第三章 幕間 お伽噺の中の王子様

 王子様みたい。それが第一印象。

 私たち姉妹のお城──と呼ぶには些か無理のあるあばら屋──今にも壊れそうなその扉を開けて入ってきたその人──それは母さんがまだ生きていた頃、寝物語として私たちに聞かせてくれたお伽噺の登場人物のような人でした──。


 あれは私が体を悪くしてからだいぶ経ったある日の事。

 お外が騒がしいと思って起きたら、お姉ちゃんとティーちゃんが知らない男の人を連れて家の中に入ってきている所でした。

 その男の人はヴェルナーと名乗り、私に丁寧に挨拶をしてくれました。

 返事をしようとしていた私を止めてくれます。喋ろうとすると咳き込んでしまって辛いので助かりました。

 薬師らしい彼はそのまま私の近くに両膝を突くと、診察をしてくれました。

 正直何を訊かれたのか、当時の事はよく覚えていません。


 ただ、ずっと──彼の綺麗な顔を見ていました。


 次の日、彼はティーちゃんと一緒に森へ私の薬の材料を採りに行きました。

 ちょっとだけティーちゃんが羨ましい。私も元気になったら──なったらどうしたいのだろう?良く分からないけど、顔が熱くなっている気がしました。そんな私を見つけたお姉ちゃんがちょっとだけ騒いで大変です。

 う、その青いのお薬だよね?これ飲むの?うぅぅ……にがいぃぃ……。


 その夜返って来たティーちゃんは妙に興奮した様子でした。

 彼と一緒に材料を採取した話、その時に地面に描いた絵が上手だった話、帰りがけに襲われた狼を倒した話にはヒヤヒヤしました。

 その後も魔術が効かない敵には石を投げれば大丈夫と教わった話、毛皮の剥ぎ取り方を教えてくれた話、楽しそうに沢山私たちに話してくれました。

 ティーちゃんのその様子にお姉ちゃんは姉の威厳がと、騒いでいましたが、私は別の方向でモヤモヤしてしまいます。そうか、これが──嫉妬。



 材料を揃えた彼は、私たちの家で薬を調合してくれるそうです。

 今、目の前にその為の道具が並んでますが、どうみてもウチの台所にあった物です。しかし、彼曰くコレで問題ないそうです。頼もしいです。

 お姉ちゃんやティーちゃんとのやり取りを見ていると、もし彼のように頼れるお兄さんが居たら、こんな風なのかなと思ってしまいます。

 

 つい、ポロっとそんな事を言ってしまったら、お姉ちゃんが怒っちゃいました。

 

 ティーちゃんは賛成なようです。ティーちゃんは素直で良い子です。

 正直、アクの強いお姉ちゃんとティーちゃんの二人と、ここまで仲良くなっているなら、もうお兄さんで良いんじゃないかな?うん、そうだよね。


 そんな騒ぎがあったにもかかわらず、調合に移ったお兄さんは、別人の様に凄い真剣な顔をしていました。カッコいいです。

 何がどうなって出来上がったのかは、お兄さんの綺麗な顔しか見てなかったので分かりませんが、私の目の前には紫色の液体が入った愛用のコップがあります。これ、変な味がコップに染み付いたりしませんか?

 この間の青い薬もそうでしたけど、この薬も苦そうです……いえ、お兄さんが作ってくれたお薬、飲まないと言う選択はありえません!

 

 一気に飲み干してみれば思いの外苦くも無く、飲んですぐにお腹の辺りから優しい暖かさを感じます。

 このお薬は全部お兄さんの優しさで出来てるのでしょうか? 苦くないお薬、感動です。

 その後、お兄さんのお話の通り、すぐに眠くなってきてしまったのでその日は早めにお休みしました。



 朝起きてまず驚いたのは、体の軽さ。

 今まで何かに縛り付けられるように動きの鈍かった体が、以前のように軽く動かせます。呼吸も楽で咳き込む心配がありません。

 これがあのお薬の、兄さんの優しさの力でしょうか、素晴らしいです。

 お昼を少し過ぎた頃、空腹を覚え始めた私の前に兄さんが再びやってきました。私の様子を見に来てくれたようです。嬉しくて尻尾が暴れてしまいそうです。

 そして兄さんは私たちにお土産を持って来てくれました。丁度お腹が空いていたので助かります。ただよう美味しそうな匂いに、はしたなくお腹を鳴らさなようにするのが大変です。


 診察の時にビックリする事が起きました。前と同じように兄さんの綺麗な顔を見ていたら急に私のオデコを触られました。思わず変な声が出ちゃいました。でも、この気分、悪くありません。

 

 その後、兄さんは私にお土産を勧めてくれました。わざわざ辛くない物を容易してくれた優しさが嬉しいです、そしてとっても美味しいです。その少し前、私からはティーちゃんが二つ目のお土産に手を付けているのが見えてましたが、私の分では無かったので見逃してしまいました、お姉ちゃんごめんなさい。



 あれから暫くして、お姉ちゃんの新しい仕事も見つかり。修行と称し森に行ってはお姉ちゃんに怒られていたティーちゃんも、集めてくる素材が売れる様になり、今ではわが家の稼ぎ頭です。

 兄さんも何度か様子を見に来てくれて、私の体調も完全に落ち着き、私も二人に負けてられないなぁ、と考えていた頃、重大な失敗に気付きました。

 

 私、ずっとこんな服で兄さんの前に……恥ずかしい!もう体も良くなったんだし、着替えないと!やだ、頭も尻尾もボサボサ!

 

 慌てて今までの失敗を取り返そうと身綺麗にしていた時、家の外の足音が耳につきました、このリズムは兄さんです。もう足音も匂いも覚えました、間違える事はありません。

 特徴的な控えめなノックの後、兄さんの声がします。もうちょっと後だったらもっと綺麗に出来たのにと思いますが、兄さんを待たせるわけにはいきません。

 服も髪も綺麗にしたの気付いてくれるかな?

 結果としてそれは叶いませんでした。残念です。

 

 ですがそれよりもっと残念な事がありました。兄さんがこの街を出て行ってしまうそうです。

 

 でも兄さんは開拓者です、一つ所にじっとしている人ではないのです。私がそれを縛り付けて良い道理はありません。兄さんの門出をみんなで見送るべきですね……。



 そして、兄さんが出立の時を迎えました。門の所に現れた兄さんの足音は少し元気が無さそうです。もし、この街、私たちとの別れが惜しいのであれば、それを嬉しく思ってしまうのはいけない事でしょうか。


 さっそくティーちゃんが軽い調子で声を掛けます、この感じは真似できないので羨ましいです。

 そして私の背中から出てきたお姉ちゃんが、兄さんにとんでもない事をバラしました。恥ずかしいからそれはナイショって言ったのに!

 慌ててお姉ちゃんに詰め寄ろうと、私が叫んでしまったのと同時に兄さんも喋っていました。私が兄さんの言葉にかぶせてしまった形ですが、私の人よりも良い耳はその言葉を聞き逃しませんでした。

 

 ──昨日よりも綺麗── 。


  昨日よりも!つまり昨日も実は綺麗だと思っていてくれたんですね!? なんということでしょう……心臓が早鐘を打ってうるさいです。

 男性はあまり女性を褒めないと母さんが言ってたのを思い出します。ですが、こんな言葉を毎日掛けられてしまったら私はダメになってしまいそうです。


 ──けれど、その直後。

 兄さんは、少しだけ真剣な顔になって、言いました。


 「僕の本当の名前は──ヴェレス」


 ヴェルナーさんは偽名だった?

 驚いてしまいました。でも、不思議と嫌な気持ちはしませんでした。

 だって、兄さんは兄さん。名前が違っていたからって、兄さんが私たちにしてくれたことが変わるわけじゃありません。


 お姉ちゃんは呆れたように肩をすくめ、ティーちゃんは笑い飛ばしました。私も──自然と笑ってしまいます。


 兄さんがどんな名前でも、私にとってはただ優しい兄さんだから。

 

 その後、晴れやかな顔になった兄さんを三人で見送りました。

 去っていく兄さんの足音は、来た時とは違って力強い物になっていました。私たちの見送りがそうさせたのであれば、こんなに嬉しい事はありません。




「行っちゃったね」

 

「もっと色々教わりたかったんだけどなー」

 

「お姉ちゃんが居れば良いじゃないですか」

 

「なんだか、昔、母さんに聞いたお伽噺の王子様みたいな人だったね」

 

 最初は一目見た印象からでしたが、今となっては本当にその通りだと思う様になっていました。困っていた私たちに手を差し伸べてくれた姿は、まさにお伽噺の様で──。

 

「あぁ! 言われてみれば確かに! アタシあの話好きだったなー」

 

 ティーちゃんが好きなのは特に怪物退治のくだりだろうなぁ。

 

「あんなにぽやっとした人が王子だったら国が大変な事になってしまいますよ」

 

 そうかな?案外、似合うんじゃないかなぁ。

 

「ともかく、頑張って仕事して、兄さんにお金を返さないといけないよね!」

 

「そうですね、ここまでしてもらって借りっぱなしは女がすたります!」

 

「おう、アタシが稼いでくるから姉ちゃんたちは安心しなって!」


 次女が病魔に襲われ、窮地に立たされた仲良し三姉妹。その行く末は一時はどうなる事かと思われました。

 しかし、通りすがりの王子様に助けられ、姉妹は無事に楽しく賑やかな生活を取り戻したのでした。

 めでたしめでたし。

 あのお伽話の感じならこうかな?なんて笑ってしまいます。



 兄さん、今度は私から会いに行きますね──つづく。

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