第22話 星空の守り手 2


 かつてイケブクロには巨大なビルディングがあったらしい。

 もちろんニホンは巨大な建造物はいくつもあるが、ランドマークになるほどの大きさで、イケブクロのシンボルでもあったそうだ。


「で、そこの一角にプラネタリウムがあったのよ。カメラ会社がやってるやつ」

「いや、ちょっと待ってくれ。ミク」


 両手を挙げ、説明してくれる少女に制動をかける。

 知らない単語が飛び出しすぎだ。

 そもそも、プラネタリウムというのはいったい何なのか。


「室内で星を見る装置ね」

「室内で? 星?」


 おうむ返しにしてしまう。

 さっぱり意味が判らない。


 星が見たいなら夜空を見上げれば良いだけだろう。どうして機械を使ってまで室内で星を見る必要がある?


「それについては、ちょっと説明が必要かもね」


 言い置いて、ミクが話をはじめる。


 ニホンの首都トウキョウの夜空には、もう星なんか見えなかった。

 街が明るすぎるから。

 だから、人々は人工の空に人工の星を見上げたのである。


「ふーむ。よくわからないな」

「シリングには高度すぎるかもね」

「なにその上から目線。腹立つわー」


 きゃいきゃいと騒ぎながら進む。

 その、プラネタリウムとやらまでの道はミクが知っているらしい。

 もちろんニホンとは地形が変わってしまっているが、ある程度までは信用することができる案内ナビゲーションだ。


「水族館とか他のアミューズメント施設もあって、すごく賑わっていたのよ」

「詳しいな。ミクだってずっとカンナギ遺跡で眠っていたのに」

「……最低限の知識はインストールされてるからね」


 一泊の沈黙を挿入するミク。

 その意味が、シリングには判らなかった。


 あのエロピュータのことだから、なにを教えていても不思議じゃないよな、と、思った程度である。


 歩く人もいなくなり、半ば地面に埋もれたイケブクロの街並み。

 やがて、巨大な建造物が二人の前に姿を見せる。

 額に手を当てて遠望したシリングが訊ねた。


「あそこが?」

「うん。このあたり一帯が、巨大な商業施設だったのよ」


 ホテル、レストラン、水族館、アミューズメントパーク、オフィス、商店街、そしてプラネタリウム。

 おおよそ都市に必要なもので、ないものはなかったのだという。


 中心は六十階建ての巨大ビル。

 高さは二百三十メートルもあったらしい。


 ちょっと途方もなさ過ぎてシリングには理解できないが、トウキョウにはもっと高い建物もあった。


「スカイツリーは六百三十メートルくらいね」

「想像もつかないな。なんてそんな高い塔が必要なんだよ」


「いまだって、権威付けのためにお城を大きく高く造るでしょ。似たようなもんよ」

「なるほど。あっちもこっちも人間は変わらないってことだな」


 肩をすくめ、ふたたび施設跡を注視するシリング。

 鬼族を中心として、モンスターの姿がちらほら見える。

 まるで歩哨に立っているような雰囲気だ。


「なんか、ここら一帯を守っているようにみえるな……」

「私にもそう見えるわね」


 ふーむ、と、難しい顔を見合わせる二人。

 モンスターが何かを守るような行動を取る、というのは滅多にない。基本的には神出鬼没で、何かを奪うために行動するのがモンスターだからだ。


 例外は、巣を守っている場合くらい。

 これはモンスターでも野生動物でも、あるいは人間でもそんなに違いはなくて、かなり必死に守る。


「けど、そういう感じじゃないな。どっちかっていうと門兵みたいだ」


 砦を守る兵士のように。


「そうね。サンシャインシティを守ってるってことかしら?」


 そもそも、こういう行動を取るモンスターはいない。

 モンスターに何かを守らせるというのも、あまり聞く話でもない。


「魔法で操ってるとか」

「あるいは、ビーストテイマーがいるのかも」


 こそこそと移動をはじめる。

 なにを守っているのか知らないが、関わり合いになるべきではないだろう。


 高位の魔法使いか、高位のビーストテイマーか。

 どっちにしても、まともに戦いたい相手ではない。


 ここを拠点にして何かを企んでいるとしても、すくなくとも個人で対処するべき問題ではないだろう。

 いま見たことに関しては、ミタラの街の組合に報告する。

 彼らにできるのはそのくらいだ。


 あとは遺跡探索者連絡協議会から王国へと情報があがり、そちらで対応することになるだろう。

 調査団なり討伐隊なりが派遣される、というかたちで。


「プラネタリウムとやらはちょっと気になるけどな。おかしなことには首を突っ込まないにかぎるぜ」

「では、立ち寄っていかれてはいかがでしょう」


「っ!?」


 後ろから声がかかった、と、認識したときには、すでにシリングは行動に移っていた。

 前方に身体を投げ出し、そのまま地面に手をついて一転。

 反転する視界に女性の姿を認める。


 敵か味方か判らない。

 判らないが、ぼーっと突っ立ているのは論外だ。


 腰後ろに右手を回し、ショートソードを引き抜く。

 と、その手にミクが右手を添えた。


三次元映像ホロよ。どっかそのあたりに映写装置を隠しているんじゃないかしら」


 安心させるように言いながら。






 遠くの場所に音や映像を届ける技術がチキュウにはあり、それがかなり一般的だったことを、シリングは知識として知っていた。


 電気通信技術の発達こそが、チキュウ文明の肝であったらしい。

 無線、電話、ラジオ、テレビ、インターネット、衛星通信、これあればこそチキュウ文明は、距離という最大の壁を乗り越えることができた。


 ガリア王国でも、せめて電話くらいは再現できないかと試行錯誤が重ねられているが、まだ実用化されたという話はきかない。

 理論は判っているのだが、とにもかくにも材料が足りないのだという。


「けど、立体映像ホログラムなんて初めてみたぜ……」


 おもわず女性をじろじろ見てしまうシリングだった。

 なんだか天女みたいな格好をしている。


「あの……? お客さま?」


 困ったような微笑を浮かべていた。

 じろじろ見るんじゃねえ、と、怒られなかったのが不思議なくらいの凝視である。


「すげえ。向こうからもこっちが見えてるんだな」

「そりゃそうでしょうよ。カメラもそのへんに仕込んでるだろうし」


 ミクが肩をすくめてみせる。

 ニホン産である彼女にとっては、べつに三次元映像なんぞ珍しくもなんともない。


 そんなことより、ビルから三百メートルも離れた場所にまで映写装置を隠してる方がずっと気になる。

 宣材としても堂に入りすぎているし、そもそも電力をどこから持ってきているのかという話だ。


「シリング。気を付けてね。なんか普通じゃないわ」

「ああ。判ってる」


 頷きはしたものの、少年の瞳は初めて見る技術にきらっきら輝いている。

 こりゃ好きなようにやらせるしかないな、と、秘かにため息をつくミクだった。


「俺たちがプラネタリウムを見てもいいのか?」

「もちろんです。お客さま」


 微笑む。

 やった、と、手を打ち合わせるシリングを尻目に、ミクが質問した。


「あなたはロボットね?」


 と。

 それは質問というより、確認の口調である。


「はい。ご案内ロボットのマルティナといいます。お客さま」

「そう。じゃあマルティナ。入口にはオーガーがうろうろしていて、シティには入れないと思うんだけど?」

「警備スタッフですね。すでに連絡しておりますので、そのままお進みください」


 にっこり笑って応えられた。

 モンスターレート九十の人食い鬼が警備スタッフ。

 すごく人選ミスな気がする。


 それ以前の問題として、モンスターを雇用するなんて話、聞いたこともない。


「……個性的なスタッフね」

「私どもは、現地の方々も積極的に採用しておりますので」


 現地の方とわざわざ呼称するということは、『ミキシング』後に作られた業務形態だろうか。

 判らないことだらけである。


「それでは、お越しを心よりお待ちしております。お客さま」


 ふたたびの微笑。

 何も映していないガラス玉みたいなマルティナの瞳に、なにやら薄ら寒いものを感じるミクだった。


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