとすぐ目をそらしてしまったが。


「んもぅ、若い2人だからって任せていたけれど……。閑季くんに無理させたらダメでしょ?オメガはオメガなりに大変なことも多いんだから」

楓を預かってくれていたことからもお義母さんにはかなり迷惑をかけていたのかも……。


「……分かった」

夫が静かに呟く。


「閑季ちゃんも」

「……えと……すみません」

お義母さんに迷惑をかけてしまった。


「謝ることじゃないから。私も息子に任せすぎたわ。オメガは発情期もあって子育ても大変なの。発情期のうちはあまり子どもも近付けられないし」

発情期のオメガはアルファをフェロモンで誘惑する。そしてアルファの蜜が欲しくて欲しくてたまらなくなる。それが抑制剤を飲まずに健康的に発情期を過ごす方法……だからこそ落ち着いている時以外はなかなか子どもを近付けられない。


「だからこう言うときは、いつでもお義母さんを頼ってね。家もすぐ近くなんだから」

獣人たちは同じ獣系で集まって暮らすことが多い。昔の群れ生活の名残だとか単純に獣性が同じや近いと理解し合えるし助け合えると言うのもあるのだろう。でも俺は人間だから……頼るわけにはいかないと思い込んでいた。


「発情期のオメガは大変でしょう?家事や育児も手伝うから」

「……い、いいんですか?」

「もちろん。それに……ばあばも孫ちゃんと触れ合いたいものっ!」

お義母さんは若々しくあまりおばあちゃんには見えないのだが……しかしありがたいな。


「よ、よろしくお願いします……」

「任せて!それと……帷!あんたもちゃんと手伝いなさいよ」

「……閑季が、いいのなら」

「……それはもちろんっ」

むしろアルファが協力してくれるだなんて。アルファはそんなことしないのだと……実家では感じていた。しかしお義母さんが言う通り彼は違うのだろうか……?


でも今思えば彼はそんな傲慢なアルファとは違った。もっと俺が心を開いていれば。いや、今かでも変われるだろうか?


「ぱぱ、あのね。まま、いつも楓のおしっぽを大好きってなでなでしてくれるんだよ」

「……」

夫が驚いたように俺を見る。ええと……その。

「そうそう。さっきまであなたのしっぽ、大事そうに抱き締めてたんだから」

ひぅ……お義母さんにまで見られてた。


「……そう、だな」

そう言うと夫のふわふわおしっぽがぽすりと俺の元に戻ってくる。


「ふふっ。食事を用意してくるからもう少し休んでなさいな」

ここはお義母さんの言葉に甘えても……いいだろうか。まだ熱っぽい身体を横たえ、夫のふわふわおしっぽを抱き寄せると、楓も一緒にぽふぽふしている。ふふ、かわいいし、夫のおしっぽはふわふわだ。


「……帷さん……」

その名を呼んだのはいつぶりか。しかし帷さんは怒ることはなく、そのふわふわおしっぽをもふもふさせてくれた。

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