プルプラの指紋

花沫雪月🌸❄🌒

プロローグ 崩壊の跡地

 遥かの上空、一羽の猛禽が見下ろすのは白堊の平原であった。

 塩に酷似した細かな結晶が凝集した白無地のカンバスのような大地は一見するとその白の他何一つ無いまっさらであったがよくよく見れば奇妙な、白装束の一団がそこにはいた。

 6名からなるその一団は頭から爪先までを白い雨合羽のような外套がすっぽりと覆い、似た色の大地に一体化していた。鳥の眼はそれをしっかり見分けているようで、猛禽は一団の上空をぐるぐると旋回していた。

 

 突如、その猛禽の頭が爆ぜた。

 考える力を物理的に失い、猛禽は広げたまま固まった翼で滑空していたがすぐに平衡を失い、回りながら墜落していった。

 一団の中の1人が空を見上げ、フードの下の顔を覆う黒いマスクを天に晒し、手を上にかざしたまま静かにその行き先を見送っていた。


「何かあったか?」

「鷹」

「鷹? あぁ……ロニオス国の間諜だな。それで、撃ち落とせたのか」

「当ー然」

「術者は相当堪えたろうな……だが次からは何かする前に一度報告しろ、ベルマ」

「了ー解、隊長」


 白の一団のうち、魔術で操られた猛禽を仕留めたベルマと呼ばれた女性と隊長と呼ばれた者が短く言葉を交わす。

 そうしている間も一団の歩みは止まらず一点を目指して足を進めていた。


「止まれ」


 目的地にたどり着いたのか先頭の者が地にかざしていた手を上げ後続に合図をした。


「ラズマ、ここか? 何も見当たらないが……」

「あぁクレイン隊長。何もない、ということは無いだろう。私が感じた奇妙なマナの反応は確かにここからだ」


 先頭にいたラズマと呼ばれた者が再び白い手袋に覆われた掌を地にかざし意識を集中する。やがて何か見つけたように、隊長であるクレインに振り返った。


「下……マナはこの下からだ」

「地下施設の跡地か……? 深さは?」

「ハッキリとは……しかしかなり深そうだ」


 どうやら掘削をしなければならないと分かると、一団の1人が愚痴を溢した。それをクレインが切り捨てる。

 

「この大地はマナを弾きます。直接干渉は出来ないとなると……やれやれ重労働になりそうですね」

「愚痴はいい。早速取り掛かろう」


 一団は引いていた荷車からシャベルを人数分配り、白い大地に突き立て始めた。

 大地は固く、マナで補強したシャベルが穿つたび土壁が割れるように大ぶりな塊となりそれを腰を使ってグンと放り投げる。打ち付けられて砕けた破片がそこら中に散らばっていた。

 交代で休憩を取りながら作業は進められた。

 一団は全員が魔術の使い手で、身体強化を駆使していたがそれでもシャベルのみでの掘削は酷く時間がかかった。


「止めろ……空洞がある。慎重に」


 優に身の丈の数倍はあるかという縦穴が掘られた頃には高い位置にあった日は既に沈みかけていた。

 小さな明かりで照らしながら、見つかった空洞への入り口を広げ、見張りを残しラズマとクレインの2名が縄ばしごを使い空洞の中に降り立った。


 

「やはり何かの施設か……」

「あぁ、我々の研究施設と似てはいるが規模も技術水準も桁違いだ……幅からして通路に出たようだが、さて」


 結晶化からは免れてはいなかったが地上と違い風雨にさらされなかったおかげか、壁を走る配管のような凹凸が灯りに照らされる。判別できる程には形を残していて、そこが何かの研究施設の通路であろうと判断できた。


「ラズマ、反応は?」

「……こちらだ。階段がある」

「まだ下るの?」

「おい……見張りは?」

「退屈。見張りは残ってるんだしいいじゃん」

「全く……まぁいい。ベルマ、お前が先に降りろ」

「はーい、隊長」

「ラズマ……妹の面倒を見ておけよ」

「はぁ……了解」


 見張りを抜け出してきたらしいベルマを先頭に、ゆっくり階段を下っていくと再び通路らしい空間があり、階段はそこで途切れていた。


「壁……いや、扉だなこれは」

「ぶち抜く?」

「バカめ、崩落したらどうする」

「調べてみよう」


 通路の先で3人の行く手を巨大な扉が阻む。

 周囲と同じように結晶化して壁と癒着していた為、壁と見間違えたが溝や模様から何か開閉の機構が看て取れる。

 カツカツと表面を叩きながらクレインはその元扉にはかなりの分厚さがある防壁のようなものだろうと予測した。


「破壊するしかないか……ベルマ、まだだ」

「はーい」

「向こうに何があるかわからん……少しずつやろう」


 突きだされたベルマの腕を下げさせるとクレインは結晶化した扉に持ち込んでいた掘削用の道具で細い穴を開けていった。しかし、ある程度掘り進んだところでガツンと音がした。かなり硬い物体にぶつかったらしい。


「む……固いな……扉の内部がフリッジ鋼らしい」

「マナを弾く性質がある鉱物……だったか」

「あぁ、侵食を免れているのはその為だろう……しかし、コイツは手持ちの道具では壊せんな」

「……ベルマ」

「まかされた」

「おい待て! なんだそれは!」

「おりゃ~」

 

 待ち構えていたのか、ベルマはマナを凝縮させた巨大な剣をすでに振りかぶっていた。クレインとラズマが制止する間もなく振り下ろされた剣はズバンと綺麗に扉の中央を捉えた。

 さらにマナの剣を器用に振り回すとベルマは綺麗に壁と扉の癒着部分を切り離し、最後にどっせいと掛け声一つ回し蹴りを見舞う。


 ズン、とやはり相当な重量があった扉が倒れ、床部分に亀裂が入る。

 振動が施設全体を揺らしたような錯覚を覚え、クレインとラズマは身構えたが何も起こらないので肩を撫で下ろした。

 

「開いたよ。アイタっ、アイタっ」


 無言でベルマの頭を叩きながらクレインとラズマが出来上がった穴を潜るとそこには見慣れない物体が鎮座していた。


「……コフィンか?」

「いや……何かの培養槽にも見えるが……結晶化しているな。反応はコイツからだ」


 丁度人間1人が収まるほどの容積の白く結晶化した俵形の棺のような物体。

 ラズマが感じ取ったマナはこの物体から発せられていた。


「何か中にあるのか?」

「……形状からしてその可能性が高いだろう」

「あける?」

「お前は下がってろ」


 ウズウズとするベルマを押し返しラズマが軽く物体に触れると、脆くなっていたのか表面に亀裂が走り広がった。ラズマが飛び退くと物体の前面が弾けるように割れその内部がはっきりと見えた。


「バカな……人間? 人間だぞ!」

「結晶化していない人間だと」

「うわ……かわいい」


 内部から現れたのは、人間、それも美しい少女だった。

 淡く紫色の光を帯びた銀色の髪がほんの微かに周囲を照らしその一糸纏わぬ姿を浮かび上がらせている。

 50年以上も放置された施設にも関わらず、少女の肉付きも肌つやも健康体そのものだった。

 さらに灯りに反応したのか3人が目を奪われているその前で少女の瞑っていた目が僅かに動く。


「?! 生きてるぞ!」

「あり得ん……魔国が滅んだのは50年も前だぞ、一体どうやって……」

「男ども、どけ」


 想像を越えた事態に硬直した男2人を押し退け、ベルマは纏っていた白装束の外套を素早く脱ぎ、少女の身体を抱き留め包み込んだ。


「お前……一応防護服だぞ」

「いいでしょ、何もなければ」

「いや、存外正解かもしれん。特異なマナはその少女から発されているようだしな」

「ね、おきたよ」


 ベルマに抱きかかえられた少女は目を開き、しばたかせるとその紫水晶の瞳を驚愕に見開いた。

 何か、喋ろうとしていたが、声はか細くかすれよく聞こえない。なんとか3人が聞き取れたのも耳慣れない言葉だった。


「ウェ、レ……ヘ、レ……魔国語ではないな……ラズマ、分かるか?」

「いや」

「古式交易語だよ」

「ベルマ……何故わかる」

「商人の友達が使ってる。異国の商人同士で交易するのに便利なんだって」

「じゃあ少女は何と言ってる?」

「たぶん……ここはどこ……かな」


 クレインは「ここはどこ……か」と考え込むように繰り返すとベルマに「ではこう伝えろ」と指示を出す。

  

「ここはダルフォン魔導帝国の地下施設だ。事故により崩壊している。我々はスラフィール王国から調査の為派遣された……」

「長すぎ、私だって上手く喋れる訳じゃないし」


 ベルマはクレインを遮ると少女に向き直り、マスクを取り払うと人懐こい笑みを浮かべた。


「えと……コホン。 ハイ! ミ ネーメ ベルマ。 クーエ ヨ ネーメ?(こんにちは、私はベルマ。あなたのお名前は?) 」


「……ァ」

「うん?」

「おい、何の話をしている?」

「うっさい兄貴、名前聞いてるの……サリ アンク プレッセ? (ごめんなさい、もう一度お願いできる?) 」


 口出ししてくるラズマに一喝入れるとベルマは再び少女に向き直り申し訳なさそうに再び名前を尋ね、耳を寄せた。

 それに倣うように何とか少女のか細い声を拾おうとラズマとクレインもまた耳をそばだててる。

 そうやってようやく聞き取れたのは……。


「ユウシャ? 勇者? 勇者と魔王の、勇者か?」

「ちがうでしょ、名前聞いてんだよ?」

「あー、君は勇者なのか? ユーシャ? ユウシャ?」


 耳慣れない発音のせいか、“勇者”としか聞き取れず、確かめるクレインに少女は小さくコクリと頷いた。


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