第6話 強弓のサシャ
ミラは満面の笑みで応える。僕の頭の片隅には、ローレンツを戦に巻き込んでしまえばラザールを潰せるという計算もある。軍を州境に集結させ、ラザールから注意を引くことを約束した。
ぶつかったとしても、レーヘ国最強を自負するミラには、ラザールを敵に回しても負けるとは毛頭思ってないが、長期に渡って分裂が長引けば、周辺国の侵略を招いてしまう。僕は、ミラとソフィアの話を聞いているなかで、フリードリヒの思惑に気付き確認した。
「ソフィアちゃん。フリードリヒ国王の狙いは三段構えだよね?」
「と、いいますと?」
「最善の結果はレーヘと戦にならない、これが一番。だけど、それはもう無理だと思ってる。だから、次善の策としてラザールとミラをぶつけて時間を稼ぎ、疲弊したところで残った方を討つ。今はこの段階だと思う。だけど、これが失敗すれば、苦肉の策としてミラと手を組もうとするんじゃないかな」
ソフィアはアルが頭のなかできっちりと状況を整理出来ていることに感銘を覚えた。
「仰る通りですわ。そして、アルさま、ミラさま、そして私が望んでいるのは3つ目の苦肉の策ですわ。これを如何に早い段階で陛下に選ばせるかです」
そこで、ベルンハルトとの決着後にローレンツが巻き込まれ、且つ協力するように図ることをソフィアは提案した。これは、リヒャルトとソフィアが密かに話し合った事である。レーヘの矛先をミラからローレンツに移すにはいくつか策があるが、これも僕の納得のいくものであった。
勝利の暁にはラザール王の首とレーヘの玉座を条件にミラはその提案を飲んだ。もちろん、ソフィアにその決定権はない。現段階では絵に描いた餅であり、フリードリヒにその条件を飲ませなければならない。ただし、フリードリヒにとっては二正面作戦を避けたいはず。あとはタイミングだけである。
こうして話はまとまった。フリードリヒの王弟殿下ベルンハルトとの会戦2日前のことである。
一方、レーヘ国内では商人たちを中心に、国内が内紛になるのではないかという噂が出始めていた。その噂の真相を確かめるべく、モーラボートの領主マクシミリアン・ルジェーヌ公爵は調査を開始した。噂の内容はソフィアが推測した通り、ミラが反旗を翻すのではないか?というものだ。
ここに噂を聞きつけた3大ギルドが乗っかった。早速、武器、鎧や糧食などの商いの話を各地の地方貴族に話を持ち掛け始める。マクシミリアンはシャルミール領の北側にある3つの砦に調査を向かわせた。帰って来た調査隊の報告は緊張をもたらすものだった。
「兵が集結しているだと!?」
「はっ、3つの砦全てに活発な動きがあります。正確な数はわかりませんが、かなりの数になるかと思われます」
「魔女め、このような時期にいったい何を考えているんだ・・・・・・?」
マクシミリアン公爵はしばらく、腕組みをして考えていたが埒が明かないと思ったのか、すぐにラザール王に報せるべく手紙を書いて送る。この手紙の内容は、即日ラザール王の知るところなり、王は激怒した。
「ふざっけるなよっ、あの小娘がぁぁ!父の嘆願で生かしておいてやった恩を仇で返す気か!?」
ラザール王はその場で手紙をビリビリと破り捨てて床に投げつけた。
「マクシミリアンと、ニコラに魔女の首をここに持って来いと伝えよ!」
「お待ちください陛下、まだあくまで噂の段階です。侯爵の真意を確かめてからでも遅くはないのではありませんか?」
「何を言ってる痴れ者がっ!病気と称して余の招集に応じないばかりか、兵を州境に集結させてるのだぞっ!余の可愛い息子が卑劣にも殺されたのだ!今こそ一致して余の怒りを示すのが臣下の務めだろうが!?」
ラザールは、諫めようとした政務官を蹴り飛ばした。
「父上!お待ちください。魔女の討伐に兵を出すのでしょう?私にも行かせてくれませんか?」
「おお、ドミニクよ!さすが我が息子じゃ。わかった、だが無理をするでないぞ?」
申し出たドミニクは、礼をすると勇んで出兵の準備に取り掛かった。こうして、シャルミール領は西のラ・エスカローナ州よりニコラ・ミュラ辺境伯、北のモーラボートよりマクシミリアン・ルジェーヌ公爵、そして王都ミラン・キャスティアーヌより王太子ドミニク・フィリップの3軍を相手にすることになる。ミラは、「
ソルシエール・シュヴァリエ
「ミラさま~、配置表出来ましたっ!あっ」
エルザがミラに配置表を手渡そうとして何もない所でコケる。この子、政務官なのに何故か軍の配置表まで作ってるんだよな。
「エルザ、貴様なんでいつも何もないところでコケるんじゃ?」
「はぁ、すみません・・・・・・。じゃなくて、ほんとにラザール陛下と戦をするのですか?」
「無論じゃ!と、言いたいところだが。ローレンツのためにわざわざ正面から戦って儂らが消耗するのは嫌じゃ」
元々、招集を断った時点で、紛争の火種はミラさまがつけてるんだけどなぁ・・・・・・。などとエルザは思いつつ、机上に地図を広げる。エルザが広げてくれた地図を見ながら僕はミラに説明をした。ミラの居城オー・ド・ジュヴェルーヌを守るために、北には3つの砦がある。今回はそのための会議だ。
「中央の砦グラン・セッコを中心に、連携を図りながら遊撃隊を各所に配置するのがいいかと思う。守りに徹するなら難しくないと思うから」
「東のロアールに3000、北のグラン・セッコに5000、西のジヴェルーニに7000じゃな」
「うん、やっぱり西を流れるエディエンヌ川からの侵入が一番容易かな」
「そうじゃな。大規模な輸送を舟で出来るというのは、何かと便利じゃからな。ふふ、とはいえ、あのブタがそこまで知恵が回るような気もせんがの」
僕は地図に記されたエディエンヌ川に視線を落とす。ジヴェルーニの砦の西側を流れるこの川は、広く水深も深い。シャルミールは山が多い地形のため輸送部隊の移動にどうしても制限がかかる。もし川沿いに下るならば、部隊だけを先行して陣地を作り、そこに後から舟で輸送物資を送り届けることも可能だ。
「軍師アル、そこの対策はどうするんですか?」
後ろから急に声がかかる。
「うわっ!?」
僕がびっくりして振り返ると、そこには執事のシャルが立っている。この人なんでいっつも気配を消して近づくんだろ!?暗殺スキルでもあるのかな?慌てつつもシャルの疑問に答えるべく、気を取り直して説明を始める。
「え、ええと。ジヴェルーニの砦に7000と言っても、西から侵入された場合は、北と南に部隊を分けて配置します。敵が川沿いに下って来るならほぼ確実に輸送を川に頼るはずなので、川の上流で輸送物資を襲撃してしまうのが効果的だと思います」
「そうじゃな。敵がどんなにアホゥでも輸送物資の警戒くらいはするじゃろうから、南に本隊の注意を向けておくための部隊と北の急襲部隊は分けたほうが良さそうじゃの」
「なるほど」
エルザは、シャルが顎に手を当てて感心しているのを横目で見ながら、ミラに気になっていたことを尋ねた。
「ミラさま、いつまでこの状態を維持すればいいんですかね?」
「どういうことじゃ?」
「えと、つまり、今回はローレンツの内乱が終わるまで私たちがラザール国王軍を引き付けるってことですよね?だいたいの期間は知っておきたいなと思ったのですが」
「ふむ、儂の知ってる限りじゃが。フリードリヒの弟は政治的にもう終わっておろうな。後ろ盾になっている貴族勢力がもう支えられんじゃろ。そういう意味では決着がついておる。そこを無視して武力行使に無理矢理出ても、兵の士気も上がらんじゃろうな」
「ということなら、短期で決着がつきますね」
僕の推測を交えながら、今まで入って来た情報を整理すると。ベルンハルト王弟殿下は、ローレンツ現国王を暗殺犯に仕立てようと画策。国王裁判にかけるも失敗した。その時点で恐らく背後にいたベルンハルトは、彼を国王に推す勢力の求心力を失ったんだろう。
ミラはエルザの言葉に少し考えていた。決着がついたらすぐに連絡が来るとは考えにくい。ある程度準備も必要だろう。
「ううむ、そうじゃな。勝つにせよ負けるにせよ、短期で決着がつく。そう長くはないじゃろうが・・・・・・。まぁ、よほどのことが無い限りローレンツの国王が敗けることは無い。というか、勝ってもらわなくては困るがの」
そして3日後。中央のジヴェルーニの砦に向けてニコラ・ミュラ辺境伯が1万、グラン・セッコの砦には王太子ドミニクとマクシミリアン・ルジェーヌ公爵が二万の軍を率いて進軍を開始した。
中央のグラン・セッコを守るのはリザ・ミランダ将軍である。山間の狼煙台から煙が上がるのを確認すると各部隊に戦闘準備に入るように指示を出していった。
「サシャ、敵がノコノコと中央から攻めてきたようだ。行って歓迎してやれ」
サシャと呼ばれた女兵士は、それを聞いて面白そうに笑った。
グラン・セッコに行くには2つのルートがある。リザは中央の砦の守備に就くと、西側の道の通路の木を切り倒して塞いでしまった。こうすることで、東側の通路に敵を集中させることが出来る。東側の通路は西側に比較すれば見通しが良いが隘路だ。サシャは高台に弓隊を配置し、サシャ自身はひとりで敵を待ち受けた。
マクシミリアン公爵の軍は、ポッツォ・ボルゴ将軍を筆頭にシャルミールの最北端に位置するグラン・セッコを目指して進軍した。途中、西側ルートが倒木で道が塞がれていたので、東側のルートに変更しながら進んで行く。しばらく行くと、山の斜面を登る坂がきつくなっていく。
周囲は完全に鬱蒼とした木々に囲まれている。左右からの奇襲にも注意しながら進んで行くが、特に何の障害もなく途中までは順調であった。山の中腹まで来ると、道幅が狭くなっていく。異変はそこから始まった。先頭を歩いていた兵士たちがひとりの女兵士を見つけてざわつき始める。巨大な弓を背負った女兵士が道の遥か遠くにひとりで立っていた。
「なぁ、なにやってんだあいつ?」
「さぁな?敵・・・にしちゃ変だよな?」
女兵士はニヤッと笑うと、巨大な弓に槍のような大きさの矢をつがえる。ギ、ギ、ギ、ギ、ギと、太い弦と弓が引き絞られていくにしたがって音を立てる。巨大な弓がミシミシとしなり、弦が張力の限界まで引き絞られた。刹那、ドンッ!!!という発射音と共に槍のような巨大な矢が放たれる。
ゴオオオオオオオオオッ!!!!という大気を斬り裂く轟音を撒き散らしながら、迫る巨大な矢は先頭を歩いていた兵士たちを次々と串刺しにしながら吹き飛ばした。第二撃、第三撃と立て続けに発射された巨大な矢により、兵士たちの隊列は完全に崩れてしまう。
「わあああ、む、無理だ!あんなの!?」
「いったい、どうなってんだ!ここまで800トゥルク以上はあるはずだぞ!」
「こ、これ以上進むなんて自殺行為だ!」
兵士たちの騒ぎにより進軍が止まる。この騒ぎは中央で指揮を取っているポッツォ将軍に報されることとなった。
「将軍!どうやら先頭で敵の攻撃に遭い、先遣部隊の被害が拡大しているとのことです」
「奇襲攻撃か!?」
「それが・・・・・・ひとりだそうで」
「ひとりだと!?詳しく話せ」
「どうにも、槍ほどもある矢に射抜かれたようです。隘路で避けるところもなく犠牲が増えるばかりとか」
「槍のような巨大な矢を使う弓使い・・・・・・」
ポッツォの脳裏にひとりの女兵士の顔が浮かぶ。そんな馬鹿げた矢を使うのは、
「重装騎士団を前面へ出せ」
「では、一旦退きますか?」
「仕方あるまい、彼らはまだ後方だからな。編制を組み替える」
こうして、一旦ポッツォは兵と共に退いて再編成をすることになった。これにより、サシャひとりでかなりの時間を稼ぐことに成功する。
https://kakuyomu.jp/users/tanukoromanju/news/16818093092475130553
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