第28話 セイカン大トンネル 3
唸りをあげて飛んだメイスが盗賊の頭を打ち砕く。
飛び散る血と脳漿。
どさりと崩れ落ちる身体。
空気が凍った。
いま何が起きたのか、見ていたはずなのに理解できたものはいなかった。
シリングを含めて。
だってミクったらメイスを投げつけたんだよ。
ぶんってすごい勢いで。
違う。メイスは投擲武器じゃない。
「ヨシ!」
『よしじゃねえ!』
なんかを指さす変なポーズを決める少女に、盗賊さんたち総ツッコミである。
ともあれ、異常すぎる状況が相手の機先を制したのは事実だ。
まあ、シリングも唖然としちゃったけど、立ち直るのは盗賊どもよりはるかにはやい。
慣れてるからね。
手近な敵に襲いかかる。
棒立ちになってる男の、肩の高さでしゅっと閃く短剣。
喉笛を切り裂かれた男が、噴水みたいに血を吹き上げながら倒れてゆく。
もちろんシリングもミクも、哀れな盗賊の末路をじっと見ていたりなどしなかった。
少年は次の相手に斬りかかっている。
そして少女はなくしてしまった(自分で投げた)メイスの変わりに、そのへんに落ちていた石を拾い、そいつで殴りかかった。
盗賊たちにしてみれば、意味不明すぎて泣けてきちゃうような状況である。
圧倒的多数に対して、怖れるどころか薄ら笑いすら浮かべて戦う少年少女。なんというか、悪夢の苗床になりそうな光景だ。
もちろん、シリングもミクも表情は八割くらい演技である。
やべえやつらだ、と、思わせることで戦意を削ぐ。これは相手が人間だろうがモンスターだろうが使える手なのだ。感情があるかぎり。
身も蓋もないが、ケンカというのはびびった方が負ける。
精神的な優位に立つというのは、かなり重要なファクターだったりするのだ。
チンピラなどが大声で威嚇するのは、そういうことである。
しかし、シリングとミクはたった二人で、しかもそのうち一方は女なのだから、大声では威迫できない。
「だから、行動で示させてもらってる」
素早く後ろに回り込み、背中から肝臓を貫いて殺した相手に語りかける。
聞こえているかどうかは判らないが。
シリングが動きを止めた、と、見て取った盗賊が斬りかかってくる。
誘いであることも気付かずに。
すっと伸ばされた左手。
「
攻撃魔法が炸裂し、男の上半身が吹き飛んだ。
「ひっ!?
これが決定打となる。
むちゃくちゃな状況の中、それでもなけなしの勇気を振り絞って戦場に留まっていた盗賊たちだが、魔法なんか見せられたらたまらない。
わっと算を乱して、我先にと逃げはじめた。
「お、おまえら! 逃げるな!! 戦え! 相手はたった二人だぞ!!」
頭目が叫ぶ。
最前線には行かず、後方で味方を鼓舞していただけだから、いい気なモノである。
「俺たちは二人だけど、アンタらももう半分しかいないぜ」
「な!?」
振り向く暇もあればこそ。
シリングの短剣が頭目の手斧を叩き落とす。手首ごと。
獣じみた悲鳴をあげ転げ回る男の胸に、どす、と刃が突き立った。
びくびくと痙攣し、頭目が事切れる。
「……動いたから余計に苦しませてしまったな。声をかけなきゃ良かった」
すまねえな、と言いながら短剣を振って血のりを落とす。
そのときには、すっかり盗賊どもは逃げ散ってしまっていた。
十個ほどの死体を残して。
「おつかれちゃん。シリング」
「ミクもな」
軽く右手のひらを打ち合わせ、互いの労をねぎらう。
完勝である。
そして、次にするのは後始末だ。
「よいせっ」
死体の両足を掴んで街道脇の藪に投げ捨てる。死者に対する冒涜もはなはだしいが、こればかりは仕方がない。
街道に死体を放置するわけにはいかないから。
かといって、ちゃんと弔ってやろうという気分になれるものではない。
もしシリングが負けて殺されていたら、おそらく同じように扱われただろう。
こちらだけが一方的に善人的な振る舞いを要求されるというのは、筋違いというものだ。
「とりゃ」
そして、ミクの方はどっかどっか蹴り飛ばしている。
なかなかの飛距離だった。
「た○がーしょっとー」
相変わらず言っていることは謎だったけど。
王都ミオスレイの街門で、盗賊団の襲撃に遭ったこととそれを撃退したことを門兵に話す。
面倒ではあるが、やっておかなくてはいけないことだ。
なにしろ頭目らしき男は倒したが、それでも残りは十人以上いると思われる。それなりの規模の集団だ。放置しておけば、まだまだ被害は出るだろう。
「その計算でいうと、きみたち二人で十人近く倒したということになるのだが……」
調書を取っていた兵士が目を丸くした。
トレジャーハンターの中には、傭兵もかくやという強者も多いとはきくが、C級ハンターというがそこまで強いとは。
「魔法使えるんで」
ふ、と、シリングが薄く笑ってみせる。
兵士がさらに大きく目を見開いたのち頷く。
そりゃあ盗賊の十人くらい、やっつけちゃいますよ。
腰に剣を佩いて魔法も使うとなれば、いわゆる
武と魔の才能、両方に恵まれた大変に珍しい存在。この若さでC級ってのも頷けるというものである。
むしろ、こんなのにつっかかった盗賊の方がご愁傷様って感じだ。
兵士が誤解の翼をばっさばっさと広げるのを、シリングとミクは微笑とともに見守っている。
肯定も否定もせずに。
もちろんシリングは魔法剣士なんてゆー稀少な存在ではない。
しかし、剣の腕は並より上ていど、使える魔法はひとつだけ、なーんてことをわざわざ言う必要はないのである。
それに、シリングがものすごく強いんだって思わせておけば、ミクが必要以上に目立たなくてすむのだ。
「一応これ、大トンネルを出たところでお役人からもらった紹介状」
「ほほうっ! 我が国に寄進まで!」
書状を受け取り、一読した兵士が感嘆の声をあげる。
このタイミングで紹介状を出したのは、もちろんシリングの計算だ。
倒した相手は野盗なので、こちらに非があるという話にはまずならないだろうが、やっぱりアマルは異国である。
盗賊とはいえ自国民が害されたことに怒る可能性、というやつを考慮して、多額の寄付をして貢献してるよってアピールしたのだ。
あいつらは税金すら納めてないだろ、と。
その甲斐あって、二人は一時間ほど話を訊かれただけで、あっさり解放された。
しかも、有力な情報までもらうことができたのだから、かなりラッキーである。
「王都ミオスレイに住んでるなんて、ついてるな」
「考えてみたら、おじいちゃんだって王都住みだもんね」
「結局、便利な都会に人は流れるってことかー」
「あっちでもこっちでもね」
きゃいきゃい騒ぎながら街路を進む。
一応、住所は兵士から聞いたが、いきなり押しかけるというわけにもいかない。
まずは宿を取り、旅の汚れを落として、しっかり食事と睡眠をとってから訪れることになるだろう。
「食べ物とか出されたとき、がっついちゃったら恥ずかしいしね」
「俺、そんながっついて食ったことねーじゃん」
「いやいや。酔っぱらってるときなんかすごいよ。食欲魔神になってるもの」
「まじで?」
「隣のテーブルまでいって食べ物ねだったりしてるよ」
「うそーん」
全然おぼえてない。
そんな醜態を晒していたなんて。
「深酒するまえに止めてくれれば……」
海より深く反省しつつ、それでもミクに頼ってしまうシリング。
「まさにダメ男の言い分ね。自分の酒量くらいわきまえないと」
そして、ぺいって切り捨てられる。
「がむばります……」
「それにしても、どういう人なんだろうね。おじいちゃんの師匠って」
切り捨てられたうえに、さらりと話題まで変えられちゃった。
こほんとシリングが咳払いする。
お酒はほどほどにしておこうと心に誓いながら。
「きっとすごい人物だろうさ。大陸一の錬金術師なんていわれてるんだから」
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