第三章 十七話 情けは人の為ならず
薬を飲み干したミューに二人が詰め寄る。
「どうですかミュー?」
「どうだ!?ミュー姉、治ったか!?」
いくらなんでもそんな一瞬で治らないぞ。
「ん。苦かったけど、なんだかお腹の中から暖かくなってくるみたい。お兄さんのお薬だからかな?えへへ」
そう言って頬を赤らめてお腹をさするミューに、何故かいかがわしい雰囲気を感じてしまう。僕の心が穢れてるのか?
「う、うん、そうかな? ともかく、薬を飲んだら眠くなって来るはずだから、早く横になった方が良い」
「うん。それじゃ、そうするね。お兄さん、お薬ありがとうございました」
「どういたしまして」
丁寧にお礼を言って椅子から立ったミューに、フィーとティーがぴたりと寄り添う。二人掛かりで寝かしつける態勢だ。
「お兄さんも見てる前なのに、二人してやらなくても良いよぅ……」
二人の甘やかしっぷりにミューも恥ずかしそうにしている。
暫くして無事に薬が効いてきたようでミューは静かな寝息を立て始めた。
熱も出ていないようだし、今日のところはそろそろお暇した方が良いな。
「それじゃ、これ以上は僕が居ても邪魔だろうし、今日のところは宿に帰らせてもらうよ」
もし何かあれば呼んでくれ、と宿屋の場所を伝えておく。
「はい、気を使って貰ってすいません……ミューの事は本当にお世話になってしまって……」
フィーはかつて無いほどに畏まった様子だ。
「そんなに気にしないで。それじゃ、また明日様子を見に来るから」
「ありがとな、アニキ!」
そのアニキ呼び確定なの? まぁ、ティー相手にとやかく言っても聞かなそうだからもう良いか……。
それから数日。
最近日課になりつつある屋台巡りでお腹を満たし──今日は薄く焼いたパンに袋状の切れ込みを入れ、キャベツと薄く切ったトマトや鶏肉を何枚も詰めて甘辛いソースで味付けした物だ。
食べ応えもあるけど、特筆すべきは、その甘辛のソース。一口、二口と食べ進めるうちに、何故か最後まで止まらなくなる食欲をそそる味だ。
三姉妹へお土産も用意し終えて、日が高くなりだした頃、彼女たちの家を訪れた。
もはや慣れてきた道を通り、見慣れてきた玄関扉を軽くノックすればすぐに中へと通される。
「おはようございます、ヴェルナーさん」
「おはよ、フィー、ミュー、ティー」
部屋の中には三人とも揃っていて、それぞれ挨拶を返してくれた。ミューももう起きていて、その元気に振られた尻尾が体調の良さを物語っていた。
「お土産持ってきたから、みんなで食べてよ。ミューは真ん中のヤツにしてね、それは辛くない奴だから」
言いながらお土産を包んだ袋をフィーに渡そうとした所で、横からティーに掻っ攫われた。
「お、さっすがアニキ!へー、美味そーじゃん!いっただきまーす!」
勢いよく食べ始めたけど、ティー、それ三人分だからな?一人で食うなよ?ちゃんと聞いてたか?
「こらっ! お礼もしないで、行儀が悪いですよ!」
「へへっ、ありがとなーアニキ!」
「あー、もう!」
ティーはフィーに怒られながらも美味しそうに食べている。相変わらず賑やかなのは結構だけど、先ずはミューの事を診てしまおう。
「そんなに喜んで貰えると持ってきた甲斐があるな。それじゃ、ちょっとミューの様子を診させて貰うよ」
「ティーがすいません。ヴェルナーさん、よろしくお願いします」
「うん、任せて」
フィーが真剣な顔で僕にお願いをしてくると、ティーですら食べるのを止めて見守る体勢に入った。
前回と同じ様に、ミューの前に膝をついて彼女の様子を見る。見たところ顔色は良さそうだけど……少し顔が赤い?
「熱があったりはしない?」
「う、うん。全然大丈夫なの」
ミューは大丈夫とは言うものの、念の為に彼女の額に手を当ててみる。
「ぴゃっ……」
ミューが小さく声を上げる。いきなりだったから驚かせてしまったようだ。
自分と比較してみても、そう熱い訳では無さそうなので大丈夫かな。でも、心なしかさっきより顔が赤いような……。
よく観察しようと少し顔を近づけて──
「あまりミューを恥ずかしがらせないで上げてください」
背後のフィーから声が掛かった。
「お、お姉ちゃん!」
む、そうか。診察と言っても年頃の女の子だ、じろじろと顔を見られては恥ずかしいよね。
「ごめんね、すぐに終わらせるから」
「なんだかその言い方もいやらしいです。減点です」
「なんで!?」
フィーにあらぬ疑惑を掛けられたりもしたけど、程なくして診察は終了した。
「ひとまず、経過は順調そうだね。この分なら十日もすれば大分良くなると思うよ」
僕が作った薬は無事に効いているようで安心する。今の彼女の様子からすれば、正味十日もかからずに元気になりそうな雰囲気すら感じる。
「良かった……ヴェルナーさん、本当にありがとうございます」
「ありがとうございます、兄さん」
「これでミュー姉治ったんだな!?ありがとうアニキ!」
いや、まだ少し気が早いぞ、ティー。
三姉妹からそれぞれお礼を言われてしまい、思わずこそばゆくなってしまう。
「どういたしまして。そうだ、ミューも体調が良さそうだし、食欲あるならお土産が──」
テーブルの上に置かれたはずのお土産の方を見る前に気付く。ティーが食べかけのお土産を両手に持っている事に。
診察を始めた時は確かに一つしか持って無かったはずだけど、いつの間にかもう一個手に取っていたようだ。
「あれ!?なんで二つ食べてるんですか!?」
フィーも気付いた。
「え? 美味いなーって」
どうやらティーは、みんなで食べてと言った僕の話を聞いてなかったようだ。包みを覗いてみると真ん中にあったミューの分は無事だった。
ミューのは真ん中、と言うのだけは聞いてたようだ。
それを取ってきてミューに手渡す。
「ミューもよかったらどうぞ。これは辛くしない様に頼んだから、喉も痛くならないと思うよ」
「えへへ、ありがとう」
「お姉ちゃんも食べたかったのに!」
「ごめんって、フィー姉! ほら、こっちならまだそんなに食べてないから!」
「そういう問題じゃないですよ!ティー!今日という今日はもう許しませんからね!」
病人が居ると言うのに追いかけっこを始める二人、まあ賑やかな姉妹だこと。いや、ミューは大人しいか。
「兄さん、これ、とっても美味しいです」
そう思ってミューを見れば、僕のお土産に口を付けながら楽しそうに笑っていた。
そういえば、ミューの僕の呼び方が
たった一文字の違いだけど、なんとなく距離が近くなった気がして、くすぐったくなった僕も微笑み返した。
「それは良かった」
「あ、そうだ」
聴取を受けた際に聞いた話をフィーに伝えようと思ってたのを思い出した。
「例の悪徳商人から買った薬、あれ、憲兵さんの所に持っていけばお金返してくれるって」
これでお金も戻って来るし、万事解決だ。
「え……」
ティーを追いかけていたフィーの動きと顔が固まった。
「ん?」
「あの薬……もうミューに飲ませちゃいました……ヴェルナーさんが飲めば多少は体調が良くなると言っていたので……」
そう言えばそんな事を言った記憶がある。昨日ミューの体調が良かったのはそういう理由か、あの薬も一応強壮剤としては効果あったな。
「うーん、使っちゃったかぁ。流石に現物無しでお金を返してもらうのは難しいよなぁ……」
あの店で騙されたからお金を返してください、現物はありません。は、流石に通らないよな……。
「あわわわ、どうしましょうどうしましょう」
フィーが子供みたいに慌てている。なんだか微笑ましく見えてくる。
お金の事は別に良い、その事を伝えようとしたら、やり取りを見ていたティーが、なんだそんな事かと呟いた。
「ミュー姉の病気も治ったし、アタシもお金を稼げるようになったし、後は働いてアニキへ返せば良いだけだぜ、フィー姉!」
「うん、私も頑張るよ……!」
「いや、それはそうなんですけど……借金って言うのはですね……」
本来であれば、借りたお金には支払期日と利息が付いて回る。フィーはその事をどう説明しようか迷ってる感じだ。
「お金の事はひとまずいいよ。昨日の薬でミューは快方に向かってるけど、まだ安静は必要だろうしね」
「でも、薬まで用意して頂いたのに、そんな事……」
「施すだけなのは褒められた事じゃないけど、だからと言っても、本当に必要としてる人には躊躇う必要はないと教わったんだ。人の為にと言う訳ではなく、そうした事が巡り巡って己に返ってくるのだから、ってね」
ただ、返ってくる事を期待してはいけない、とも。
情けは人の為ならずだったっけ? アンガルフが言っていた、当時はよく分からなかったが今となっては結構好きな教えの一つだ。
「?」
三人ともよく分かってない様子で頭の上に疑問符を踊らせ、揃って同じ方向に小首をかしげてポカンとしている。本当に仲の良い姉妹だ。
丁度良い、押し問答になる前に今のうちに逃げよう。
「じゃ、そういう事だから!」
そう言い残し、素早く仲良し三姉妹の家から走り去った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます