6.共感
ミゲルは夫婦漫才に白い目を向けていたが、あのいけすかないハイマ直下の部下だという割りには庶民的というか愉快な2人だ、どうにも印象が合わず再び声をかける。
「あのジジ……あ、いやハイマさんはどういう方なんですか?」
ギャーギャーとやっていたロッテとマックはピタリと動きを止め目を見合わせる。
そうして同じような角度で首を捻りウンウンとやりはじめた。
「どう……どういう……うーん」
「……難しい質問ね」
「とりあえず、ね」とようやくロッテが考えが纏まったのか口を開いた。
「まずハイマ様の生家、ラグエラ公爵家については知ってる?」
「いえ、さっぱり」
「ならそこからね」
ラグエラ公爵家はスラフィール王国における魔術の名門だ。幾人も宮廷魔術師を輩出していた。
なにしろ王家との血の繋がりではなく、その魔術の冴えにより公爵の地位まで上り詰めた家。実力に支えられた矜持もひとしおだ。
「まぁ貴族らしい貴族ってとこかしら。高貴の義務を謳い、実際に義務を果たしてる家。まぁ口だけ貴族よりは随分マシね」
「ハイマ様の上には兄のカルマ様がいて、家督はカルマ様が継いでるんだ。カルマ様は宮廷魔術師団の長で三人の息子も宮廷魔術師だな、20人しか選ばれない宮廷魔術師の4人がラグエラ家出身で師弟関係にあるものを考えたら半数以上がラグエラ家の息がかかってる。ラグエラ家に物申せるのは王家くらいで同格の残り2家の公爵ですら口出し出来ないくらいらしい」
「で……ハイマ様なんだけど……あの方はそういう一家に生まれた怪物……かしら? 魔術の才能はなにより、好奇心旺盛でロマンチスト。ようするにとんでもない変人ってこと。宮廷魔術師の誘いを蹴って、ぶっちゃけ閑職の抗魔機関の長に何故か収まってる。えーと」
ロッテは先ほどの魔道具を取り出してミゲルに見せる。
「例えばこれね、離れた相手と会話できる魔道具なんだけど。これを作ったのがハイマ様なのよ。他にも沢山、変な魔術や道具を考えさせたら右に出るものはいない……一種の天才ね」
「うちの機関は正直、予算はあんまりつけてもらえてないんだけどよ。ハイマ様の発明のお陰で食いっぱぐれてはないんだ」
「両方に超が付く変人で天才。我道を貫ける家柄に発明による資金力。ハイマ様を止められるのは兄のカルマ様くらいね。で、目下そのハイマ様は勇者ちゃんにご執心で、その勇者ちゃんが連れてきた君にも興味を惹かれてるのは間違いないわね~」
それは目をつけられてるの間違いだろうとミゲルはげんなりと肩を落とす。面倒そうだと思っていた相手が想定の遥か上を行く面倒さだった。
ミゲルのその様子にロッテとマックは口々に「悪い人じゃ無いわよ、悪辣だけど」「面倒見もいいぞ、用意周到で」となんの気休めにもならない言葉をかけた。
その時だった。
どこからか「イケメーン!」と叫んでいるらしい鳥の鳴き声にも似た叫びが聞こえてくる。ミゲルが顔を上げ声の出所らしき方向に目を向けると、土煙が上がっていてそれが近づいてくるのがハッキリ見えた。誰かが物凄い速さで走っているらしい。
その人物は門の手前で急ブレーキをかけ、さらに舞い上がる土煙にマックが咳き込みながら魔術で風を起こし払っていた。
土煙の中から現れたのは青い制服に、栗毛をボーイッシュな短い長さにした目がくりくりと大きな女性だった。
「おっとっとっとぉ!! あ、どうもお待たせしました! リアナがイケメン様ご所望の品をお届けに参りましたよ!」
1人称でリアナを名乗る、ミゲルよりひとつかふたつか上に見えるその女性は門の柵越しにズイッと紙袋をミゲルに向けて差し出した。ミゲルがそれを若干後退りかけながら受けとるとバシッと音がなる程に敬礼を決めるが、それも束の間、だらしなく「イケメン……イケメンだぁ……目の保養目の保養」と崩れたにへら笑いを浮かべた。
「リアナ……顔が終わってるわ」
「ハッ! 申し訳ありません!」
「この残念なのはリアナ。うちで一番の新入りだ。ミハイルとはそんなに歳は変わらねぇんじゃねえか?」
「ハッ! 今年で22であります! 彼氏はいません!」
「主にリアナが買い出しなんかは担当するから、まぁ……慣れて頂戴ね」
「では私はこれで! いつでも何でもご依頼ください!」
またバシっと敬礼を決めるとリアナは土煙を上げ猛烈なスピードで来た道を引き返していった。
▽
ミゲルが紙袋を抱え、勇者宅に戻り玄関扉を潜れば家主の少女とバッチリ目があった。
思わず「うぉ」っとたじろぐミゲルに少女は「荷物をお持ちします」と手を差し出したがたいした重さでもないとミゲルはそれを断った。
「大丈夫ですよ、軽いですから」
「わかりました」
「えっと……調理場を使ってもいいですか?」
「はい、こちらです」
ミゲルが調理場で紙袋の中身を取り出し並べていると食材ではない物体が入っていた。それは先ほどロッテが使っていた魔道具だとすぐにわかったが、あちこち回して見ても使い方がわからず……というか好き勝手していいか分からずミゲルは困惑した。結局、唯一聞けそうな相手に聞く羽目になる。
「あの……勇者……様?」
「はい」
「これなんですけど……使い方わかりますか?」
「……?」
少女は首をかしげミゲルから魔道具を受け取ると、ミゲルと同じ様に手の上で回している。少女も使い方はわからないらしい。
しかしどうやら何かに気づいたのか少女が脇についた突起を押し込んだ途端、「リアナです!! ご用はなんでしょうか!!?」と爆音が炊事場に響く。
余程驚いたのだろう、少女がビクっと肩を跳ねさせた拍子に放り投げてしまった魔道具をミゲルが落下するすんでのところで受け止めた。
その間も「もしもーし? 聞こえてますかー?」と大音量のリアナの声が聞こえ続けている。
「あぶっ……ちょっこれどうなって」
「あ、ミハイルさん! 早速なにかご所望ですか!」
「いや、違いますけど……それより声、少し落としてくださいよ」
「え、はい! 十分落としてるつもりですけど……あ!! そちらの音量設定が大きいままなのかもしれません! 丸いツマミで操作できますよ!」
「ツマミ?」
「今から私があーーって、やりますから丁度いい音量にしてください! あーーーーーーー」
リアナがいきなりロングトーンを始めれば当然それも大音量で魔道具を通ってきた。慌てミゲルがツマミを捻ると音量が跳ね上がる。今までのは最大音量ですらなかったのだ。片耳を塞ぎミゲルがツマミをなんとか戻そうと四苦八苦しているとリアナの声が悲鳴と共に途切れすぐに若い男の苦言が聞こえる。声の主はあくびを噛み殺したような声音で指示を伝えてきた。
「うっるさ……おい、これどうしたら」
「あ゛ぁああああああああああいったぁい!?」
「ウルサイですよリアナ。 あー、ミハイル様? ツマミを左に回してください」
「わ、わかった」
指示に従い音量を落ち着かせハァっと息をつくとまた魔道具から「いいみたいですね」と落ち着いた声音がする。
「申し遅れました。ボクはキンバリーといいます」
「あぁえっと、ミハイルです」
「存じております。うちのリアナがすいませんでした。どうせ何の説明もなく魔道具を渡していたのでしょう? そうですよね、リアナ?」
「うぅすいませんでしたぁ」とリアナの呻きを聞き流しながらキンバリーは続ける。
「魔道具越しで申し訳ありませんが、簡単にご説明させていただきますね」と一通りその“通信魔道具”の使い方を伝え終わるとキンバリーはまたあくびを噛み殺したような声音をさせた。
「ふぁ……何かご入り用の品があればその魔道具でお伝えください。リアナかボクが対応します。ボクは基本夜番なのであまり縁はないかもしれませんが、まぁよろしくお願いしますね……じゃあリアナ、ボクはもう少し寝るから」
おそらくリアナの出す騒音に起こされたのだろう、ミゲルは寝る宣言を残した。最後にリアナの「すいませんでしたぁ!」という謝罪が音量を下げているはずなのに大音量で響き魔道具は沈黙した。
「……ハァ」
「……ホッ」
魔道具を置いてミゲルが顔を上げれば少女と目が合った。その表情はやはり人形のように変わってはいないのだがどこか安堵したような、「やっと静かになった……」とミゲルにはそう言ってるように思えた。
同じことを思っていたことから来る錯覚なのかもしれなかったが、なんとなく通じ合えた気がしてミゲルにはそれが無性に嬉しかった。
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