第26話 セイカン大トンネル 1


 ごうごうと風が啼く。

 目の前には、ぽっかり空いた巨大な洞穴。まるで地獄へ通じているかのように。

 アザルドン山を南北に貫く大トンネルだ。

 これもまた遺跡である。


 古来、ガリア王国と北方のアマル王国の間には国交がなかった。アザルドン山がそびえ立っており、行き来ができなかったから。

 しかし『ミキシング』の際、この山にぽっかりと穴が空いてしまった。


 当時の人々は警戒し、まさに手探りでここを探索した。

 ガリア側とアマル側、双方から。

 そして中間地点で両者は出会った。


 これが、ガリア王国とアマル王国の国交の始まりである。


 言葉も違うし価値観も違う。当初はなかなか上手くいかなかったらしい。

 ただまあ、両者を繋ぐのがトンネル一本では、互いに軍隊を送り込むわけにもいかず、戦争に発展することはなかった。

 互いに辛抱強く交渉を重ねて、現在の友好が築かれることとなる。


 架け橋となった遺跡の名は、セイカン大トンネル。

 全長は約五十四キロ。チキュウ世界でも最大級の海底トンネルだったらしい。


「まず、海の底を掘って陸地を繋げてしまおうって発想が、壮大すぎて追いつけないよな」

「いろいろあったのよ。千人以上の犠牲を出したニホン最悪の海難事故があったりとかね。ツガル海峡ってのは難所だったから」


 シリングの言葉にミクが応える。

 北へ北へと旅すること半月あまり。ついに国境までたどり着いた二人だ。


 もちろん愛の逃避行ではない。

 魔導師ヴォーテン卿の意を受け、アマル王国を目指しているのだ。

 の地に住むという賢人に会い、あるアイテムを譲り受けるために。


「このトンネルはね。ニホン人、とりわけホッカイドウ人にとっては夢の結晶なのよ。『ミキシング』のとき時空の狭間に消えなくて良かったわ」


 ちょっとだけ遠い目をミクがする。

 彼女自身はセイカン大トンネルに思い入れはないが、それが建造されるに至った出来事や、二十四年にも及ぶ工事と完成までの想像を絶する苦労、開通の興奮、シンカンセン開通という結実は、歴史物語として学んでいた。


 工事関係者のOB会の多くが、シンカンセン開通をもって解散したのだと聞いたときなど、溢れでる涙を抑えられなかったものだ。

 ついに夢が叶ったのだと。


「そして今は、ガリアとアマルを繋ぐトンネルになった。これがなければ、アマルなんておとぎ話の世界だったろうな」


 どこまでも歴史的な意義をもつトンネルだと、シリングが肩をすくめる。

 ニホンではホンシュウとホッカイドウを繋いだ。

 ここではガリア王国とアマル王国を繋いだ。

 なんともロマンのある話で、彼はこういうロマンが大好物なのである。


「それじゃ行きますかね。ミクさんや。大トンネルの向こうに」

「あいよ。抜けるときっと雪国だよ。お前さん」


 背負い袋を担ぎなおし、ふたりはセイカン大トンネルに足を踏み入れた。

 まだ見ぬアマル王国を目指して。






 なにがすごいって、


「トンネルの中に宿屋があった……」


 あんぐりとシリングが口を開ける。


 だいたい中間地点だ。

 人の往来はそれなりにあって、いきなりモンスターに出くわすということはない。しかし暗いことはたしかで、ランタンの灯りを頼りに警戒を怠ることはできないのである。

 そんな状態で歩き続けるのだから、けっこう疲労だってたまる。


「途中で野宿しないといけないと思ってたから、これは助かるかも」

「たしかに。ここが中間地点かな?」

「だぶんね。ヨシオカ海底駅かタッピ海底駅の跡地でも利用したんじゃない?」


 判らない単語がとびだした。

 セイカン大トンネルというのは海底のさらに下を通っていたわけだから、当然のようにいくつもの避難施設があったらしい。

 海底駅というのも、そういった避難所のひとつである。

 トンネルが開通した当初は、一般人が見学することもできたという。


 で、そこに宿屋を作ってしまったわけだ。ガリア人かアマル人かは判らないが、商魂たくましいことである。


「全長五十四キロの大トンネルだもんな。休み処なんかやったら、そりゃ儲かるだろうなあ」


 一日では抜けられない。

 そうとう頑張らないかぎり。

 もちろんシリングたちは無理をするつもりはまったくないので、普通に宿屋の扉をくぐった。


「いらっしゃい」


 声をかけてきたのは主人だろうか。むっきむきの筋肉質で髭もじゃ、しかし背は低く、小柄なミクの鼻くらいまでしかない。

 典型的なドワーフだ。


「すごいな。トンネルの中に宿屋があるなんて、思いもしなかったぜ」


 愛想良く応じるシリング。ミクもまた興味津々である。

 なにしろ、初めて目にした亜人間デミヒューマンだから。


「ワシらは穴蔵が落ち着くのさ」


 豪快に笑ってみせ、二人をカウンターテーブルに手招きする。

 地上と同様に、ここも酒場兼宿屋ターバンなのだろう。

 シリングもミクも軽めの酒精と食事を注文する。


「お前さん方、どっからだい?」


 カウンターにおかれたのは、彫刻が施された木製のジョッキがふたつ。

 ドワーフの飾り細工だろうか、見事な出来栄えだ。それはいいとして、なみなみと注がれているのは蒸留酒である。

 どこが軽いんだって話だ。


 ジト目で見つめるシリングに、亭主が笑う。


「これが一番軽いヤツだよ。火酒もあるぜ」

「いいけどよ……ああ、俺たちはソルレイからだ」

「ガリア王都のモボとモガか!」


 謎の単語とともに、木皿に乗せた串焼きが差し出された。

 ちょっと変わった香りが鼻腔をくすぐる。


「ラム肉じゃないこれ?」

「良く判ったな嬢ちゃん。さすがモガ」

「モガなんて言葉、どこで憶えたんだか」

「ニホン人が流行らせたんだ。アマルじゃ誰でも使ってるぜ」


 ドワーフが笑い、少女は苦笑だ。

 シリングはちょっと置き去りにされ、仕方なくウォッカを舐める。


「はいはい。すねないの」


 よしよしと頭を撫でてくれたミクが解説する。


 モボというのはモダンボーイの略、モガはモダンガールだ。

 どちらもニホンで流行った言葉ではある。ただし二百年以上前に。

 これを広めたニホン人は、たぶんふざけていたのだろう。まさか本当に広まってしまうとも思わず。


 ミクがいなかったら、シリングだって当時のニホンの流行していた言葉として認識したに違いない。


「じゃあ、羊ってのは?」

「獣の一種よ。毛を取っても良いし肉も美味しい。なるほど、ホッカイドウが混じったから」

「正解だぜ。嬢ちゃん」


 もともとはこちらの生物ではない。

 が、ホッカイドウと混じったアマル王国には、どういうわけか大量の羊が落ちてきた。


 ミクの言うとおり、羊毛ウールもとれるし食べても美味しい奇跡の動物たちだ。アマルの人々はこぞって羊を飼い始める。

 そしてこれがまた、けっこう簡単に増えるのだ。

 あまり土壌に恵まれず、畜産が盛んではなかったアマルには、まさにうってつけの家畜である。


「とくに毛がとれるのがよかった。アマルはガリアに比べたら寒いからな」

「なるほどなあ」


 頷きつつ、シリングが串焼きを頬張る。

 美味い。

 すこし癖はあるが気になるほどではないし、噛むほどに広がる肉汁がたまらない。


「これうめえ!」

「だべ? がっつり食え」


 さらに串焼きを追加してくれる亭主だった。


「みょうにホッカイドウ気質が染みついたドワーフね」


 食べさせたがりにオススメしたがり。

『ミキシング』の際にこちらにやってきたホッカイドウ人たちは、その気風まで伝染させてしまったようだ。

 ドサンコのDNAおそるべし、といったところだろう。


 肩をすくめ、ミクがくいとウォッカを飲む。

 強烈な酒精が喉を通り抜けるが、もちろん彼女が酩酊することはない。


「あるいは、ちょっとした呪いかもね。酔わない身体なんて」


 シリングと亭主の姿を見ながら呟く。

 すっかり意気投合して、肩を組んで調子はずれの歌なんか歌っちゃってる二人だ。


 昼も夜もないトンネル酒場。

 賑やかに夜っぽいものが更けてゆく。


  

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