第三章:南方「朱雀」圏での試練1
1. 朱雀の大国へ
草原を越え、荒野を抜けた蒼藍たちは、豊穣と芸術の都と称される南方の大国——紅都(こうと)へとたどり着いた。温暖な気候と肥沃な土地が広がるこの地は、南方一帯を統治する女王紅(こう)の治める華麗な王都であり、朱雀に属する星宿たちが数多く眠るとされる場所だった。
しかしその華やかさの裏側で、深く静かに闇が蠢いていた。
都では近頃、「星を持つ者」が次々と姿を消しているという異常事態が起きていた。
誰が、何のために——誰も口にしないが、人々の間には不気味な“沈黙”が広がっていた。
蒼藍は星の気配をたどり、都の下層に足を踏み入れた。貴族の栄華とは対照的に、貧しい者たちが肩を寄せ合いながら暮らす狭い路地。そこで彼らは、一人の青年と出会う。
赤茶の髪を逆立て、軽快な足取りで建物の屋根から屋根へと跳び移るその青年は、まるで都全体を遊び場にしているようだった。
「よぉ、よそ者。俺に何か用か?」
彼の名は——井(せい)。
朱雀・井宿の民にして、都一番の情報屋だった。
「失踪事件のことを探ってる。君は何か知ってるか?」と蒼藍が問う。
井は口の端を上げて笑った。
「知ってるもなにも、今朝もひとり消えたよ。しかも、星を持つやつさ」
その言葉に、千佳が息を呑む。
「やっぱり……誰かが星宿を狙ってる」
井は背を向けて歩き出す。
「ついてきな。ここじゃ話せない」
一行は井の案内で、地下水路を通って古い劇場跡へと入る。そこで井が口にしたのは、衝撃の名だった。
「“紅王宮”の中に、秘密結社がいる。奴らは“朱雀の力”を集めて、古代の火の儀式を再現しようとしてるらしい」
「星宿を……生贄に使うつもりか」と昴が低く呟いた。
そのとき、地下の扉が破られ、鎧に身を包んだ兵士たちがなだれ込んでくる。
「貴様ら、星宿の者か!?」
「井、お前……!」と氐が睨むが、井は小さく首を振った。
「違う。これは……俺じゃない。俺のあとを誰かが追ってきた!」
包囲される蒼藍たち。だが、そのとき——
「邪魔だ、どけええええッ!!」
地鳴りのような咆哮とともに、地下通路の壁が破壊され、狂乱のように暴れ回る巨漢が乱入した。
「何だ、あれ……っ!?」
その男の肉体は異様に発達しており、目は赤く染まり、まるで正気を失っていた。
「奴は……鬼宿……!」と蒼藍が叫ぶ。
朱雀・鬼宿の力を持つ者。その名は鬼(き)。だが今の彼は、その力に完全に呑まれていた。
井が叫ぶ。
「あいつは、奴らに操られてる! 生贄として使うために!」
その暴走は地下の壁を砕き、兵士たちすら恐怖で動けなくなるほどだった。
「待って……あんな姿で……」と千佳が悲痛に叫ぶ。
「なら、止めるしかない!」と亢が剣を抜く。
戦闘が始まり、胃と参が前衛で受け止めるも、鬼の力は凄まじく、再生力まで備えていた。
「こいつ……攻撃しても、すぐ治りやがる!」
蒼藍が印を切りながら叫ぶ。
「彼の中に、まだ理性が残っているはずだ!」
心が手をかざし、彼の精神へと意識を向ける。
「……見える……叫んでる、助けを……!」
千佳が鬼に近づき、恐れずに語りかける。
「やめて、もう誰も傷つけたくないんでしょ。あなたの力は、壊すためのものじゃない!」
鬼の動きが止まる。
「……う……ぁ……あ……!」
その咆哮が次第に弱まり、全身の力が抜けていく。
鬼は膝をつき、涙をこぼしていた。
「……止めてくれて、ありがとう……もう、壊したくなかったんだ……」
蒼藍は静かに彼に歩み寄る。
「その力を、俺たちと一緒に使ってくれ。もう誰にも、お前の力を利用させない」
こうして、井宿の情報屋・井と、鬼宿の猛者・鬼が仲間に加わった。
だが、朱雀の影はまだ深く、儀式の準備は水面下で進行していた。
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