第33話
意識だけ指輪の中へと引きずり込まれたティテはいつの間にか自分が知らない場所に立っていることに気付いた。
目の前には高い塀がそびえ立っており、門は固く閉ざされている。
「あれーここどこー?」
ティテが困った様子で周囲を軽く見回すとまるで「入ってこい」とでも言うかのように閉ざされていた門が勝手に開く。
それに対してティテは恐れるどころか興味津々といった様子で門を潜る。その先には広い庭と立派な御邸があった。
「おー」
映画やゲームの中で見るような中華風の建築様式に目を輝かせている。
既に彼女の頭から“ここから出る”という目的は消え去り、この中を探検したら楽しいだろうなー、という気持ちでいっぱいであった。
状況的には人の気配が全く感じられず、異常な空間に一人閉じ込められるホラー展開なのだが、この幼女一切動じていないのである。
「ボール? あたし知ってる! たしかマリって言うんでしょ」
庭にポツンと鮮やかな色の蹴鞠の転がっていた。周囲には人の姿はなく、それを見つけたティテは何も考えずそちらへ向かう。すると途中で鞠が誰かに蹴られたように弧を描いてティテのほうへ飛んできた。
「ほうー、あたしに勝負を挑もうってわけだ。いいよー。いまこそあたしの黄金の左足が火を――――」
「吹かなくていい。あと蹴鞠は勝敗じゃなくて回数を競う遊び」
「うにゃぴ!」
全力シュートを決めようとしたティテの背後で、誰かの声がする。その拍子に空振って転んだティテの口から変な声が漏れる。
それをどこからか見ていた何者かのくすくすという笑い声が聞こえたと思ったら、その声は徐々に遠ざかっていった。蹴鞠で遊べていないのだがこれはこれで満足だったらしい。あるいはティテに蹴鞠の才能がないと思われたか。
幽霊は次の遊び場へ誘うのように、今度は邸宅の戸が開く。
「イテテテッ、なんでティロがここに居るのさ」
ティテが振り返るとそこにはいつも通りの眠たげな眼をしたティロが居た。
「それはこっちのセリフ……でも話すの面倒、ここ出る」
「えー、一緒に探検しようよ。ってかなんでぷかぷか浮いてんの!?」
「ここは現実世界じゃない。今のぼくたち、魂だけの存在」
「へえそうなんだー。じゃあ行こっか」
「はあ……」
長年の付き合いから抵抗は無駄と悟ったティロも仲間に加わり、二人でこの謎空間を探索することとなった。
そうと決まればさっそく建物の中に突入……の前に、ティロはティテを引き止めてひとつ尋ねる。
「それで、結局ティテはどうしてここに?」
「えっとね、あたしはあるじが持ってた指輪がきれーだなーって思って見てたら、いつの間にかここに居た!」
「そう……よくわからないけど、大体わかった」
大方、主がどこかで手に入れてきた魔道具の指輪を不用意に触れて何かやらかしたといったところだろう。
そうティロは予想したがほぼ正解であった。
「そっちは?」
「たぶんスキルが発現した」
「そうなんだー」
どうせ詳しく説明したところで馬に念仏である、とティロは説明を省いた。ティテも適当に聞き流しているので順当だろう。
「スキルかー、あたしも覚えられるかな?」
人間ではない姉妹たちであるが、そんな彼女らでもスキルは発現できる。
その証拠にスキルを持つモンスターは実在する。俗にいうユニークモンスターと呼ばれる個体だ。
本来ダンジョンによって意思を奪われているはずのモンスターが何らかの要因によってダンジョンの支配から逃れ、自我が芽生え始めてしばらくするとスキルが発現する。そういった個体が後にユニークモンスターとなる。
逆に言えば、自我を持った時点で高確率でスキルを持つ。なのでユニークモンスターは自我を持つモンスターと同義ともいえる。
そのような説明を数年前に魔王からされたはずなのにティテは憶えていないのである。ヤギのくせに鳥頭とはこれ如何に。
彼女はライブ感で生きる幼女であった。
「遠くないうちに覚える」
「ほんと!?」
「勉強をサボらなければ」
「ティロもよくサボってるじゃん」
「ヒトにはヒトのペースがある。ぼくはティテと違ってちゃんと勉強はしてる」
「ふーん」
一方で、他の姉妹はそれぞれ何らかのスキルに目覚めつつあった。たとえばティロの場合は魂魄魔法に属するもの、特に眠りに関するモノだと彼女は思っている。
彼女は眠っている間に
実はティロも発現したのは少し前で、こうして精神体だけで異なる空間に渡るのは初めての経験だった。故にどこまでできるのか自分自身でもまだ把握できていない。
(たぶんティテがここに来たのもスキルの影響)
ミラはティテが操られたのは油断が原因だと判断したが、ティロはそれに加えて制御されていないスキルが悪さをしている可能性も考えている。
「無自覚なのが面倒……帰って寝たい」
「ほえ?」
「なんでもない。それよりさっきのあれがどういう存在か、理解してる?」
「ゆうれいっ! ティロはあの子が悪いゆうれいだと思う?」
「あれそのものから悪意は感じられない。けど気持ち悪い魔力はそこら中から感じる。気を付けたほうが……やっぱり帰って寝る」
「まだ帰りませーん。ほら行くよ」
「やー」
話してる内にやる気が無くなったティロをずるずる引きずりながら、ティテが室内に入ろうとした瞬間,
――――――――異変は起こった。
「えっ?」
「ほらやっぱり面倒なことになった」
さっきまで青空で澄み渡っていた空は急に曇天で覆われ、朗らかな陽気は肌を刺すような冷たい空気に一転する。
まるで丑三つ時の墓場にでも迷い込んだような雰囲気だ。
それに驚く二人だが、その後の反応はウキウキのティテにダルそうなティロ、と両極端であった。
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