【入れ替わり百合短編小説】君の瞳になれたなら ~対極の少女たち
藍埜佑(あいのたすく)
第1話:「苺色と漆黒 ~ 出会う正反対の光」
東京都内の私立女子高校「聖花(せいか)学園」は、その厳格な校風と洗練された教育方針で知られていた。桜の花びらが風に舞う四月の始業式、一年生の教室に二人の対照的な少女が座っていた。
葉鞘小梅(ようしょう・こうめ)、身長150cmの幼児体形で、柔らかくふわふわとした苺色の髪を肩上でまとめていた。校則で指定されたセーラー服は彼女には少し大きく、袖を折り返しても手首が隠れてしまうほどだった。小梅の指先には、朝に慌てて塗った薄いピンク色のネイルが微かに光っていた――学校では禁止されているが、目立たない程度のものだ。首元には祖母から贈られた小さな水晶のペンダントがゆれ、彼女の大きな瞳と同じように光を反射していた。
一方、漣大和(さざなみ・やまと)は教室の後ろ、窓際の席に背筋をぴんと伸ばして座っていた。身長170cm、ファッション雑誌のモデルのような完璧なプロポーションの彼女は、制服さえもランウェイの衣装のように着こなしていた。長く真っ直ぐな漆黒の髪は腰まで届き、最小限のスタイリングで自然な艶を保っていた。彼女の唯一の装飾品は、左耳に付けた控えめなパールのイヤリング――これは母から受け継いだ家宝で、入学式という特別な日だけに着けることを許されたものだった。
「おはよう! 隣いい?」小梅が大和の前の席に陣取っていた女子に聞いた。
「え、ええ」と少し驚いた様子でその子は答えた。
小梅は颯爽と席に着き、振り返って大和に笑顔を向けた。琥珀色の瞳が細くなるほど、満面の笑みを浮かべる。
「私、葉鞘小梅! よろしくね! あなたって絶対モデルとかやってるでしょ? 雑誌で見たことある気がする!」
大和は少し顔を赤らめ、薄紅色に染まった頬を白い指で隠すように、小さな声で答えた。
「漣大和です。モデルではありません」
「えー、もったいないなぁ! あたしのお姉ちゃんがファッション誌の編集してるんだけど、絶対スカウトしたいって言うと思うな~」小梅は自分のスマホを取り出し、LINEのQRコードを表示した。バンブルビーの黄色いケースには、キラキラのラインストーンがちりばめられていた。「交換しよ!」
大和は少し戸惑いながらも、高級感のあるケースに守られたシックなグレーのスマートフォンを取り出した。ケースには何の装飾もなく、ただ洗練されたマットな質感があるだけだった。
「わぁ、それアッシュグレイの新作のケースじゃん! 発売日に並んだの?」小梅は目を輝かせた。
「いいえ、母が……」大和は言葉を濁した。長いまつげが影を落とす青灰色の瞳には、何か言い表せない感情が浮かんでいるようだった。
クラス分けの発表、自己紹介、最初の授業と、初日は慌ただしく過ぎていった。小梅はクラスの誰とでもすぐに打ち解け、休み時間には既にグループができていた。彼女の周りには常に笑い声が絶えなかった。一方、大和は静かに教科書を読み進め、時折窓の外を見つめるだけだった。春の柔らかな日差しが、彼女の長い髪に優しく反射していた。
放課後、小梅は部活動の体験入部で体育館に向かっていた。バレーボール部のレギュラー候補に推薦されていたのだ。小梅は中学時代、県大会で準優勝した経験を持っている。彼女の小さな体からは想像できないほどの跳躍力と反射神経の良さが買われていた。
体育館に入ると、ちょうど弓道部の体験入部も行われており、大和が弓を持つ姿が目に入った。白い弓道着に身を包んだ大和の姿は、まるで日本画から抜け出してきたかのような気品を漂わせていた。
「大和ちゃーん!」小梅は手を大きく振った。
大和は弓を構えたまま顔だけを向け、小さくうなずいた。彼女が矢を放つと、的から大きく外れてしまった。
「あらら……」小梅は小さく呟いた。大和の顔には一瞬苦い表情が浮かんだが、すぐに平静を取り戻した。
夕方、学校の門で偶然二人は再会した。放課後の柔らかな光が、二人の長い影を伸ばしていた。
「帰り一緒にしない?」小梅が笑顔で声をかけた。彼女のポニーテールが風になびいていた。
「構いませんが……家はどちらですか?」大和は静かに尋ねた。
「あたしは東口の商店街の近く。うちお菓子屋さんなんだ~」小梅は嬉しそうに言った。
「私は……駅の西側です」大和はためらいがちに答えた。彼女の声には、それ以上の説明を避けたいという微妙なニュアンスが含まれていた。
「えー、反対方向か。今日は無理だね」小梅は少し残念そうにしながらも、すぐに明るい声で続けた。「でも、明日からはお弁当一緒に食べようよ!」
大和は一瞬困惑したような表情を見せた後、微かに微笑んだ。彼女の笑顔は、まるで久しく使われていなかったように、少しぎこちなかった。
「はい……それでは」
二人は別々の方向へと歩き始めた。
小梅は賑やかな商店街を抜け、「よう葉(ようは)和菓子店」の藍色の暖簾をくぐった。店内には、季節の和菓子が美しく並べられていた。柔らかな和紙の包装と淡い色合いの和菓子は、訪れる人の目を楽しませていた。
「ただいまー!」小梅の明るい声が店内に響いた。
「おかえり、小梅」祖母が店の奥から顔を出した。優しい皺の刻まれた顔に、温かな笑顔が浮かんでいた。「お父さんは配達、お母さんはお姉ちゃんの学校の面談で、まだ帰ってないよ」
「お兄ちゃんたちは?」小梅は制服の上着を脱ぎながら尋ねた。
「部活でしょ」祖母は優しく微笑んだ。「さ、着替えたら手伝ってくれる?」
一方、大和は高級マンションのエレベーターで15階まで上がり、静かに鍵を開けた。静寂に包まれた広々としたリビングには誰もおらず、キッチンカウンターに置かれたメモだけがあった。
「ただいま」大和の小さな声は、誰にも聞かれることなく空間に溶けていった。
返事はない。白とグレーを基調としたミニマルなインテリアの部屋は、まるでモデルルームのように整然としていた。キッチンカウンターに置かれたメモを手に取る。
『今日も遅くなります。冷蔵庫に昨日のおかずがあります。勉強頑張ってね。ママより』
大和は無言でメモを折りたたみ、制服を脱ぐと丁寧にハンガーにかけた。シャワーを浴び、シルクのパジャマに着替えると、彼女は一人用のダイニングテーブルに向かい、教科書を広げ始めた。
部屋の壁には、彼女と母親の二人だけの写真が飾られていた。笑顔の母親の隣で、幼い大和も微笑んでいた。写真の中の少女の笑顔は、今の大和からは想像できないほど明るく無邪気だった。
二人の生活は、こうして正反対のまま、新学期が始まっていった。
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