第1章:新たな仲間たちとの出会い(2)

 森を抜け、開けた場所に出ると衝撃的な光景が広がっていた。

 小さな村が、黒煙を上げていたのだ。


「あれは…………ウィローブルック村!」


 ロゼッタが愕然として叫んだ。


「行ってみるぞ!」


 俺はバイクにまたがり、ロゼッタも急いで後ろに乗り込んだ。

 アクセルを全開にすると、バイクは獣のような唸り声を上げて疾走した。

 森を抜け、村へと続く道を猛スピードで駆け上がる。


 近づくにつれ、状況が見えてきた。

 村の入り口では数人の男たちが剣や斧を持ち、村人たちを脅していた。

 彼らは皆、黒と赤の装束を身につけ、顔には獣のような模様のペイントが施されていた。


「盗賊団ね…………レッドファングの連中だわ」


 ロゼッタが小声で説明する。


「この辺りでは有名な盗賊団よ。村々を襲っては金品を奪い、抵抗する者は容赦なく襲うの」

「黙って見てられるか」


 俺の言葉に、ロゼッタは少し驚いた様子で振り返った。


「助けるの?  でも、この世界のことまだよく知らないでしょ?」

「知らなくても、目の前で人が苦しんでるのを見過ごせない性分なんだ」


 そう言いながら、バイクを一度停止させ、状況を確認する。

 村の中央では、盗賊たちが家々から荷物を運び出しており、抵抗した村人が地面に倒れていた。

 誰かが助けを求める声が聞こえる。


「どうしよう…………スチームギアの衛兵を呼びに行く?」


 ロゼッタが提案したが、俺は首を振った。


「時間がない。俺が行く」

「え? でも…………どうやって?」


 その問いへの答えを示すように、バイクのタンク部分が赤く脈打ち始めた。

 まるで、「任せろ」と言っているようだ。


「行くぞ、相棒」


 バイクを再始動させると、エンジン音が変化した。

 低く、力強い、まるで竜の咆哮のような音だ。


「烈火さん!  待って!」


 ロゼッタの制止を振り切り、俺はバイクを村に向けて走らせた。

 村の入り口に立っていた盗賊二人が、突然のバイクの出現に驚いて剣を構える。


「何だ!?」


 一人が叫んだが、俺は減速せずそのまま突進した。

 盗賊たちは咄嗟に横に飛んでよけた。


 村の広場に滑り込むように入ると、そこにいた盗賊たちは一斉に俺に注目した。

 十人はいるだろうか。

 全員が凶悪な顔つきで、武器を持っている。


 その中心にいた大柄な男——おそらくリーダーだろう——が前に出てきた。


「面白い乗り物だな。それも頂くとしよう」


 彼は高笑いしながら剣を構えた。


「お前のものになるわけねえだろ」


 俺はエンジンを吹かした。


「こいつは俺の相棒だ。誰にも渡さない」


 その言葉と同時に、バイクから熱が放たれた。

 タンクの紋様が鮮やかに輝き、車体全体が炎に包まれ始める。


 盗賊たちは驚いて後ずさった。


「それは、魔導具か!? 」


 俺はアクセルを全開にした。

 バイクは猛烈な勢いで盗賊たちに向かって突進する。

 だが、彼らに衝突する直前、俺は急ハンドルを切った。

 バイクは見事なドリフトを決め、盗賊たちの周りを旋回し始める。


 その動きに合わせて、バイクの炎が広がり、まるで炎の壁を作り出すように盗賊たちを取り囲んだ。


「なっ…………何だこれは!?」


 盗賊の一人が恐怖に声を上げる。

 炎の壁に囲まれ、パニックになった盗賊たちは互いにぶつかり合い、混乱し始めた。


 俺はその隙に村人たちに声をかけた。


「逃げて!  安全な場所へ!」


 村人たちは恐る恐る立ち上がり、家々へと逃げ込み始めた。


「くそっ! 逃がすな!」


 リーダーが怒号を上げ、炎の壁に向かって突進しようとした。

 だが、その瞬間、壁の炎がさらに高く燃え上がり、彼を押し返した。


 俺は歯噛みした。

 盗賊を追い払うには、もっと強い一撃が必要だ。


 そのとき、森の方から声が聞こえた。


「烈火さん!」


 振り返ると、ロゼッタが走ってきていた。

 そして彼女の隣には、見知らぬ女性の姿があった。


 長い白銀の髪を後ろで束ね、軽装の鎧を身につけたその女性は、腰に長剣を下げていた。

 凛とした佇まいと鋭い眼差しが印象的で、その青灰色の瞳には強い意志が宿っている。


「助っ人よ!」


 ロゼッタが叫んだ。

 白銀の髪の女性は無駄な言葉を発せず、すぐに剣を抜いた。

 その動きは流れるように滑らかで、間違いなく熟練の戦士だ。


「レッドファング盗賊団、か」


 彼女は冷静な声で言った。


「盗みを働いた罪、そして村人に危害を加えた罪、償ってもらう」


 その言葉と同時に、彼女は炎の壁の隙間から躊躇なく突入した。


「おい!  危ないぞ!」


 俺は叫んだが、彼女は既に盗賊たちに斬りかかっていた。

 その剣さばきは鮮やかで、まるで舞うように複数の盗賊を相手にしている。


「バカな!  一人で相手をする気か!」


 驚く俺にロゼッタが説明した。


「大丈夫!  彼女はソフィア・ブリット。この辺りでは有名な剣士よ。元騎士団所属の実力者なの!」


 確かに、その戦いぶりは只者ではなかった。

 躊躇なく繰り出される剣撃は正確で、しかも致命傷を与えるのではなく、敵の武器を弾き飛ばしたり、動きを封じるような技を多用している。


「でも、相手が多すぎる」


 俺は判断した。

 ソフィアと呼ばれる剣士を援護しなければ。


「ロゼッタ、安全な場所に下がってくれ」


 ロゼッタは頷き、「気をつけて!」と言って村の端に向かった。

 俺はバイクを再び回転させ、炎の壁を維持しながら、盗賊たちが密集している場所に狙いを定めた。


「ソフィアさん!  飛びのけて!」


 俺の叫びに、白銀の髪の剣士は一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐに状況を理解したのか、素早く脇に飛んだ。

 その隙に、俺はバイクを盗賊たちの真ん中へと突進させた。


「うおおおっ!」


 勢いよく突進すると、バイクの炎がさらに強まり、前方に炎の弾のようなものを放った。

 それは盗賊たちの足元で爆発し、彼らを吹き飛ばした。


「なんだこれは!?」

「魔術師か!?」


 盗賊たちの悲鳴が上がる。

 俺は急旋回して戻り、ソフィアの隣に停止した。


「お前…………何者だ?」


 彼女は冷静に、しかし警戒心を隠さず尋ねた。


「説明してる暇はない。とにかく、あいつらを追い払おう」


 そう言うと、彼女はわずかに頷いた。


「わかった。私は前から攻める。お前は後方から」


 簡潔な作戦指示に、俺も頷いた。

 ソフィアは再び盗賊たちに向かって突進し、俺はバイクを回転させ、別の角度から攻めた。

 混乱した盗賊たちは、前からの鋭い剣撃と、後ろからの炎の攻撃に挟まれ、ますます統制を失っていった。


「撤退だ! 退け!」


 リーダーが叫び、盗賊たちは一斉に村から逃げ出し始めた。


「逃がさん!」


 ソフィアが追いかけようとしたが、俺は彼女の前にバイクを停めた。


「もういい。村は無事だ」


 彼女は一瞬迷ったような表情を見せたが、やがて剣を鞘に収めた。


「そうだな。村人の安全が第一だ」


 彼女の声は落ち着いていて、戦いの熱が冷めたことを示していた。

 村人たちが恐る恐る家から出てきて、状況を確認し始めた。

 ロゼッタも駆けつけてきて、興奮した様子で叫んだ。


「やったね!  二人とも 見事だったわ!」


 俺はバイクから降り、まだ熱を帯びたタンクに手を置いた。


「ありがとう、相棒」


 バイクは軽く震え、タンクの紋様が脈打つように明滅した後、徐々に元の状態に戻っていった。

 村人たちが俺たちの周りに集まってきた。

 年配の男性——おそらく村長らしき人物——が前に出てきて深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。なんとお礼を言えばいいのか…………」

「気にしないでください」


 ソフィアがきっぱりと答えた。


「騎士の務めです」

「元騎士、ね」


 ロゼッタが小声で訂正し、ソフィアはわずかに顔をしかめた。


「それより、この男について聞きたい」


 ソフィアは俺を指さした。


「不思議な乗り物に乗り、炎を操る…………普通の旅人ではないな?」


 その鋭い視線に、俺は少し気圧された。


「ああ、彼は烈火さん!」


 ロゼッタが割って入った。


「実は異世界から来た人で、あのバイクは魔導バイク!  竜の核を宿した特別な乗り物よ!」


 ソフィアの表情が変わった。

 信じられないという顔だ。


「竜の核、だと? そんな代物がこんな若者に…………」


 彼女の言葉に、俺は少し反発を感じた。


「若者でも、目の前の人が困っていれば助ける。それだけさ」


 その言葉にソフィアは少し驚いたような表情を見せ、そして初めて、わずかに柔らかな表情になった。


「…………確かにな。その心意気は買うよ」


 村人たちは俺たちを村の広場に招き、わずかながらも持ち合わせた食料と酒で感謝の宴を開いてくれた。

 簡素なテーブルを囲み、村人たちの笑顔を見ていると、なんだか温かな気持ちになる。

 異世界に来て初めて感じた、仲間と共に過ごす充実感だった。


「烈火さんのバイク、本当にすごいわね」


 ロゼッタは目を輝かせながら、あらためて俺のバイクを眺めていた。

 その横では、ソフィアが黙々と食事をしている。

 彼女は人混みの中でも一人だけ異質な存在感を放っていた。


「でもまだ謎が多いわ。なぜ竜の核がバイクと融合したのか、どんな能力があるのか、もっと調査したいの!」


 ロゼッタの研究熱心な姿勢に、村長が笑いながら言った。


「若き魔導技師よ、あなたの好奇心は尽きないですな」

「当然です! こんな発見、滅多にないんですから!」


 彼女は誇らしげに胸を張った。

 首から下げたゴーグルが揺れる。


 俺は黙ってその会話を聞きながら、バイクに視線を移した。

 夕暮れの光の中、その黒い車体が静かに佇んでいる。

 いつもの愛車なのに、今はどこか神秘的な存在に見えた。


「お前は何者だ?」


 不意にソフィアの冷静な声が聞こえた。

 彼女は俺の正面に座り、青灰色の瞳で真剣に見つめていた。


「神谷烈火。別の世界から来た……ただのバイク乗りだ」

「あの炎はお前が操ったのか?」

「俺が操ったんじゃない。こいつが……勝手に」


 ソフィアは眉をひそめた。

 白銀の髪が夕日に照らされて輝いている。


「勝手に、だと?  意思があるのか?」

「わからない。でも、確かに何かが変わった。あいつは……ただのバイクじゃなくなった」


 俺の言葉にロゼッタが身を乗り出した。


「それが『魔導化』よ!  竜の核と烈火さんの絆が触媒になって、ただの機械から魔力を帯びた存在になったの!」


 彼女は興奮した様子で続けた。


「これまでの記録では、魔力を持つ武具や道具はあったけど、異世界から来た乗り物が魔導化するなんて例はないわ!  研究価値は計り知れないわね!」


 ソフィアは静かに言った。


「力には責任が伴う。その……バイクとやらの力を、どう使うつもりだ?」


 その質問に、俺は少し考え込んだ。

 どう使うつもりか……そんなこと、考えたこともなかった。


「使うというより……一緒に走るだけさ。どこまでも自由に」

「自由に、か」


 ソフィアはわずかに表情を緩めた。


「単純だな」

「単純が一番だ」


 俺の答えに、彼女はわずかに口角を上げた。

 それが笑顔なのか皮肉なのか判断できなかったが。


 宴も終わりに近づき、村人たちが各々の家に戻り始めた頃、村長が俺たちに近づいてきた。


「恩人たちよ、今夜はどうか我が村に留まってくだされ。最高の部屋とはいかぬが、休息の場を用意させてもらった」

「ありがとう」


 ソフィアが礼を言い、俺とロゼッタも頷いた。

 

 夜、村長の家の隣にある小さな別棟に案内された。

 質素だが清潔な部屋で、三人それぞれに寝床が用意されていた。


 ロゼッタはすぐに自分の工具を広げ、メモを取り始めた。

 彼女の研究熱心さには感心する。


 ソフィアは黙って自分の剣の手入れを始めた。

 磨く音だけが静かな部屋に響く。


 俺は窓辺に座り、外に停めてあるバイクを眺めていた。

 月明かりに照らされた車体が、まるで生き物のように見える気がした。


「なぁ、二人に聞きたいことがある」


 俺の言葉に、二人は手を止めて顔を上げた。


「この世界のことをもっと知りたい。俺はこれからどうすればいいんだ?」


 ロゼッタは明るく答えた。


「まずはスチームギアの街に戻りましょう!  私の工房で詳しくバイクを調査できるし、この世界のことも教えてあげるわ」


 俺はソフィアに向き直った。

 彼女は真面目な表情で答えた。


「私もスチームギアに戻るつもりだ。冒険者ギルドに任務報告をしなければならない」

「冒険者ギルド?」

「ああ。この世界では、モンスター退治や護衛、調査など、様々な依頼を冒険者が請け負う。私もその一人だ」

「なるほど……」


 ロゼッタが付け加えた。


「ソフィアは有名な冒険者よ! 元騎士団出身で実力は確かなの」


 白銀の髪の剣士は少し不機嫌そうに顔をしかめた。


「過去のことはどうでもいい。今は一介の冒険者だ」


 その言葉には何か重みがあった。

 彼女の過去に何かあったのだろう。

 でも、それを詮索するような気はなかった。

 誰にだって言いたくないことはある。


「じゃあ、明日はスチームギアに向かおう」


 俺の言葉に二人は頷いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る