第18話 鈴音の両親
鈴音の家は外観からも広いと確信出来るほどに立派だが、当然内装も同様だ。
(うわぁ……すっごい。俺の田舎のボロい実家とは大違いだ……)
一年近く帰っていない実家のことを思い出していた。
(この玄関、実家のリビングと同じくらいの広さだな……)
「こちらです」
「あ、はい」
使用人の女性が隼人を案内する。大理石で作られた玄関で靴を脱ぎ、スリッパに履き替えて、楽しそうにニコニコしている鈴音と共に、リビングへと隼人は足を踏み入れた。
以前にも訪れたことがあったが、その時は隣にいた鈴音の美貌に圧倒されて家の内装を気にするほどの余裕がなかった。
白と黒のモノトーンが特徴的であり、家具と調度品もそれに倣う様に白と黒で統一されていた。天井も六メートルちかくあるのだろう、凄まじい開放感があった。
(す、すご……)
呆気に取られて、鈴音の家の天井を眺めていると前の方から視線を感じる。
「こんにちは、隼人君。久しぶりだね」
隼人へと挨拶をする高身長で筋肉質な男こそが、雨宮家当主の『雨宮剛』だ。
特徴的なオールバックの髪型とスーツの上からでも分かるほどに隆起した筋肉。
まさに存在感の塊のような男であり、話し方も淡々としおり感情が読みにくい。
この男が一代で、雨宮家を数ある企業まで育て上げたのだから恐ろしい存在だった。
「久しぶりね、隼人君。いつも娘がお世話になってます」
隣に立っている彼女は、鈴音の母である『雨宮楓』だ。
鈴音を出産する前までは、国民的な女優だった女性だ。かつて若くしてハリウッド女優としても活躍しており、今でも語り継がれるほどに伝説的な女優だ。
容姿も鈴音と非常に似ており、姉妹と言われても納得できるほどに若く見える。
鈴音と違う点といえば、髪がショートカット、身長が鈴音と比べてやや低いくらいだ。
隼人は二人の存在感に負けないように一礼して、口を開く。
「お久しぶりです。私の方こそ、いつも鈴音さんに助けて貰ってばかりです」
くすくす、と隣から笑みが聞こえる。
「クスッ、そんなに緊張しなくてもいいのよ?」
「えぇそうですよ。自分の家と思ってくつろいで下さいな」
鈴音と楓が隼人を気遣う。
(この二人、声までそっくりだ……)
「は、はい……。それで、私はなんでここに呼ばれたのでしょうか……?」
鈴音からは時々聞かされているが、剛と楓は大企業の社長と役員ということもあり非常に忙しい。
それでも鈴音の重要なイベント事には必ず出席するし、なるべく調整して一緒に食事を摂るようにしている。
そんな彼らが鈴音の友人である隼人に時間を割く余裕などないと考えているため、心臓が数時間前から常にバクバクと動きっぱなしだったのだ。
(雨宮さんと大学で話していることが、やっぱり問題だったか……)
「ん?あぁ!ハハハ」
何かに気が付いたように、剛は大笑いをする。
「どうしたの、父さん?」
鈴音が怪訝な表情で剛を見やった。
そして面白いものを見たと言わんばかりに、豪快に笑った後に肩を震わせながら口を開く。
「はは、すまないね。いやぁ面白くって我慢出来なかったよ。隼人君は、ここに呼ばれたのは鈴音が原因と考えているね?」
「は、はい…。私が雨宮さん一緒にいること――」
「まぁ待ちなさい。それ以上は言わない方がいい。私の妻と娘が、怒り狂ってしまう」
チラリと鈴音と楓を見てみると、眉に力が入っているような怖い顔になっていた。
美人が怒ると怖いとは良く言ったもので、鈴音一人でも恐ろしいのに、美人な楓まで揃うと、鈴音を怒らせたときと比べて二倍の恐怖を隼人は感じた。
「……了解です」
やれやれと言わんばかりの剛は、そんな困り果てた隼人に助け船を出すために本題に入るために、数枚の紙を隼人に手渡した。
「これを見てくれ」
「これは……」
隼人は書類に簡単に目を通す。
内容としては雨宮不動産として新しい事業の検討案だった。
更に詳しく読み進めると、投資ファンド、海外不動産など多々あった。
「それらは、僕の会社でまだこれから伸びしろがある部門だね。まぁ逆に言うと弱点でもあるね。そのどれかで鈴音は、大学生の間で仕事を成功させたいって考えているんだよ」
隼人は驚きの余り目を大きく開いて、ソファーに座っている鈴音を見た。彼女は使用人が淹れたであろう紅茶を飲んでリラックスしていた。
「そうなの?」
「えぇそうよ」
「でも、なんでこんなこと……。学生な――」
「学生の間だからよ」
「え……」
「私は自分の可能性を信じているわ。でもね…長瀬君、ただ待つだけではその可能性は潰えてしまうのよ。だから学生の間だとしても行動する必要がある……そう信じているわ」
隼人は彼女の言葉の意味を考えた。
最初に彼女に出会った時から彼女は努力家であり、信念が強い女性だった。そして隼人の目から見ても、彼女は才能に溢れている女性だ。
それでも不動産として大企業の雨宮家なのだから、波風立てずに努力し続ければ少なくても社長になれるのではないか、と頭に過る。
どう返答すればいいのか悩んでいる隼人を見やって、鈴音は呟いた。
「十で神童、十五で才子、二十過ぎればただの人」
「……それって、つまり――」
「そう、私はただの人になりたくないっ!」
決意とも取れるほどの彼女の心の叫びだった。鈴音の新たな一面を見て、嬉しい気持ちと不安な気持ちが入り混じっていた。
「……事情はなんとなく分かったよ。なら俺の答えは決まっている」
「……」
隼人の返答で不安そうになりながら、彼の返答を黙って待つ。
鈴音の両親も隼人の次の言葉を神妙な面持ちで待っていた。
「一緒にやろう雨宮さん。こんな俺でも手伝えるなら、いくらでも手伝うよ」
「……フフフ…。ありがと、長瀬君」
緊張と不安で一杯であった彼女は、良かった、と言って脱力するように後ろに仰け反った。綺麗な座りを心掛けている彼女にしては珍しいことだが、それほどまでに気を張っていたのだろう。
「話は纏まったようね。もちろん、バイト代は私たちの会社から出させて貰うわ」
「そうだな。インターン生と同レベルの時給と考えてくれ。本当は、もう少し渡せるのだが……周りの人間の目もあるのでね」
「分かりました。それでは、三月からよろしくお願いします」
「あぁ。それと隼人君……話は変わるんだが、君以前より大分ガッシリしたんじゃないか?ちょっとジム行くか」
剛は親近感溢れる笑みで隼人に近づき、彼の腕回りの筋肉を触りながら口を開いた。剛の腕回りの筋肉は、隼人以上に大きい。それだけ彼が鍛え続けた証拠なのだろう。
「ハァ、剛さんの筋肉トークが始まったわね。あれを止めるのも面倒ね……。鈴音、私と一緒にここで女子会しましょう」
楓は剛を止める事よりも、娘の鈴音との交流を優先した。楓は立ち上がり、鈴音の横へと座る。
「じょ、女子会?」
「えぇそうよ。思えば鈴音と二人っきりなのも久しぶりな気もするし」
「クスッ、分かったわ。きっと長瀬君は父さんに絞られて、暫らく戻ってこないでしょうから」
「あ、雨宮さん!」
隼人は剛に肩を回され、強引に別の部屋に連れ出されそうになっていた。鈴音へと助けを求める声と視線を向けたが、彼女は手を振って拒否する。
抵抗する隼人を無理やり抑えつけて、剛はリビングを後にした。
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