第2章 《裏》
「ねぇねぇお父さん!聞いて聞いて〜」
「あっ、川があるー、お父さん見て〜!」
車のなか、僕――
「こらこら、お父さんは運転してるんだから、話しかけちゃ駄目でしょー」
そう言って
「えぇ~、なんでー?」
出た。お決まりの『なんで』だ。
僕は笑いを噛み殺す。
さぁ、笑里、何と答える?
「事故しちゃうからだよ。そしたら、みんな痛い痛いになっちゃうよ〜」
「えぇ~。くふふ」
ミラーを見ると、チャイルドシートの上でクネクネ動いて笑っている息子が見えた。何が面白かったのかは分からないが、そんなあの子を見ているのは面白い。
「じゃあ、お母さんでいいや」
娘がそう言うと、笑里が後ろを振り向いて、人差し指を額に当てて、鬼の角みたいにした。
「
『で』と言われたのが気に食わなかったようだ。そこを強調して言う。
「お母さんがいい!」
「いい子〜!」
全員でコロコロと笑う。可愛らしく、楽しそうだ。
「おっ、あと少しだぞ〜」
「「本当!?」」
ぱぁっと顔を輝かせる様子は、
「あと何分?」
「うーん、8分くらいかなぁ」
「うえ~、まだまだじゃん」
「もういい、寝る」
「ちょっと、もうすぐよ?」
笑里がたしなめても、ふてくされたように窓の方を向いて丸まってしまう。
「ふっ」
「「「あ、今笑った〜!」」」
✤✤✤
「…ねぇ、何の心境の変化よ」
駐車場に車を止めて、子供らを降ろしていると、隣から妻が話しかけてきた。
「お
どう答えたものかと思考していると、どんっと背中に衝撃。ぶつかってきたのは娘の恵美だろう。
「お父さぁん、見てみて、お花綺麗」
ひょこっと僕の前にやって来て、恵美は駐車場の片隅を指さした。
紫、青の小さな花の集まり。藍色の集まりを意味する『
「紫陽花…本当、綺麗ねぇ」
笑里は、長男の
(ねぇ、母さん。まだ全ては許せないけれど……もう謝らないで。いや、本当はずっと前から少しずつ怨みは消えていたんだろう)
そこまで思って、少し哀しい気持ちになる。
(もう、母さんに僕の記憶は残っていない。それで良い。それがいい。これで、僕らは互いを傷つけなくて済むから)
笑里には、母の話をしたことがほとんどない。もうだいぶ昔にあの世に行った父のことも。笑里には憐れまないで欲しかったからだ。
よって、この間の『記憶ノ守り人』の人たちの話はしていない。あんなもの――幽霊だとかそんなものも含めて――が存在することは、幼い頃から知っていた。母方の祖父が、それだったらしいからだ。
(不思議だ……。あれほど嫌った父と母。なのに、今は自分たちがそれになっている)
母の写真を見た時、笑里は驚いたように言った。
『まぁ、あなたとそっくり』
母と僕は似ていた。だが、母と僕は違う。僕は子供を置いては逝かない。一人にはさせない。笑里も、妹を亡くしている。大切なのは僕らの『今』と、この子たちの『未来』。もう過去はいいのだ。
「お父さぁん、転んだぁ~っ!」
恵美の泣き声が聞こえてきた。僕は『父親』、恵美は『母親』。恵美と真司は『
これが、僕の家族なのだ。
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