第9話 ウエノ大迷宮 4
下へと進むにしたがって、立ちこめる妙な気配は強くなってゆく。
そして、モンスターは現れない。
「支配者がいると考えるべきじゃろうな」
下顎を撫でつつ、老魔導師が言った。
シリングも賛成である。
何者かがウエノ大迷宮を支配している。他のモンスターたちは、その支配者を怖れるがゆえに下層には入り込めない。
そういうことなのだろう。
「でもシリング。誰も入ってこないなら、その支配者とやらは死んじゃうんじゃない? エサがなくて」
「そりゃそーだ」
「そうじゃの。そして、それこそがある怖ろしい事実を示唆しているじゃろうのう」
ウエノ大迷宮の支配者は食事を必要としていない、という。
傭兵たちがごくりと唾を飲みこむ。
なんにも食べなくても活動に支障がないモンスターというのは、当然のように限られる。
たとえばアンデッドモンスターなどがそうだ。
ゾンビやスケルトンみたいな低級アンデッドを他のモンスターが怖れるわけがないので、当然、支配者は上級アンデッドということになる。
ヴァンパイアとかリッチとか。
どちらにしても、相当やっかいな相手だ。
ものすごく強い上に、普通の武器ではダメージを与えられないというおまけ付きである。
「わしの勘じゃが、そういう可愛らしい相手ではない気がするのう。この濃密な魔力は」
髭をしごく老魔導師。
「みんな注意して。前方三百メートルのところになんかいる」
ミクが鋭く警告を発した。
白い顔には緊張が浮かんでいる。
さっと展開する仲間たち。
ザガートとリリアが前面に立ち、五歩ほどの距離を置いてシリングとミクがヴォーテン卿を挟み込むようにポジショニングした。
敵はこちらに気付いたのか、ぐんぐんと気配が近づいてくる。
「いかん! バルログじゃ!」
静かな声で詠唱をはじめていたヴォーテン卿が、その姿を視認した瞬間に、詠唱を中断して声をあげた。
ぎょっとして武器を取り落としそうになるリリア。
「しっかりしろ!」
ザガートが叱咤する。
「まじかよ……」
シリングの頬を汗が伝った。
炎のように真っ赤な目と、漆黒の巨体が猛然と近づいてくる。
力強き悪鬼とも呼ばれる堕ちた神格のひとつで、その強さは人間が容易に戦えるレベルではない。
他のモンスターがびびって下層に降りてこない道理である。
「うおおおっ!」
「たああ!」
ザガートとリリアが斬りかかる。
勇敢だが、やや動きが硬い。
歴戦の傭兵といえども、バルログを前にまったくの怯懦を感じないというわけにはいかないのだ。
左右から襲いくる二人に、にやりとバルログが唇を歪める。
次の瞬間、リリアが蹴り飛ばされ、十数メートルの距離を飛翔して顔から壁に激突し、ザガートが殴られ首から上を消失した。
「な……!?」
一瞬の攻防で前衛が消滅である。
否、攻防ではなく一方的に叩き臥せられただけ。
頭を失ったザガートの遺体がゆっくりと倒れ、壁に奇怪な文様を残しながらリリアも崩れ落ちる。
女傭兵もぴくりとも動かない。
おそらくはすでに事切れているだろう。
「これは……詰んだかのう……」
絶望の表情で呟くヴォーテン卿だった。
勝算が立つような相手ではない。
魔法の杖を持つ手が震える。
「シリング」
「やるか。ミク」
少年と少女が前に出る。
「よすんじゃ、ふたりとも。殺されるだけじゃぞ」
止めようとするヴォーテン卿にシリングが笑いかける。
ヴォーテンさまは援護をお願いします、と。
特等席で観戦させる余裕はない。
「ミク。殺害を許可する」
「おっけ。リーサルモードで行動するわ」
たーんと踏み切ったミクが、一直線にバルログへと迫る。
無造作に迎撃しようと繰り出された拳を難なく受け止めた。
「おお!?」
目を剥く老魔導師。
ザガートの頭部を砕いた拳を易々と受けるとは。
一挙動で体勢を入れ替えたミクが、軽々とバルログを投げ飛ばす。
ずぅん、と、腹に響く音を立てて堕ちた小神が床に叩きつけられる。
そこに駆け込んだシリングが縦横に短剣に振るった。
細かい傷がいくつもバルログに刻まれる。
だが浅い。
少年の持つ剣では攻撃力が足りなすぎるのだ。
ふ、と、小さく息を吐いたヴォーテンが詠唱を再開する。
犠牲を嘆くのも、少年少女の戦闘力に驚くのも後回しだ。
魔法使いはチームの頭脳。
最もクールで、クレバーでなくてはいけない。
「
発動ワードとともにシリングの短剣が淡く輝く。
第七位階の魔法だ。
「シリング坊。
「ありがとうございます!」
起きあがったバルログを、ミクとシリングが追いつめてゆく。
シリングが速度で攪乱しミクが確実にダメージを与えながら。
「とはいえ、まだまだバルログは元気いっぱいじゃの。モンスターレートは六百以上ありそうじゃ」
老魔導師が分析する。
まだ戦いの天秤はどちらに傾くか判らない。
少年と少女のどちらかが崩れれば一気に終わってしまうだろう。
「ここは最大の努力をするべきときじゃろうな」
杖をバルログに向け、ゆっくりと詠唱をはじめる。
べつに難しい魔法を使うわけではない。免状をもらったばかりの駆け出し
「ただ、それをわしの位階まで引っ張り上げて使うというだけじゃ。
バルログの胸で魔力がはじける。
眩いばかりの。
絶叫とともに堕ちた小神がのけぞった。
その隙を逃さず跳躍したミクがバルログの右腕に飛びつきながら、右の後ろ回し蹴りを顔面に叩きつける。
のけぞった状態でまともに蹴りを食らい、たまらずバルログが倒れこんだ。
同時に響く骨の折れる音。
腕ひしぎ十字固めの要領で、ミクが小神の右腕を折ったのである。
「まず腕をもらうわね。毎度おおきに」
婉然たる微笑とともに、後方宙返りで距離を取る。
怒りの咆吼とともにそれをバルログが追いかけようとした。
シリングの存在を頭から消去して。
そしてそれは、この局面では絶対にやってはいけないことである。
意識が完全にミクに向いた瞬間、バルログの首に短剣が突き刺さった。
魔力強化された刃が半ばから堕ちた小神の首を切り裂く。
彼は死にゆくまでの一瞬で、自らの犯したミスに気付いただろうか。
勢いよく噴き上がる鮮血。
光を失った目。
ゆらゆらと揺れる首は、まるで前と後ろどちらに倒れるか迷っているようだった。
やがて、がたりと首が前へ落ち、重さに引かれるように巨体も倒れ込む。
「よしっ! 完勝!」
「いえーい!」
シリングとミクがハイタッチを交わした。
「軽いのう。汝らは」
疲れたように、ヴォーテン卿がその場に腰を下ろす。
「なんと。ミク坊は人間ではないというのか」
「私は愛玩用セクサロイドよ。生まれはチキュウなの」
激戦が終わり、場所を移動しての会話である。
ザガートとリリアの遺体を持って帰ることはできないため、遺品として傭兵組合の
帰還後、組合を通して遺族に渡されることとなるだろう。
「セクサ……?」
「人間そっくりに作られた機械人形で、有機アンドロイドっていうらしんですよ。ヴォーテンさま」
驚くヴォーテン卿にシリングが補足説明をする。
カンナギ遺跡のメインコンピュータから彼女を託されたこと。世界を見せてやるため一緒に行動していること。
そして、人間でないことは秘密にして欲しいということ。
「それはもちろんじゃよ。なんといってもミク坊は命の恩人じゃからの」
彼女がチキュウの技術の結晶であることが知れたら、籠の鳥になってしまう。
まさか分解して調べようってバカはいないだろうけど、他国に渡してもいいやってほどおめでたい頭の持ち主もまた王国上層部にはいない。
となれば、ずっと王宮で暮らさせるという選択になる。
シリングとなんらかの契約をしているなら、彼も一緒に。
「それはシリング坊にとってもミク坊にとっても、望むところではないじゃろ」
そういって笑う老魔導師だった。
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