卵巣腫瘍獣使いと赴任刑事

加賀倉 創作【FÅ¢(¡<i)TΛ§】

1. 赴任刑事

(——辛い。)


(俺は……妻夫木つまぶき星一せいいちという情けない男は、その情けなさの割には、刑事なんかをやっている。笑えてくる。最近、この署——やや治安の悪い地域を担当するこの署に、赴任ふにんしてきた。というのは、俺が前の署で、武装した立てこもり凶悪犯の脳天に一発ぶち込んで人質を解放するという中々の手柄を立てたからだろうが……いいような、よくないような。きっと仕事の報酬は仕事ということなんだろう。勲章をもらいもしたが、それ部屋に飾るだとか、自ら栄光を讃えるようなことは特段してはいない。それにしても今年は、浮き沈みの激しいジェットコースターのような一年だ。)


(辛い。)

(ああ辛い。)


(まず、宝くじに当選した。高額当選、一億円。だがほどなくして妻——いやその女性はもはや元妻と呼ぶべき——から、俺は情けなくも、離婚を切り出された。理由は……正直言って、離婚を決意するに十分なものだった。俺のせいだ。離婚には財産分与という忌々いまいましいものが付きものだが、俺の場合も当然のように例外ではなかった。今は、どん底。ここ数日、非常に流れが悪い。今朝は、犬の糞を踏んだなあ。前の休日も、マッチングアプリで美人と知り合えたと思っていざ会ってみると、ただのマルチ商法の勧誘だった。刑事のくせに、さとせなかったし、通報もしていない。本当に情けない。となると、あの時俺が悪党の息の根を止めることに成功したのは、単なる偶然だろうか。俺が現場にいなければ、他の誰かが同じように手柄を立てたかもしれない。大問題の解決の決め手が、俺の拳銃に込められた一発の弾である必要は、別に無かったのかもしれない。つまり、あれは誰にでも可能な、最低難度の任務…………ああ、もはやジェットコースターの位置エネルギーは尽き、止まり、俺の心臓の拍動もついでに止まってしまうのではないだろうか。いや、ひょっとするとそう願っているのかもしれない。いや、だめだ、そんな考えはよそう。)


(でもやはり辛い。)

(不幸だ。)

(辛い、辛い。)


(そして今日も、とある通報があり、妙な事件を担当することになってしまったのだが……相当嫌な予感がしている。)

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