第37話 紡がれてゆく絆 2
快調に『シュバリエ』を飛ばすシリングとミク。
浮遊車両には車輪があるわけではないので、街道以外も進むことができる。
ただまあ、さすがに森のなかの木々をかいくぐって飛ぶというわけにもいかないので、移動可能な場所は道以外だと草原のように、あんまり起伏のない場所に限定されてしまうが。
「川や海の上も飛べるんじゃない?」
「たぶんいけると思うけど、万が一エーテルリアクターが止まったらドボンだぜ。さすがに試すには勇気がいるさ」
ミクの言葉に、操縦桿を握ったままシリングが器用に肩をすくめてみせる。
水深の浅い場所なら溺れてしまうことはないだろうが、『シュバリエ』を水没させてしまうのは、さすがに忍びない。
濡れなきゃ修理もできたのに、なんてアーネストに言われた日には、泣くに泣けないというものだろう。
「そういえば、途中でもう一泊するんだよね?」
浮遊車両の足なら普通に一日行程だが、余裕を持って途中で二泊する計画をシリングは立てている。
そして今日は二日目だ。
「急いでも仕方ないしな。『シュバリエ』に無理をさせるのも嫌だし」
ミオスレイからソルレイへ。そしてソルレイからイケブクロへ。
けっこう酷使しているのである。
せっかくいただいた『シュバリエ』。長く大事に使いたいではないか。
「私のことも、長く大事に使ってね」
色っぽく言って、しなだれかかるミクだった。
運転中にそういうことをしてはいけません。
操縦を誤らないように、両手で操縦桿を押さえるシリングだった。
けっこう人が多いのである。
「あぶないって。ミク」
「めんごめんご」
「けど、ほんとに多いな」
「だねー」
街道を歩く人なんで、せいぜい行商人とか隊商とかそんな感じで、一日に数組見かければ多いくらい。
正直、操縦に気を遣わないといけない日がくるなんて、考えたこともなかった。
いずれ物流が発展したら、人と馬車、そして浮遊車両が通る場所を分ける必要が出てくるかもしれない。
戻ったらヴォーテン卿に提案してみよう、と、のんきなことを考えるシリングだった。
そして、その日のうちに彼は自分ののんきさを後悔することになる。
宿と食事を求めて入ったターバンで。
「サラス王国の軍が近づいてるだって?」
宿屋兼酒場はどこもやたらと盛況で、シリングはその理由を食事していた商人たちに訪ねたのである。もちろん情報料をはずんで。
しっかり金を握らせることで、確度の高い情報を得ることができる。
これはまあ、トレジャーハンターだけでなく傭兵でも行商人でも同じことだ。酒場で飛び交ってる噂話には願望だの嫉視だのが含まれていて、情報としては役に立たない。
信頼できる情報は買うものだし、職人の腕だって買うものなのである。
こういうところをケチったら、たいたいはろくな結末が待っていないだろう。
ともあれ、ガリアの西にあるサラス王国が軍をあげたらしい。
目標は、なんとイケブクロ。
ちょっと意味不明な状況だ。
そして意味不明すぎて、周辺の諸侯が動けなかった。
サラスが掲げた侵攻目的が、イケブクロ遺跡群に巣くうモンスターどもの討伐、だったから。
本来であれば国境を越えて軍を進めたら、間違いなく戦争だ。
当然のように近隣諸侯も兵を挙げた。しかし、サラスの側から使者があり、自分たちの目的は侵攻ではなく魔物の討伐だと主張したのである。
それを証拠に、兵数も編成もすべて明かす。通行料を支払う用意もある。なんなら近くに軍を置いて監視しても良い、と。
「なんだそりゃ……」
「だろ? シャノア伯爵もガウリーム侯爵も軍は出さず静観してるんだ」
だが、いつでも飛び出せる準備はしているだろう。
それで商人たちは、念のためイケブクロ遺跡群の周辺の町や村から避難しているというわけだ。
戦争になっても良いように。
そんなに危機感がないのは、戦場はイケブクロ遺跡群になることがわかりきっているからである。
「まあ、この時期に遺跡探検なんてやめた方がいいぜ」
忠告めいた言葉を残し、去ってゆく商人。
「…………」
黙り込むシリング。
彼に賛成だったからではない。
知っていたから。
イケブクロに何があるかを。
どうしてサラス王国が、わざわざイケブクロ遺跡群なんかでモンスター討伐をおこなうのかを。
「プラネタリウムが狙いか……」
「あと、従順なモンスター。ニホンの技術大系を継承してるロボット。エレベーターに浄水器に照明器具にコンピュータ、まだ生きてる設備の数々。喉からどころか、胃からでも腸からでも手を出して欲しがるんじゃない?」
シリングの呟きに、ミクが歌うように応える。
抑揚は悪意の奔流だ。
人が作ったものを奪うのは、結局いつの時代も人なのである。
「けど、なんでプラネタリウムのことが知られてしまったのか……」
ヴォーテン卿は公開に慎重だった。
というより充分に準備を整え、どーんと大々的に宣伝するつもりだったのだろう。
アマルとの外交の架け橋となるものだし。
「そうか。そういうことか」
ぐっと拳を握る。
ガリアとアマルの友好が最も面白くないのは、隣国のサラス王国だ。
当然のように、幾人もの密偵を王宮に放っているだろう。
高速輸送が可能になれば、多くの利益を失うことになるだろうから。なにしろサラスの王都トーマスレイとソルレイを行き来するより、ミオスレイとソルレイの方がずっと速く往復できるようになる。
距離は三倍近くもあるのに。
「具体的にどのくらい損をするのか判らない。判らないけど、軍を動かしてプラネタリウムを奪ってしまおうって考えるくらいには損をするんだろうな」
「あれの存在をガリアはまだ公表してないからね。奪われてから、自分たちの国土のものだって主張しても通らないだろうし」
「とにかく、すぐにイケブクロに向かおう」
がたりと席を立つ。
前金で支払った宿代のことなど、もうどうでも良い。
のんびりと泊まっている場合ではないのだから。
夕闇迫る街道を『シュバリエ』が駆ける。
速度計は最高速の時速百二十キロをマークしている。正面に設置された四つの高出力ライトが煌々と輝き、白銀の車体が滑るように宙を舞う。
まるで伝説上の生き物のように。
「ある意味この時間の出発して良かったわね。もう木戸が閉まる時間だから、街道に人がいないわ」
「けど、昨日の遅れは取り戻せない」
「それは仕方がないって。知らなかったんだから。しかも一日二日到着が早かったくらいで、状況は変わんないわよ」
「……そうだな」
安心させるように言ったミクに、リングが笑顔を向けた。
その通りである。
状況はすでに動いてるのだ。
いまシリングにできる選択は、進むか戻るか。
そして王都に戻ってこのことを伝えても、ほとんど意味はないだろう。まず証拠がないし、仮に彼の言い分を信じてガリア軍が動いてしまったら、かえって退っ引きならないことになってしまう。
戦闘が始まり、結果としてプラネタリウムが破壊されたりしたら目も当てられない。
となれば、戻るのは論外。
進むしかない。
「一刻も早くイケブクロにいってマルティナと合流する。そして俺たちでサラス王国軍を追い返す」
「大きく出たわねー やれる?」
「やれるかじゃないさ。やるんだよ」
「おおっ! イケメンの台詞。惚れてしまうやろー」
「惚れ直したか?」
「もうストップ高だよ」
冗談めかして言って、少年の腕に少女が触れる。
ごくわずかな震えをシリングは感じ取った。
怖いのだ。
ミクにとっては、もう残り少ない稼働しているニホンの遺物である。
破壊されてしまったら、もう二度と故郷の星空を見ることはできない。
「守るさ。惚れた女の思い出のひとつも守れないなんて、男がすたるってもんだろ」
口には出さず呟いて、少年が少女の手を握り返した。
イケブクロ遺跡群まで、もうまもなく。
すっかり日が落ちた空には、チキュウとは異なる星々が輝いている。
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