第6章
第41話
いまひとつ現実感がない。
従業員や客が集まってきている。さらに誰かが急報を伝えたのだろう、旧館からこの温泉旅館の
桜の木から下ろされた若島の妻、恵子はすでに死亡していることが明らかなように見えたが、救急隊員は彼女と若島を救急車に乗せて搬送していった。
その頃には、昨日、皆月と
「桜子ちゃん、見ちゃだめ、中で待っていようね」
と、桜子の手を引いて旧館から屋内に連れて行った。
中年の制服警官が、困惑したように
「またここか……」
と呟いていたのが、皆月の耳に残った。
若島恵子は、病院で死亡が確認された。
「明日のコンサートは中止だ」
と、若島からの電話を切った奏が言った。
皆月は、
「仕方ないよな。奥さんが亡くなったんだから……しかもあの亡くなりかただ」
と、苦い顔で答える。
奏が通話している間、若島がしきりと謝っているようだったのが漏れ聞こえていた。
皆月をマネージャー兼友人、などと(勝手に)紹介したわりに、結局、奏と若島が直接連絡を取り合っている。
奏は、
「奥さんが亡くなったからと言って旅館の営業自体を休む訳じゃないが、音楽ホールについてはほぼほぼ若島さんが趣味でやってて自分で仕切ってるから、ほかに仕切れる人員を急には手配できないそうだ。会場の都合でのキャンセルということだから、中止の告知やなんかと後で返金の対応はしてくれるそうだが。まあ、いずれにせよものすごく小規模だしなあ、お前がチケットのもぎりをやって、照明なんて特になしでもやれない訳じゃないんだが、俺も実際にはコンサートが目的で来てる訳じゃないから中止にする。どのみち、この状況じゃ何が起きるかわからん。コンサートどころじゃなくなる可能性があるからな」
皆月と奏は客室に戻っていた。
そうは言っても多少は未練があるのか、奏は客室の隅に置いてある深紅のチェロケースをちらりと見てかるく息をついた。
正直、皆月は客室になんて戻りたくなかったが。
とうとう、皆月たちの滞在中にも死者が出てしまったのだ。
奏はスマホを手離さなかった。
「ちょっと待っててくれ。俺も
そう言ってしばらくの間、東京に残してきた妹の萌音と連絡を取り合っていた。
「個人事務所と言っても俺と萌音しか人がいないからなあ。涼太、お前、ほんとに俺のマネージャーにならないか? あと雑用とか経理とか全部任す」
「お断りだ。それよりこれからどうする気だ」
奏は、ちぇ、と、舌打ちをした。
「教師なんかの安月給よりは給料出すのに」
「いまそんな話をしてる場合じゃないだろ。この部屋に今夜も泊まって大丈夫なのか?」
皆月は強い語調になっていた。
すでに昨夜、怪現象が起きているのだ。
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