第15話 イケブクロ遺跡群 5


 小鬼どもの死骸から衣服を剥ぎ取ってゆく。

 腰巻き程度の貧相な布きれだし、けっして清潔とはいえないが、この際は贅沢をいっている場合ではない。


 なにしろ女性たちは全裸で、シリングとミクの荷物にもさすがに衣類は入っていないから、敵から奪うしかないのである。

 もちろん全裸のままっていう選択肢は最初からない。女性たちも嫌だろうし、シリングだって目のやり場に困ってしまう。


 胸と腰回り、あと足を保護しなくては移動もなにもできやしないのだ。


「危急をお救いいただき感謝に堪えない。それがしはシャノア伯爵家に仕える騎士でアーシアという」


 アリスの容態が安定し、苦しげな呼吸が安らかな寝息に変わったことを確認し、最年長らしい女性が自己紹介をした。

 シリングも名乗り、やや慌ただしく情報が交換される。


 予想したとおりアリスは貴人だった。

 ガリア王国貴族、シャノア伯爵の第三公女だ。ありていにいってお姫様である。

 アーシアは護衛の騎士で、他の女性たちは騎士見習いだったり従士だったり、ようするにシャノア家に仕える者たちだ。


 女性ばかり六名でシャノア伯爵領から王都ソルレイへと向かっている最中に襲われたらしい。

 近道をしようとイケブクロ遺跡群を抜けようとした、というのが最大の敗因である。


「素直に街道使えよ……」

「まったくだ」


 ぼつりと呟いたシリングに応えるアーシアの表情は苦い。


 シャノア伯爵領の郡都マノアから王都ソルレイを目指すとき、イケブクロ遺跡群を抜けるのが近道だというのはたしかだ。街道を使った場合と比較すれば、おそらく四日は節約できるだろう。


 具体的には百二十キロくらい。金銭でいうなら六人分で考えたら金貨二枚以上の違いになる。

 それもこれも、無事に抜けられたらという話だ。


 実際アーシアたちは、四日分の時間と金貨二枚以上のをしたのである。


「ゴブリンどもに襲われ、捕まり、犯され、全員の命があっただけでも奇跡というものだ」


 軽く首を振る。

 アリスをはじめとして、純潔を奪われてしまったものも幾人かいる。

 モンスターなんかに。


 命が助かったと喜んでばかりもいられない。心に負った傷は、そうそうは消えないだろう。

 たった数日の時間とわずかな金銭を惜しんだばかりにこのありさまだ。


「高い授業料を支払った、と、思うしかなかろうな」


 眠っているアリスを見つめながらの言葉である。

 過ぎてしまったことは仕方がない。否、仕方がないで済ませられることではないが、悔いても及ばないとは、このことなのだ。

 前を向くしかない。


 他の女性たちも頷く。


「強いね。みんな」


 ミクが微笑した。ニホンの女性たちと比較して、ガリア娘たちは逞しい。

 良いことなのか悪いことなのか判らないが、ミクはそのことをたいへんに好もしく思っている。

 事実を事実として受け止め、うじうじと悩まずに先へ進む。


「あのままでは殺されていたわけだしな。それに比べればマシだろう」


 ごく薄くアーシアが笑った。

 感傷を振り切るように。


「ソルレイまでは無理だけど、近くの街までは俺たちが送るよ」


 頃合いを見てシリングが提案する。

 いつまでも遺跡群に留まっていても仕方がないし、小鬼の残党が戻ってくる可能性もわずかだがあるのだ。


「痛みいる。シリングどの」


 たくさんの感情を飲み込み、一礼するアーシアだった。






 どうしてアリスたちが王都へ急いでいたかというと、わりと政治的な思惑が絡む。

 簡単にいうと、ソルレイに居住している貴族、ガウリーム侯爵に嫁ぐためである。


 少数の護衛のみでイケブクロ遺跡群を抜けようとした、という事実が、普通の輿入れでないことを如実に物語っているだろう。


「言葉を飾らずにいうと、身売りね」


 自嘲気味に言ったアリスが肩をすくめてみせた。


 野営中である。

 順調に進めば、明日には街道に出ることができるし宿場に立ち寄ることもできるが、いまは焚き火の前に車座になっているだけだ。


 身体を覆うマントすら人数分はないので、火を絶やすわけにはいかない。

 で、この火がモンスターを呼び寄せてしまう可能性があるので、交代で見張らなくてはならなかったりする。

 正直、何日も続けられる警戒態勢ではない。


「身売りて……」

「資金援助をしてもらうかわりに娘を差し出す。貴族でも庶民でもよくある話よ」


 シリングの反応に、あっけらかんとした態度のアリス。

 純潔を奪った相手がヒヒジジイ侯爵か小鬼英雄だったか、という違いだけなので、そこはあまり気にしていないそうだ。


 ともあれ、シャノア伯爵家は経済的に困窮している。

 前当主の放蕩が原因らしい。

 領地持ちの貴族の屋台骨を揺るがすくらいの金使いの荒さってのは、ちょっとシリングには想像もできない。


「最終的には、ガウリームに事実上併呑されちゃうってことになるでしょうね。わたしはそのための贈り物一号ってとこ」


 貴族間の婚姻は、王国政府から厳しく監視されている。

 侯爵と伯爵なんていったら諸侯の位だから、とくにそうだ。


 領地だって二つの家を合わせたら王国全土の一パーセントくらいになってしまうし。

 ようするに勢力として無視できないということである。


「シャノアを食ってしまいたいけど、大っぴらにやると政府に目をつけられる。行儀見習いとかの名目で娘を差し出させ、事実上の愛人にすることで間接的に伯爵家を支配下におく、ってとこかな」


 ふうむとシリングが腕を組んだ。


「宮廷の陰謀! なんか小説みたい!」


 そしてミクが喜んでいる。

 まるっきり他人事だから仕方がない。

 近くの街まで送り、シリングとミクはそこでさよならだ。


 アリスたちがなお王都に向かうのか、それとも伯爵領に戻るのか、そのあたりは、トレジャーハンターごときが口を突っ込む話でもない。


「まあ、その計画も頓挫してしまったわけだどね。わたしがゴブリンなんかに捕まってしまったから」


 傷物の伯爵令嬢になど商品価値はない。このままガウリームのもとに参じたところで門前払いだろう。

 黙っていれば判らない、という状況にまで噛まれたり引っかかれたりした全身の傷が回復するには数ヶ月の時間がかかる。

 で、その数ヶ月をシャノア伯爵家は用意できない。


「かといって、家に戻っても居場所がないのよね」

「アリスさま……」


 気遣わしげなアーシアである。

 口減らしの意味も合っての身売りだ。減らした口が戻ったとしても浮かぶ瀬はない。

 アリスの状況は詰んでしまっているのだ。


「ゴブリンどもに捕まったとき。いえ、遺跡群に入ったときに、わたしの命運は尽きてしまったのよ」


 ちらちらとシリングを見る。

 言葉ほどには表情は暗くない。

 というより、あきらかに何かよからぬことを考えている顔だ。


「…………」


 少年が視線で先を促す。


「この際、死んだことにしてしまおうかな、と」


 ぺろりと舌を出すアリスだった。

 ガウリームにも行けずシャノアにも帰れないとすれば、独自の道を歩むしかない。

 となると、伯爵令嬢という身分はいささか重いため、捨ててしまおうというわけだ。


「そんな簡単に……」

「簡単ではないわよ?」


 モンスターに犯された女である。

 貴族の家に身の置き所などない。噂と風聞が飛び交う社会で、それは大変なハンディキャップとななるから。


「わたしだけならまだしも、みんなを好奇の目に晒すわけにはいかないじゃない」


 護衛の女性たちをぐるりと眺めやるアリス。

 覚悟を決めた目で。


 良いリーダーだな、と、シリングは思った。

 彼と同年代の少女が、もう貴族社会には戻れない部下たちの人生を背負おうとしている。

 茨の道と知りつつ。


「アリスさま……」


 アーシアを皮切りに、女たちが低頭した。

 まるで忠誠を誓う儀式のように。



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