第25話 神鳴り

 旧都への突入を開始した勇士隊。目標はスルトの破壊ないし無力化。


 そんな彼らの前に立ち塞がったのは、スカジだった。



「――ふぅん? モルモットさんたちぃ、花火ができるまでスカジと遊んでくれるぅ?」


「残念ながら花火なんて見れないっすよ」


「みんなが阻止してくれるからね!」


 軽々と跳躍し、崩れかけたアーチの上に膝をついて、デシルとフィオレッタを見下ろすスカジ。


 二人の返答を聞くと、つまらなさそうに小首を傾げる。



「そっかぁ……じゃあ、あなたたちが花火になって?」


「っ――!」


「デシルくん!!」


 爆発の勢いを推進力に変え、スカジが瞬時に接近する。ギリギリで反応したデシルは、鋭く突き出された黒鉄の膝を槍で受け流し、なんとか脇腹を守った。



「今思えば――レイン先輩を爆破した時も、マナを操作したってことっすよね? エーテルに干渉できる技術があるってことっすか!」


「あはぁ、そうだよぉ? あたしの脚からねぇ、『爆発しちゃえー』って命令が出るんだってぇ。だからあなたも、あなたもぉ! ぐさってしちゃえば綺麗な花火になるのぉ!」


 カツン、カツンと、床を黒鉄の足で叩きながら、無邪気に、しかし残虐に笑うスカジ。



「危ない――」


「っ、く……!」


 その挙動を観察していたフィオレッタは、スカジの足元から鋭い棘を生やし、デシルを援護しようとする。しかし、その棘が伸びきるより早く、スカジが脚先で軽く突いていた地面が爆発した。



「気づいちゃったぁ、気づかれちゃったぁ? 目が良いのかなぁ、耳が良いのかなぁ……あっ、野生の勘ってやつだぁ!」


「……人を動物扱い、しないで!!」


 爆風で姿勢を崩したデシルを援護するように、フィオレッタは追尾する棘を次々と伸ばしてスカジを狙う。


 しかし、スカジは舞うような軽やかな動きで棘を回避すると、黒鉄の脚を叩きつけ、まるで遊びのように破壊してしまう。



「大丈夫?」


「ちょっと爆煙が目に染みた程度っすよ」


「見えなくなったとか、言わないでね」


 片目を閉じながら槍を構えるデシル。


 距離を取ったスカジは、くるくると一本の脚を軸に優雅に回りながら着地し、もう片方の脚で地面を引っ掻くように減速すると、楽しげに二人を真正面から見据えて止まった。



「……推測っすけど、あいつの攻撃方法が何となくわかったっす」


「教えて」


「あの脚先や膝を突き出す時と、脚を振る時とで爆発を使い分けてるんだと思うっすよ」


「使い分け――?」


 デシルが気づいたことを手短に伝えていると、その言葉を遮るようにスカジが右脚を高々と振り上げた。


 そして勢いよく振り下ろす――直後、脚が通過した軌道に沿って広範囲の爆発が巻き起こった。



「っ――あんな風に、脚を大きく振る時は微かに脚の後ろからキラキラしたものが散って見えるんすよ!」


「じゃあ……あれが広範囲爆撃の予兆ってことだね?」


 デシルは即座にフィオレッタの肩を抱くように密着すると、高速でその場から離脱する。



「それから、あの脚の先端や膝で直接突き刺す攻撃の場合は――」


「”壁よ!”」


 二人の動きを目で追っていたスカジが、爆発の勢いを加速力に変え、鋭利な黒鉄の膝をフィオレッタ目がけて突き出してきた。



「っ!」


「――小規模だけど、破壊力の高い爆発が起きるっす!」


 咄嗟に厚い土壁を展開し、スカジの攻撃を防ぐフィオレッタ。


 壁に深々と突き刺さった黒鉄の脚から鈍く重たい音が響き、次の瞬間、その壁は内部から爆破されて粉砕した。


 その爆風の中を掻い潜るように、デシルは槍の穂先をスカジの顔面へと突き出す。



「何をこそこそ喋って――」


「”スパーク”」


「きゃうっ!」


 スカジは間一髪で槍の穂先を避けたが、デシルの小さな呟きと共に穂先から放電が起き、スカジの全身を電流が包んだ。



「もぉ……さっきからバチバチピカピカ……あなた、きらぁい!」


「……あんま効いてないっすね」


「多分、あの脚で電気を地面に逃してるんだと思う」


 赤く点滅する機械の瞳以外に、ダメージらしいダメージが見受けられないスカジ。


 フィオレッタに被害が及ばないように電流の出力を抑えているとはいえ、それでも効果は薄すぎる。


 フィオレッタは、あの黒鉄の脚が電流を受け流す『アース』の役割を果たしているのだろうと推測した。



「あなたたち、そろそろまとめてどかーんってぇ、しちゃうね?」


「……来るっすよ、フィオ!」


「うん!」


 スカジが高く跳躍して宙から見下ろしてくる。その動作から大技が来ると判断した二人は、警戒心を最大にまで引き上げて彼女を見上げる。



「みーんなまとめてぇ、壊れちゃえ!!」


 無邪気な声と共に、スカジの黒鉄の脚――ふくらはぎの部分が展開し、内部から微細な光の粒子が散布されるのが見えた。彼女はその状態のまま、空中で左脚を伸ばして高速で回転を始める。



「フィオ!」


「わかってる!! 壁……いや、『包み込め!!』」


 あの光の粒子が広域爆発を引き起こすと判断したフィオレッタは、周囲を完全に覆うようにドーム状の厚い土壁を生み出す。



「っ、ぅ……!」


「くぅ――!」


 直後、周囲で連鎖するように連続的な爆発が起き、土壁にひび割れが広がっていく。


 威力自体は決して致命的なものではないが、持続する爆発に耐え切れず、壁は次第に崩れ始め――



「――壊れちゃえ!」


「危ねぇっ!」


「きゃぅ――」


 崩れた壁の隙間から、鋭い踵落としのように脚を振り下ろしながら落下してくるスカジを見て、デシルは咄嗟にフィオレッタを抱え込んでその場から飛び退いた。


ドゴンッ!! ビシビシビシッ!!


 激しい爆炎が地面を揺るがし、着弾地点から放射状に亀裂が広がっていく――



「うおぁっ!?」

「きゃあぁっ!」


 崩れ去った地面の穴に、三人とも巻き込まれるようにして落下していった。



ーーーーーーーーーー



「っ、く……ここは……」


「……水……?」


 瓦礫が散乱し、濁った空気が舞う。うっすらと差し込む光の下、周囲には薄暗い空洞が広がり、足元には冷たい水が流れていた。



「やぁだ、下水道? こんなところに繋がってるなんてぇ! あはっ、あなたたちってモルモットじゃなくて、ネズミさんだったのかなぁ?」


 ちゃぽん、ちゃぽんと、水を踏む足音を立てながらスカジが歩み寄る。その黒鉄の脚で、泥と埃を払いながら、まるで遊びに来たかのような様子で。


 落ちた先は旧都の地下に広がるかつての下水道だった。人がいなくなって久しい今では、下水というより水路に近く、流れる水も汚れてはいない。



「……」


「デシル?」


 デシルは何かを考えながら、足元の水流に視線を落としていた。


 そして小さく呟く。



「ここなら――あれが使えるかもしれない」


「あれ? ……ああ、なるほど」


 一瞬戸惑ったフィオレッタだったが、すぐに意図を察して頷き、杖を構え直す。



「なーにをこそこそお話してるのぉ? こんなじめじめしたとこで黙ってても、楽しいことなんて起きないからぁ! ねぇ、さっさと――死んで?」


「死ぬのは、そっちっすよ!」


 フィオレッタが素早く地面を隆起させて水面から跳び上がり、スカジの爆破範囲から離脱。


 その隙にデシルは槍を床に突き立て、槍の刃から電流を走らせた。


 パシュン、と音を立てて一つ目のエーテルカートリッジが抜け、ちゃぽんと水面に沈んでいく。



「きゃぁっ!」


(ただの水じゃ……効果は薄いっすけど……)


「もぉっ、びりびりするっ! 気持ち悪いの!!」


 スカジは痺れる感覚に苛立ったように悲鳴を上げ、脚を振り上げると――あたり一帯を無差別に爆破し始めた。



「っう、くっ……!」


「さっさと、死んじゃえぇ!」


 爆破を伴う連撃。その一撃一撃は地面を砕き、水しぶきを巻き上げ、衝撃波で皮膚を焼く。


 直撃こそ避けているものの、足首まで水に浸かった状態では踏み込みも鈍る。回避にも無理が出てきて、デシルの動きは徐々に追い詰められていった。



「このまま……潰れちゃえっ!!」


「ぐっ……あぁっ!!」


 スカジが跳び上がり、真上からかかとを突き下ろす。


 デシルは咄嗟に槍を突き立ててその脚を受け止めたが、次の瞬間、爆発が巻き起こる。


 火花と水飛沫が混ざり合い、水柱が轟音と共に吹き上がった。


 熱気が肌を焼き、爆風に巻かれた水滴が、雨のように空間を満たしていく――。



「っ、はぁ……はぁっ!」


「しぶといなぁ! もぉ、こうなったら、あたしの脚で――!」


「昔――天気が悪い日に、一度だけ、試したことがあるんすよ」


「――? なにそれ、急に、どうしたのぉ?」


「ヴァルハラじゃできたけど……ここじゃ、使う機会がなかっただけで」


 血を吐き、顔を上げながらデシルは息を整え、かすれた声で言葉を続ける。



「あんた、空……ずっと、見てなかったんすよね? だったら――久しぶりに、見せてやるっすよ」


「んぅ? いらなーい、あたしが見たいのはぁ――星の花火だもん。だからぁ、さっさと……」


 スカジがトドメを刺そうと、膝を突き出した、その瞬間――



「——きゃっ!? いたぁっ!!」


 天井から伸びてきた棘が、鋭く彼女の腕を貫く。顔をしかめながら、スカジが視線を上げる。



「あいつ――上に、逃げて……!」


 目を見開くスカジ。その視線の先には、地上へ退避していたフィオレッタがいた。


 放電から避けるように地面を隆起させ、デシルの時間稼ぎの間に地上へと移動していたのだ。そして、いつもは地面から生やしていた棘を、今は天井から――スカジの死角から打ち出していた。



「調子こいてボカスカ爆発してくれたっすね……」


「っう、許さないぃ……あたしに、こんなことぉっ!」


 スカジは悔しげにデシルを睨みつける。しかし、そんな彼女の頬に――ぽた、と冷たい雫が落ちた。



「あれ……これ、なに?」


「さっきからのお前の爆破が、俺の電気を帯びた水を巻き上げて……熱で、水蒸気になったんだ」


 スカジが見上げる先――そこには、帯電した水蒸気の塊。雷雲のような、光を孕んだ雲が、まるで器のように天井に広がっていた。


 そしてその真下には、デシルとスカジ――二人の姿。


「や……逃げなきゃ……!」


「にがさねぇ! 今度こそ、絶対に!!」


 逃れようとするスカジに、フィオレッタがさらに棘を打ち込む。狙いすましたその一撃が、スカジの左肩を正確に貫く。


 ――カシャン。ぽちゃん。


 三度、カートリッジが槍から排出され、水面に落ちる音が響く。



「降りて墜ちろ――“神鳴り”!!」


 デシルが叫びながら、帯電した槍を雷雲へと投げる。


 ――天が光る。


 閃光がスカジを貫き、直後、地の底まで届くような雷鳴が轟いた。


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