第18話 レーヘの王

「伯爵!改めて感謝いたします。我々は伯爵に命を救われました」


リヒャルトがミラの手を取って、やや大袈裟じゃないかと思うくらい深くお辞儀をする。その後ろにいたフリッツ将軍もリヒャルトにあわせてお辞儀をした。


「アル殿、戦史に残る偉業を達成されましたね!まさか、あの難攻不落のアルル城を制圧されてしまうとは!」


リヒャルトがそのことを話した途端、フリッツが割り込んで僕に尋ねた。結局、ふたりとも聞きたかったのは、どうやってあの城を落としたのか?である。僕は、それを見て笑いながら答えた。


「それが出来たのは、ここにいるみんなのおかげだよ。特に、ミラと魔女の騎士団の助けが無ければあそこに辿り着くことすら出来なかった」


それを聞いて、「そうじゃ」とばかりにミラは大きく頷いた。


「ミラ侯爵、あなたの決断で我々は助かりました。あなたにも大きな借りが出来てしまいました」


その後、僕とミラからアルル城攻略の詳細を聞いたフリッツ将軍は驚きつつも、今後の動きについて話題が移っていく。


「問題は、ヴァール城にいる陛下と、どう連携を取るかだと思うのですが」


フリッツが机上の地図を睨みながら、周囲に疑問を投げかける。僕は、フリッツの疑問にすぐに答えた。


「連携を取る必要はないと思います。フリードリヒ王なら敵の動きに合わせて柔軟に対応出来るでしょう。それと、こちらに向かって来ている敵軍の数は4万以上という報告が来てます」


「4万!?総数は5万だと聞いていたが?」


フリッツが驚きの表情で僕に聞き返す。包囲していた軍の総数が5万であれば、1万が城に残った計算になる。しかし、実際は攻城戦で死傷者数は相当出ているはずだ。それを加味すれば多くて5000前後の兵数で城を警戒しているということになる。今までの情報からフリードリヒ国王は、かなり頭がキレるはず。柔軟な対応も可能だろうと言う目算だ。


「それともうひとつ。王家の旗が掲げられてることからラザール国王直々に兵を率いている可能性が高いですね」


「ついにあのブタが出てきおったか!」


ミラは右手でグーを作って、左の掌に打ち付ける。それを横目に見ていたフリッツ将軍はミラに尋ねた。


「ミラ侯爵、ラザール国王は戦上手なのですか?」


「ハッ!上手なもんか。奴の考える戦術なんぞ、そのへんの子供のほうがよほどマシじゃ」


そのやり取りを見ていたエルザがおずおずと手を挙げる。


「あの、ミラさまの言う通りです。ラザール王の戦は凡庸を下回ると思います」


「つまり、ブタに指揮官任せたほうがマシだってことじゃ!」


「私、そこまで言ってませんよ?」


エルザが苦笑いしながら、やんわりとミラの意訳を修正する。


「同じことじゃ。それに儂とアルが相手じゃぞ?勝負にもならんわ」


「あの、失礼ですがそちらの方は?」


リースが聞いているのはエルザのことだろう。見た目はただの少女が、軍議に当たり前のように参加しているのだから驚くのも無理はない。しかし、実際はソルシエール・シュヴァリエのひとりであり、ミラの技術担当 兼 政務官だ。


「コイツは儂の政務官でアホの子じゃ」


「・・・・・・え?」


ミラの紹介にリースだけじゃなくリヒャルトやフリッツの目が点になっている。


「酷いですよミラさま~!私の威厳が・・・・・・」


「貴様が威厳なんぞ求めるなっ!だいたいしょっちゅう何もないところでコケまくりおって。アホの子じゃわ」


「はははっ、ずいぶんと変わっ・・・・・・いや、賑やかな陣営なのですね」


リースがなんとなく哀れむような目でエルザを見ている。


「いや、イヴニール戦では組み立て式の攻城兵器を作ったりして大活躍でしたよ」


一応、フォローを入れることでエルザの顔色がパーッと明るくなった。よかった、単純で・・・・・・。


「それで、さっきの話を聞いて物凄く単純な作戦を思いついたのだけど、いいかな?」


「なんじゃそれは?」


ミラはワクワクしながら期待してくれている。こんなバカバカしい戦術をそんなワクワクした目で期待されても困るのだけど、相手がラザール国王だからたぶん大丈夫な気がしてる。僕は、おもむろに地図を机上に広げると説明を始めた。


「シャトンの北東すぐの場所にレラ湖という湖があります。この湖の北側は丘になっていて、湖との間には細い通り道しかありません。この丘に兵を伏せて迎え撃ちます」


「なるほど、それは良い作戦ですね。隣は湖、攻撃されたら敵には逃げ場もありません。兵を伏せるならこれ以上ない好条件です」


「確かに良い作戦だ。この場所ならラクに敵を殲滅できる」


リヒャルトとフリッツが感心して僕を褒めてくれる。単純な作戦なのに、これほど褒められると少し恥ずかしい・・・・・・。


「作戦は分かりましたが、ヴァールからここまでは2日の距離だから、この湖なら明日には会敵しますね。あとは、ラザールをどうやって引き込むか、ですよね?」


エルザが疑問に思ったのは、斥候から聞いていた敵の進路が、僕が指摘するレラ湖からは少し西にずれていたからだ。エルザがその質問をした瞬間、僕は両手を組んでお願いのポーズをする。


「ミラ、囮になってくれない?」


それを聞いてミラは豪快に笑って快諾した。


「いいじゃろう。どうじゃ、エルザ?」


「なるほどですね。でも、ラザール国王はそんな簡単に引っ掛かってくれますか?」


エルザの問いに僕とミラが勢いよく同時に答える。


「引っ掛かる!」「奴は信頼できるブタじゃ!」


ちょっとミラの言ってる意味がわからなかったが、間違いなくラザールは引っ掛かるということなのだろう。


「ああ、なるほど。ええと、その信頼できるブタっていうのは?」


リヒャルトの問いに勢いよくミラは答える。


「期待を裏切らないバカ君主ってことじゃ!」


「・・・・・・ああ、なるほど」


リヒャルトは思わず苦笑いする。ミラとエルザの間で、ラザール王が今までに犯した数々の失態について悪口合戦が始まっていた。君主と臣下の間で、いったいどんな信頼関係が成り立っているんだろう。そんなことを考えていたら、いつのまにかミラが僕の傍に立っていた。


「アル、今回はラザールじゃったから出来る策なんじゃろ?もし奴でなかったら、どんな策で挑むつもりだったんじゃ?」


「攻撃の戦術には大きく分けて迂回、包囲、突破の三種類があるんだ。敵の出方にもよるけど、僕が漠然と考えていたのは、突破だったよ」


「突破というのはなんじゃ?」


僕は少し考えてミラにもわかるように説明する。


「突破というのは、相手の陣を突破して包囲したり裏を突くことかな?もちろん、そのまま突破出来ることは少ないから相手を崩す必要があるんだけど」


「なるほど。すると、前回アルがやったのは包囲というわけじゃな?」


僕はミラの指摘に頷いた。あの戦術は第二次ポエニ戦争の戦術をアレンジしたものだ。


「今回、アルがやろうとしてるのはどれになるんじゃ?」


「迂回戦術だね。迂回することで、自分に有利な戦場を指定する戦い方だよ。でも、普通はこんな露骨なやり方しないけどね」


僕の困惑した表情を見て、ミラは愉快そうに笑った。


その後は細かい部分を詰めていき、次の日の早朝には出発した。詳細を詰めるなかで、レラ湖の北に兵を伏せ東の奥にも兵を置くことになった。その日の夕刻が迫るなか、レラ湖の西で僕とミラはラザール軍と相対する。彼らは500の兵を引き連れてラザール軍に迫った。


西日に照らされた旗がローレンツ王家とシャルミール州の紋章を浮かび上がらせる。それが目に入ったのか、ラザール軍は進軍を止める。ミラはサシャとシャルを伴い、声が届く距離まで馬で出向く。近くまで行くとミラは思い切り息を吸い込み叫んだ。


「おいっ!ブタの王よ、よく聞けぇ!シャルミールの魔女が貴様を豚小屋に戻してやる!今のうちに薄切りがいいか、挽き肉が良いか考えておくがいい!!」


ミラの声は風に乗ってラザール軍にまで届いた。もちろん、ラザール王の耳にも伝わる。ミラの声が聞こえるや否や、ラザールは全身がわなわなと震え始めた。早口で何かを言ってるがよく聞こえない。それがだんだんと大きくなってくると、周囲の兵はごくりと唾を飲みこんだ。


ミラは振り向いてサシャに合図を送る。その合図を見てサシャはニヤッと不敵な笑みを浮かべた。背中から巨大な弓を取り出し矢をつがえると、ラザール軍に向かって放つ。巨大な矢がラザール軍の兵士を数人まとめて貫いた。矢の落ちた周囲からどよめきが沸き起こる。その光景を見たラザール王の怒りは頂点に達した。


「あの売女めっ!裸にひん剥いてありとあらゆる恥辱を味わわせ、皮を剝いで城門に吊るしてやる。そうして一枚ずつ爪を剥がして、手足をもいで最後に頭を斬り落としてやる・・・・・・!」


ラザールのなかでミラに対する一通りの復讐の予定が組みあがると、横にいる兵士の脇腹を蹴り飛ばした。


「何をしているっ!?追うぞ!!追って奴らを八つ裂きにしてやる!」


ラザールが飛び出し、それに続いてドミニクと騎馬隊が慌てて追いかけるような格好で僕とミラに迫る。


「まさか、こんな簡単に引っ掛かるなんて・・・・・・」


半分呆れながら僕は呟いた。それを聞くと、ミラはニヤリと笑って僕に言う。


「だから言ったじゃろ?信頼できるブタだとな!」


僕はそれを聞いて苦笑いするしかなかった。僕たちは東にあるレラ湖へと馬で駆けていく。夕陽が傾きかけた頃にはラザール軍はレラ湖の北側から隘路へと侵入した。湖面は夕陽の光を反射して、キラキラと美しい光を放っている。北側は丘になっており、鬱蒼とした木々が太陽の光を拒んでいた。湖面と丘に挟まれるようにして細い道が通っており、そこをラザールの騎馬隊が走り抜けていく。その異様さにようやく気付いたのは息子のドミニクだった。ドミニクは先頭を駆ける父に向かって声を掛ける。


「父上!この場所は何かおかしな雰囲気がしませんか?」


「何を言ってる!?奴らにはもう逃げ場がないのだ」


ラザールは即座に否定したが、息子の不安そうな顔を見て改めて周囲を見回した。すぐ南側は湖であり、すでに夕陽は沈みかけている。草木に覆われた北側の丘は不気味なほど静まり返っており、傾きかけた陽の光では、そのなかまで見通すことは出来なかった。


「父上」


ドミニクがもう一度ラザールに話しかけようとしたとき、後方に続いていた騎馬隊から悲鳴と叫び声が沸き起こった。続いて複数の剣戟の音が各所から聞こえ始めると、水しぶきと共に何人かが落ちる音が聞こえる。ラザールの顔色が真っ赤になると、周囲に向かって怒鳴り散らした。


「奴ら伏兵などと汚い真似を!貴様らボンクラどもは揃いも揃ってこうなることを気付けんかったのか!?ドミニクしか気付けないとは使えないクズどもめっ」


「父上、こうなれば退路を断たれる前に戻りましょう!」


ドミニクに促され、取って返そうとした時である。隘路の曲がり角からミラが姿を現した。


「おやおや、くそブタ国王が、よもやしっぽを丸めて逃げる準備でもしておるのか?」


ラザールからミラがいる距離までは、僅か200トゥルクほどである。ラザールはまたも怒りに囚われ、全力で馬を疾走させた。


「おのれ小汚い魔女がっ!」


数十トゥルク馬を走らせたところで、ラザールの傍を走っていたドミニクが落馬する。正確に言えば、サシャの放った矢がドミニクの身体を貫いた衝撃で刺さった矢と一緒に後方に飛ばされたのだ。


「ド、ドミニク!ドミニクゥゥゥゥゥゥ!!」


後方に飛ばされたドミニクに、ラザールは馬を捨てて走り寄る。ラザールが近寄ると、ドミニクの視線はすでに定まっておらず、口から血の泡を吹いていた。


「ち、ちち、うえ・・・・・・」


騎馬隊がラザール国王とドミニク王子の周囲を囲むように並ぶ。やがてドミニクが絶命するのを見届けると、ラザールは叫んだ。


「おのれ、おのれぇぇぇ!!!息子の横に魔女の首を添えてやるっ!」


そう叫んだ時、周囲を固めていた騎馬兵の首が一斉に飛んだ。身体だけになった騎兵が次々に血を吹き出しながら落馬していく。ラザールは「ヒッ」と小さく叫ぶと尻もちをつき、息子の遺体から後ずさった。いつの間にか陽は沈み、残照に照らされた湖のオレンジがまるで血のように見える。倒れた騎兵の正面からヒュンヒュンと風切り音が聞こえたかと思うと、ドミニクの周りの騎兵たちも次々と血を噴き上げて倒れた。チャリ、チャリという音とともに褐色の肌の男が現れる。男の手には、チャクラムと呼ばれる丸い金属の輪っかが握られていた。


「アシュ、捕らえるんじゃ」


ミラの声が聞こえた瞬間、ラザールは彼女の声がするほうを見る。その直後、「チャリ」という音が耳元で聞こえた。ビクッとしてラザールが見上げると、先ほどの褐色の男がいつの間にかラザールの後ろに立っている。国王の周囲を守っていた騎兵たちは、もういなかった。この一瞬で何があった?騎兵たちの代わりにそこにいたのは、その男の部下たちであった。


「立て」


無数のチャクラムを身に付けた男が指示する。ラザールの喉元にはナイフが突きつけられていた。ラザールはよろめきながら大人しく立ち上がる。先ほどとは、まるで別人のように大人しかった。手を後ろ手に縛られ、僕とミラの前に引き立てられる。ラザールはミラの姿を見ると憎々しげに罵った。


「魔女めっ!おまえのような魔女は殺しておくべきだった!」


「ブタが、言うことはそれだけか?」


ミラは冷たい目でラザールを見下ろす。


「黙れっ!余の兵が貴様を必ず地獄に送るだろう」


その言葉を聞いてミラはニヤリと笑う。横で見ていた僕は、ミラのその笑顔がまるで本当の魔女のように感じた。

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