11. 確かな命
〈エマルネ・レプリオ〉の「殺人はしていない」という言葉は、妻夫木刑事を苦しめた。
(俺は殺した。あいつは殺していない。ナタリーも殺していない。俺は殺した。なぜだ? 俺が、生きていながらも子作りできない存在だからか? 「生」を作れないからか?
妻夫木刑事は、公務中に凶悪犯を射殺した。
〈エマルネ・レプリオ〉は、殺人犯でもなければ、人間でもないため、裁きようがない。
世界中の〈
事実が、二つの理由で
そして〈エマルネ・レプリオ〉から得られる最大限の情報を得ていたナタリー・レムは、全ての真相を知る唯一の〈
——〈
(ナタリーが〈化け物〉の親をやめた。他の同じ境遇の女性たちも、同様だと聞いている。心当たりは、ある。〈エマルネ・レプリオ〉が、母星へと帰ったのだ。この星では繁殖不可能、この地球は侵略不可能、と悟ったのだろう。それでいい。殖えなくていい。生まれるだなんて、「生」だなんて……もう、うんざりだからな。)
〈エマルネ・レプリオ〉が地球から去り
〈
産まれなくなって間も無く
ナタリー・レムに子供ができた。
それは、人間の子。
妻夫木
二人はすぐに、お揃いの指輪を
(どうして俺は、あんなふうに衝動的に、
「妊娠の経過は、順調か?」
「ええ、順調。というか星一、言葉が堅くない?」
「あ、ああ。ちょっと仕事めいた口調だったかもしれないな。すまない(これは仕事ではない。)」
「別に謝らなくてもいいのよ? でさ、星一。なんだかずっと、考え事してる?」
(そう、だよな。バレる、よな。)
「実を言うと、そうだ。あれだ、俺は、不妊症だったのに。今こうして、ナタリー、君には別な命が宿っている。それはもちろんいいことには違いないが……なんというか、意外、だった」
「私、浮気はしてないわよ?」
「いや疑ってるわけじゃない!」
「わかってるわかってる。言ってみたかっただけよ。ドラマの台詞みたいで面白いじゃない?」
(今の冗談は……どうだろう、世間一般の感覚では、「面白い」のか?)
「まぁとにかく、妊娠は、めでたいことだ。それだけは、間違いない(俺は本当にそう思っているだろうか?)」
「そうね。めでたいわ…………そうだ、私一つ、気になったことがあるの」
「気になったこと?」
「ええ。でも厳密には、気になったというか、『疑っていることがある』と言うべきかしら?」
(疑い? なんのことだ? 俺に対する疑いか? 俺は何か、間違えたか? 間違えることは、怖い……)
「それは、誰に対する、何の、疑いなんだ? 詳細に教えてほしい」
「ちょっと星一、また刑事みたくなってるじゃないの。まぁいいや。つまりは、こうよ——」
一年前……
妻夫木星一は宝くじに高額当選した。その少し後で、妻夫木星一は離婚した。男性不妊を理由に、離婚した。当然のように、財産分与の手続きがあった。
「——当時の奥さんは星一の一億の金に目がくらんで、つまり離婚の財産分与目的で、離婚するに足る理由を
(何だって!? 不妊症に仕立て上げただと!?)
「いやちょっと待ってくれ、そんなコウトウ——」
「『そんな荒唐無稽な話はやめてくれ』と言いたいの? でも、私が〈エマルネ・レプリオ〉に
「それは確かに、そうだ(そうだ。全て嘘みたいで本当だった。)」
「なら一旦最後まで、話を聞いてちょうだい」
「わかった。そうしよう」
ナタリー・レムの話を最後まで聞いた妻夫木星一は、その荒唐無稽な仮説を検証してみる気になった。
「全部調べ上げてやる。警察のデータベースも利用して……」
「ちょっと星一、それはショッケン——」
「「職権、濫用だな/乱用ね!!」」
妻夫木星一は刑事らしく、だが公務外で、元妻の医療機関受診履歴を調べた。すると元妻には、当時不妊治療のために妻夫木星一と通った場所とは別な、妻夫木星一の知らない産婦人科医院に、通院歴があることが判明した。もちろん妻夫木星一は、そこへ向かった。
目当ての産婦人科医院に着くと、受付嬢に向かって、自身が刑事であることを証明する警察手帳を誇らしげに見せてから、堂々と院内を練り歩く。すると、やけに広めの個室の、扉の前に
「ちょっと失礼(おお、いたいた)、私こういうもの(刑事だ!)ですが……産婦人科医師の
妻夫木星一の視線の先——デスクには、ナタリーの〈卵巣腫瘍獣〉の研究に参加した、
デスク上には、〈特殊案件 4〉のファイルがあった。
「そんな注射器ごときで、刑事の俺にどう太刀打ちするっていうんだ?」
「これは恐ろしい遺伝子製剤、つまりは毒だ。刑事さん、あんたの体にひと
「だから、なんだ?」
「おいおい! どうした、あの時みたく拳銃を取り出さないのか? ほら、撃てよ! バァン! バンバンバァーン! てな」
(ふざけるな……)
「そうか。お望みとあらば、そうしてやろう」
「お? やるのか!? 撃つのか?」
「ああ、そうしようか——」
妻夫木星一は、
拳を
堅い、一つの握り拳を
取り出した。
「——おっと、言い忘れていた。今日は私用なんだ。拳銃は携帯していない。この国は、拳銃の扱いにも、拳銃を使った者にも、やけに厳しくてな」
「
妻夫木星一は、容易く注射器を取り上げてしまった。
そして直後、硬い床にひれ伏す
「どれどれ、このファイルが怪しいな。〈特殊案件 4〉か。俺はこれを、見たことがある……」
産婦人科医師
「ねえ星一」
「どうした?」
「変なことを聞くようだけれど——」
(変なこと? なんだ?)
「——前の奥さんとは、愛しあっていたの?」
「なんだ、そんなことか。そうだなあ——」
(こんな言い回しは、どうだろうか。)
「——〈エマルネ・レプリオ〉の言っていたように、愛がないと、子供はできないのかもしれないな」
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