第6話

 この日、わたくし――草壁シオンは天使を見ました。

 


 国民の投票によって国の代表が選ばれていたのは遠い昔。


 現代では【世界統括機構】への貢献度や分担金の多寡、影響力による評価――ランク制度で企業の権限が決まります。


 それこそ世界に六つしかないS級企業ランクカンパニーは貨幣発行権や統括地区での立法権、世界統括機構理事会の常任権など、単独で及ぶ影響力だけでもそれぞれヨーロッパ州、北米州など大陸規模です。その下のA級でも国家規模となります。


 はっきり言ってS級は雲の上の存在、比べるのも烏滸がましいでしょう。


 そんな企業の力が強い世界で、私はB級企業――各都道府県知事くらいの影響力がある――の亜人会の幹部一族である草壁家に生まれました。亜人会はそれぞれの種族に代表となる幹部一族が存在します。私はその中でもエルフ系の幹部一族ですので、当然エルフです。それもただのエルフではなく、上位種族であるハイエルフ。


 何不自由ない生活、ハイエルフらしく他より整った容姿、生まれつき持っていた上位種族ハイエルフの亜人化スキルに加えて上位魔法スキルの≪精霊魔法≫という恵まれた才能。私は自分が選ばれた側の人間なのだと信じて止みませんでした。


 現に私が十三歳の時に初めて受けた異能都市でのランク認定試験はAに近いBランク。


 このまま鍛錬を続ければAランク昇級間違いなし、もしかしたらSランクにも届くやもしれない逸材。そう周囲からは期待されていました。


 そしてそうこうしてる間に十六を迎えた今日この頃、私は周囲の期待通りAランクに到達しました。


 そんな折、実家を通してダンジョン攻略の依頼がありました。場所は故郷である亜人都市の管轄エリア、推定ランクもCと大して高くもありません。近いタイミングで鉱石が大量に取れる鉱山型ダンジョンが発生していたこともあって、資源が大して期待できないこちらのダンジョンはそのまま潰すことになりました。


 特に断る理由もないので私は一人で攻略することにしました。いつもは同じ亜人会の身内で固めたパーティメンバーで攻略しますが、二つもランクが下で規模も小さいこともあってソロ攻略でも問題ないと判断したからです。


 そう何の問題もないただのダンジョン攻略なはずだったのです。


「これはどういうことでしょうか……叔父様?」

「一から説明が必要なほどお前は愚かではあるまい」


 特に苦戦することもなくダンジョン攻略を終えた私はダンジョンのコアを回収して外に出ました。するとそこには叔父である男とその手勢と思われる一〇人ほどの人間が待ち構えていました。


 どうやら現当主である父の戦力的な意味で後ろ盾となっている私が邪魔だったのでしょう。もしくは私の才能ハイエルフに嫉妬したか。そっちのほうが比重は大きそうですね。ハイエルフになれなかったこの男がそういう人間であることは


 叔父のランクはC、他もさほど高くはありませんね。


 実家から派遣された見張りは……申し訳ありません。仇は私が取りましょう。


 叔父の手勢は世界統括機構の管理から外れた非合法なスキル持ち――イリーガルシーカー。


 この手の輩はよく後ろ暗い事を行っている企業が子飼いにしていたりします。目的はライバル企業の襲撃やダンジョン攻略の妨害、戦利品の強奪、このような悪を見逃すわけにはいきません。


 イリーガルシーカーは見つけ次第始末しなくては。サーチアンドデストロイです。


 ただ一人、厄介そうなのが後ろに控えてました。


「そちらの方も隠れてないで出て来てはどうです」

「ほお、噂通りの秀才だな。俺の気配に気付くとは」

「ふざけているのですが? 隠れるつもりもなかったでしょうに」


 並みではない魔力波を隠す気もない実力者。


 経験的にAランク相当といったところでしょうか。叔父が手配した戦力にしては強すぎます。バックにかなり大きな企業が?


 これは想定外です。


「遊んでないでさっさと片付けろ掃除屋。いつ本家の連中が異変に気付いてもおかしくないんだぞ。それと絶対に生け捕りにしろよ。ハイエルフは貴重な実験体として引き渡す契約になってるんだからな」


 目的はハイエルフ、あるいは亜人全体ですか


 相変わらず迂闊な人。そんなのだから重役にはつけないのです。


 相手は目的のためなら人体実験も辞さない危険な組織。そして“掃除屋”というAランク相当のイリーガルシーカーを容易に手配できる伝手と規模を持つ。わかった情報を精霊に託して実家に飛ばします。これで最低限の仕事は果たしました。


「無茶を言うなよ。この娘、手加減できるほど弱くはないぞ。それに俺は掃除屋、殺しがメインなんだ――よッ!!!!」

 

 対人に特化した歩法と視線誘導、他に意識が向けば一瞬で姿を見失ってしまう。


 そしてメインとなる短剣型のDデバイスを躱したと思ったら別の方角から攻撃が飛んでくる。


 Dデバイスに拘らないで全身に仕込んだ暗器も使って正面からを仕掛けてくる、完全に対人マンハント専門のシーカーですね。


「魔法を使う暇は与えねえ」

「私が魔法頼りの後衛だとお思いで?」


 これは人生最大の危機という奴でしょうか。


 接近戦は苦手ではありませんが、この間合いでの戦いは相手に分があるようです。精霊魔法を発動させようにも、その隙を突かれて暗器が皮膚を掠った時点でおしまいでしょう。なにせ――――


「その得物、毒を仕込んでますよね?」

「安心しろ。即死するような毒じゃねえから」

「全然安心できません!」


 これは叔父の用意できる戦力程度なら自分一人で解決できると思い込んだ私の不手際と言えるでしょう。まさか自分の企業を他社に売るとは……愚者もここに極まれり、です。用済みになれば消されるとなぜ想像できないのか。


 それはそうと最悪の事態は生きたまま捕らえられることです。どうせ死ぬならその前に敵もろとも精霊魔法で自爆することも視野に入れたほうが良いかもしれません。


 そう私が考え始めたまさにそのときです。空から天使が――あの御方が舞い降りてきたのは。


「助けは要る?」


 抑揚のない幼い声が空から聞こえてきました。見上げればそこには顔を仮面で隠したゴスロリファッションのようなドレスを風にはためかせ、神々しさすら感じる『幼女』が宙に浮かんでいました。


 感情のない瞳と目が合う。


 その瞬間、本能的に格が違うんだとわからされました。


 私では足元にも及ばない、遥か高みにある存在。異能都市で他のSランクを見たときでもここまでではありませんでした。


 もし初めに見たSランクがこの方でしたら、私はSランクを目指そうとは思わなかったでしょう。それほどまでに圧倒的な魔力が無意識下に放たれていました。


「まさか……おまえが【正体不明アンノウン】かッ!」


 掃除屋が目を見開いて驚く。


 アンノウンとはここ数年、噂になっている二つ名の通り正体不明のSランクシーカーのことです。


 私も噂程度には聞きましたが、なんでも個人で転移魔法を所持しているんじゃないかと言われるぐらい神出鬼没で、各地のダンジョンを発見してから現地のシーカーが到着する前に攻略してしまうそうな。


 その中にはAランクダンジョンも含まれていたらしく、推定ランクはSとされています。


 Aランクが見ただけで勝負にならないと戦いを放棄するレベルの強さです。消去法で彼女がアンノウンだと判断したんだと思いますが、私もそう思いたい。このレベルの強者が何人も世界の秩序たる統括機構の管理外にいるとは想像したくありません。


 そしてこれまで一度も目撃すらされていなかった都市伝説のような存在が目の前にいて、しかも正体が年端もいかない幼女だったとなれば驚愕以外ありません。


 一体どうやってこれほどの強さを得たのでしょうか。


 普通のシーカーであればその立っているだけで、彼女から放たれるまるで魔王のような圧に、そして感情の読めない無表情に恐れを為すでしょう。


 ですがこのとき私は彼女に魅入られていました。


 誰も信用していない。興味がない。そう言いたげな表情を見て、今助けられようとしている身でありますが手を伸ばしてあげたくなったのです。


「お願いします!」


 そして、私の言葉に頷くと同時に――――彼女は動いた。

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