第二章:西方「白虎」圏へ2
2. 胃宿・昴宿・畢宿 ― 武人たちの試練
白虎圏の中央部には、「鳴砂(めいさ)盆地」と呼ばれる巨大な闘技場都市があった。その中心で開催される戦いの祭典こそが、白虎圏最強の武を競い合う武神祭。年に一度のこの祭りには、各地から剣士・武闘家・用兵術師たちが集い、己の力と誇りを賭けて戦う。
だが近年の武神祭には、黒い噂が付きまとっていた。スポンサーとして資金を提供しているのが、正体不明の組織であること。勝者が突如として姿を消す事件が起きていること。そして、「星宿の力を秘めた者」が狙われているという話。
蒼藍たちは武神祭に潜入し、その真偽を探る決意を固める。選手登録の名簿には、気になる名がいくつかあった。
一人は、「胃(い)」という名を持つ大柄な戦士。街道で百戦錬磨の傭兵を素手で叩き伏せたという伝説を持つ猛者だ。
もう一人は、「昴(ぼう)」とだけ記された青き剣士。試合では不思議な剣の軌道を描き、相手に一太刀も浴びせさせずに勝利したという。
さらに、技術審査部門では、「畢(ひつ)」という機巧の使い手が観客を魅了していた。精密な歯車で動く自律武装人形を用い、相手の動きを先読みする異能の技術を披露していた。
「この三人……間違いなく、星宿だ」と、蒼藍は確信する。
千佳も名簿を見つめながら言った。
「でも、どうやって接触するの? 武神祭の選手は試合以外、観客と接触できないって……」
「だったら、俺たちも出場するしかない」と、亢が笑い、剣を肩に乗せる。
蒼藍・亢・角は即席の戦士チームとして登録され、予選トーナメントに出場することに決まった。闘技場の砂は熱を帯び、観客の歓声が空に響く中、試合が始まった。
初戦、蒼藍たちは瞬く間に相手を制し、二戦目も角の未来視が活躍して勝利する。そして、準々決勝。相手は、あの胃だった。
胃は体を覆うような分厚い肩当てと拳甲を装備し、登場と同時に観客から怒号のような歓声が飛ぶ。
「俺が最強だと証明するためなら、誰とでも戦うさ! 星宿? 関係ねぇ!」と、豪快に笑う胃に対し、蒼藍は剣を構えながら訊く。
「お前、本気でその力を独り占めするつもりか?」
「違ぇよ。俺は、誰より強くあって、誰よりも人を守れる存在になりたいだけだ!」
戦いの中、胃の拳が風を裂く。蒼藍はギリギリで受け流し、角の声で動きを読み続ける。しかし、勝敗が決まる直前、胃がふと立ち止まった。
「お前ら……なんで、こんな命懸けの戦いで、仲間同士で連携できてんだ?」
千佳が観客席から叫ぶ。
「私たちは“世界を変える”ために戦ってるの! 誰か一人のためじゃなくて、みんなのために!」
胃の瞳が大きく見開かれる。そして、拳を振り下ろす代わりに、静かに拳を下ろした。
「悪ぃ、降参だ。こっから先は、お前らと一緒に戦わせてくれ」
観客が騒然とする中、審判が「蒼藍組、準決勝進出」と告げる。
その夜、胃は宴の席で仲間に加わった。
「お前ら、変わってるな。でも……悪くねぇ」
そして翌日。準決勝、相手は青い剣士・昴だった。
(※続きます。次の投稿で「昴」と「畢」の加入を描き、武神祭の闇の組織との対決へ進行します)
★
☆
(※前回の続き)
武神祭・準決勝。
対するは青の剣士——昴(ぼう)。
登場したその姿は静かで、気配すら薄い。淡く光る蒼い瞳が、蒼藍たちを一瞥し、言葉もなく剣を抜いた。
「風のよう……」と千佳が呟く。
剣の構えには隙がない。それでいて、力みも一切感じられない。
開始の合図とともに、昴は一歩踏み込んだ。
次の瞬間、蒼藍は強烈な“圧”を感じて動けなかった。剣気ではない。昴の視線が、周囲の「気」の流れを完全に読んでいたのだ。
「ここまで……見えているのか……!」
蒼藍が汗を滲ませた瞬間、角が鋭く叫んだ。
「右、三歩、跳んで! 風が変わる!」
蒼藍が跳んだ瞬間、昴の剣が虚空を斬る。その切っ先は空間を裂いたように音を残した。
だが、昴の表情には驚きも怒りもない。ただ静かに、再び構えを取る。
試合はしばらく続き、観客が息を呑む中で、やがて蒼藍は剣を納め、声を放った。
「お前の剣は、殺すための剣じゃない。護るための剣だ」
昴の瞳が微かに揺れる。
「……わかっている。だが、それでも剣を振るうことでしか、自分の力を証明できない者もいる」
千佳が声を重ねる。
「あなたが望むのは孤独じゃない。私たちと一緒にいて。あなたの剣は、きっともっと多くの人を救える」
沈黙ののち、昴は剣を収めた。
「お前たちの言葉が偽りでないなら……その旅、共にしてみるのも悪くない」
こうして昴宿の剣士・昴が仲間に加わる。
そして、迎える決勝戦。相手は技術部門の覇者——畢(ひつ)。
巨大な自動人形を従えて登場した畢は、白衣に近い技師用の上着をまとい、戦場に立つよりも観察者のような気配を漂わせていた。
「……興味がある。君たちの“連携”というものが、実際にどれほど論理的かを試してみたい」
冷静沈着なその声に、千佳が困ったように笑う。
「あなた、何だか戦いっていうより、実験しに来たみたい」
畢はにこりともせず頷いた。
「その通りだ。人の力も、心も、行動パターンに則っていれば予測可能——それが私の信条だ」
戦いが始まり、機巧人形が火薬仕掛けの矢を放ち、蒼藍たちに猛攻を仕掛ける。昴と胃が前衛で防ぎ、角が予見で人形の隙を突く。しかし、畢の指示は的確で、機体は即座に再対応する。
だが、戦闘の最中、千佳がふと畢に向かって叫ぶ。
「あなたは……本当は一人で戦いたくないんじゃない?」
畢の目がかすかに揺れる。
「……なぜ、そう思う?」
「人の動きにこれほど詳しいのに、自分はその輪に入らず、いつも後ろにいる。あなたの“予測”って、きっと孤独から生まれた力なんじゃないの?」
試合が終わったあと、畢は無言で人形を停止させた。
「……データにはなかったが、確かに誤差は生じた。私は、君たちのような“非論理的な結束”を過小評価していたのかもしれない」
蒼藍が手を差し出す。
「だったら一緒に来い。この先は、もっと面白い“予測不能”が待っている」
畢は手を取りながら、はじめて少し笑った。
「……興味は尽きないな」
こうして、畢宿の技師・畢も仲間に加わった。
武神祭を終えたその夜、祭の主催者が逃走したという報せが届く。
調査により、裏で星宿の力を集めようとしていた闇の組織“黒風会”の存在が明らかになった。
だが、それは氷山の一角にすぎなかった。
次なる星宿たちは、さらに深い闇の中にいる——
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