第29話

 わたくし――九条院エリカがダンジョンを出たとき、外には天蓋のように空を覆う結界がありました。


 そしてその上では何者かが戦っている様子。


「あれは……ミラジェーン? やはり来ていたのは草壁だけじゃなかったか」

「あの方が魔王様ですの?」


 行事ごとなどにもしっかり顔を出す勇者様と違って、普段から転移で移動してると噂される魔王様は神出鬼没で学園内でも滅多にお姿を見掛けないSランク。


 遠目ではありますがこうして直接見るのはわたくしも初めてですわ。ですが戦っているのは別の方ですね。


 一人は天使のような見た目の少女――ダンジョンに居たモンスターと似ていることから何かしら関連性があるとわかります――ですが、なんというか戦い方は獣染みています。それに比べてグレージュ(グレーとベージュを混ぜ合わせた色)の髪の美女はなんと洗練された身のこなしでしょう。まるで舞でも踊っているようです。


「工藤教官!」


 天空の戦いに見入っていると、工藤教官が戻ってきたのに気づいた教導主任教官がこちらに来ます。


 先に外へ出たはずの水無瀬さんがテロを知らせたのでしょう。よく周囲を見ればこの非常事態に人が慌ただしく動いているのがわかります。


「状況はある程度聞いてます。方針は?」

「統括機構が動くまで我々はこの場で待機だ。外部協力者のおかげでここの掃除は進んでいるが、街のほうはまだ安全かわからん」


 まだ敵が潜んでるかもわからない中、生徒を守りながら市街地を移動するより視界が確保され敵味方の判断がしやすいこの場で統括機構の援軍を待つほうが幾分マシ、というわけですわね。


 最悪、ダンジョンの中へ生徒を逃がして出入口ゲート付近で籠城戦するのも視野に入れているのでしょう。避難場所をゲート付近にするそうです。おそらく草壁さんによってダンジョンは攻略されると思われますが、ダンジョンはコアを失っても完全に崩壊するまで数日から一週間ほどの猶予があります。なので一日二日程度の籠城なら問題ないでしょう。


「それと彼女の使いからまだ結界の外に出るな、と忠告されていてな」


 外に居た教官曰く、空から攻撃があったそうであの結界がなければ地上にも多少の被害が出ていたかも知れないそうです。


 外部の協力者というのも魔王様の関係者の方だったらしく、わたくしたちはずっとあの方に守られていたのですね。


 そうこうしてる間に上で戦っている二人の決着がつきました。終始、天使を圧倒していた美女がそのまま襲撃者を無力化したようです。


 力尽きた天使を連れて魔王様共々、転移魔法でこの場を去っていきました。それと同時に天を覆っていた結界が消滅し始めます。


 テロは終結したということでしょうか?


 それにしてもこの一件はおかしな点ばかりでしたね。見たこともない改造を施されたモンスターに、それと関連性のありそうな力を持つ人間。


 テロリストの襲撃というより、新兵器の実戦テストを兼ねた襲撃と言われたほうが納得できるといいますか……。


「少しよろしいでしょうか」

「ひゅ――ッ!」


驚きました。ええ、声を掛けられるまでまったく気が付きませんでしたわ。思わず変な声が出てしまいましたとも。


 そして私を驚かせて淑女らしからぬ声を出させた元凶はいかにも仕事ができます、といった空気とダンジョンに場違いなメイド服を身に纏った瀟洒な女性でした。

  

 間違いなく裏に属する実力者ですわね。こうして目の前に居るというのに気配が掴めませんもの。実家の暗部より上じゃないですか? わずかにでも他に注意を逸らせば簡単に姿を見失ってしまいそうです。


「魔王様の使いです。入れ替わっていた敵と外で待機していた内通者は統治企業のほうへ引き渡しておきました」

「そうか、了解した。そうなると街のほうは――――――――」


 はあ……何か起こったと思ったらあっという間に鎮圧されていましたね。


 空からあったという攻撃が無ければ、ほとんどの生徒は状況がわからなかったのではないでしょか。わたくしもあの異常なモンスターを見てなかったら襲撃があったとは思わなかったかもしれません。


 さて必要とあれば戦線に立つことも吝かではありません。それが力持つ者の義務ですから。しかしこの様子ではわたくしの出番は無さそうですね。


 教官たちが今後について話し合いを始めたのを横目に、わたくしは学友たちの無事を確認することにしました。


「待機組は全員揃っているようですが、ダンジョン組の何組かは帰って来ていないようですね」

「通信エリアの外には出ないよう指示があったので、帰還命令が届いていないということはないと思いますが」

「奥に進み過ぎて戻るのに時間が掛かっているだけでは?」

「それなら良いのですが……」


 まだあのモンスターやテロリストがダンジョンに残っていてもおかしくありません。


 あのモンスターと戦った感触では最低でもBランク程度の強さがなければ倒すのは難しそうでしたが、回収班はどうなってるのでしょう? 


 まだならわたくしたちはそちらに回ったほうが良いかもしれませんね。草壁さんの使っていたあのデバイスを借りられれば対処も楽になるのですが。


「そういえば先に出たはずの水無瀬様の姿がありませんね」


 乳兄弟(姉妹)でもある幼馴染の片割れに言われて、わたくしも水無瀬さんの姿を探します。


 すると、


「あら、あそこに立っているのが水無瀬さんではありませんこと?」


 外周に水無瀬さんらしき背の低い女の子が立っているを見つけました。


「えっ?」

「お嬢様?」 


 それに対して、なにやら驚いたような声を上げる二人。


「どうかしました?」

「そこには誰もいませんよ」


 振り返るとそこにはもう誰も居ませんでした。ええ、最初から誰もいなかったように影も形もありません。


 見間違い……だったのでしょうか?


「お、お嬢様? こんな時にお戯れはやめてくださひ」

「あんたは怖がり過ぎよ」


 怖がりな友人はもうひとりの服を掴んでふるふる震えています。服を掴まれながら呆れていますが、たぶん怖がりの原因は昔あなたが見せたホラー映画だと思いますよ?


 しかしそれを口には出さず、


「そういうわけではないのですが……きっと誰かと見間違えたのでしょう」


 わたくしの勘違いということにしておきます。確かめようにも手掛かりも残ってなさそうので。


 それよりも魔王様の使いの方にデバイスを借りることはできないか尋ねるついでに、水無瀬さんの所在も確認しましょう。




「ミナト様でしたらすでに魔王様と先に高天原へお帰りになりましたよ」


 残念ながら先に帰ってしまわれたようです。もしかしてですが……今回の一件、水無瀬さんが目的だった?


 Sランクシーカーの身内はそれだけで狙われる立場です。そうなるとこれは単純なテロではなく、もっと根深いモノの可能性が出てきましたね。


 残念ながらBランクとはいえ小娘に過ぎないわたくしではどうしようもない話、というよりこれ以上首を突っ込むのも危ういかもしれません。


「えっ? 拙、置いてかれた……?」


 ちょうどダンジョンから出てきた草壁さんが今の話を聞いて、悲壮感のこもった声と共にショックを受けていました。さらにトドメとばかりに、


「ミナト様より伝言です。『あとのことはこっちで片づけておくから、ミカゲはゆっくり帰ってきなさい』とのことです」


 意外と天然なところがあるのですね、水無瀬さん……。実家でトラブルが起こってゆっくりできるとは思えないのですが?

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