第3話 少女ミラ

僕を招待したのは、そのシャルミールの魔女こと、ミラ・バティスト侯爵だ。僕が住んでいるのは、シャルミール州の南西でエディエンヌ川沿いの小さな領地だ。ミラ侯爵の居城は僕の住んでいる領地からは、北東。


つまり、シャルミールのど真ん中にある。名をオー・ド・ジュヴェルーヌ城という。青と白の色彩で彩られた美しい城だ。山の上に建てられているため、そこまでの景色は壮観で美しい。門を潜り、石畳の上を進んで行くと大きな扉がある。そこをまた潜ると、いよいよ本城だ。城のなかに入って行くと、黒髪の執事が僕を迎えてくれた。


「お待ちしておりました」ニコっと笑うと、そのまま二階の待合室のところまで案内してもらう。


「ここでしばらくお待ちください」


そう言われて、周りをぼーっと見渡す。肖像画がたくさん飾ってある。恐らく歴代の公爵家の当主とか奥方なのだろう。描かれている人物は一様に美男美女ばかりばかりだった。しばらくすると、扉が開いて僕と同じ年齢くらいの少女が入って来る。髪は腰まで長く、少し釣り目で意志が強そうな雰囲気だ。見た目は歴代の肖像画を超えるほどの美少女。それがミラだった。


「アル、待っておったぞ」


「お初にお目にかかります」


せっかくの美少女なのに、喋り方が残念だ。そんなことを想いながら僕はお辞儀をする。


「何を言うておる。儂のことを忘れたのか?」


「え!?」


僕はお辞儀を途中でやめて、思わずミラの顔をまじまじと見つめた。ミラは少し僕にみつめられたせいか、少し顔を赤らめているように感じる。だが、思い出せない。男爵家ごときが侯爵令嬢と会う機会なんてないはずなんだけどな。どこかで会ったっけ?


「ええと、すみません。どこかでお会いしましたか?」


僕の返答がまずかったのか、明らかにミラの機嫌が悪くなったようだ。


「貴様、儂の顔を忘れるとかあり得んぞ!手紙を読んでおらんかったのか?」


「手紙?もちろん、読みました」


「チェスじゃ!」


チェスとミラ侯爵が何か関係してるのだろうか?頭のなかで色々考えてみたが、さっぱり繋がらない。グルグルと考えていると、ミラが大きなため息をついて続けた。


「貴様が軍略チェスの試合をしてるときに儂もおったのじゃぞ」


「あー……って、ええ!?ミラ侯爵って士官学校にいたんですか?」


「いた!と言っても、儂も忙しい身でな。学校にはあまり顔を出せんかったんじゃが。アル、貴様と儂は同学年じゃ」


「えええええええええ!?」


僕の反応にミラは頭を振った。僕としては、士官学校にいたのは戦史を調べるのが目的だったから、あまり他の生徒とも交流してないんだよな。それにしても、ちょっと本を読むのに没頭し過ぎたかもしれない。


「その様子じゃ何も知らないかもしれんが、今は儂が侯爵を受け継いでおる」


僕はミラの言葉に頷いた。それくらいはさすがに知ってる。色々と不幸が重なってることも。


「それで儂は今、数多に有能な人材を集めておるんじゃ。それでアルにも来てもらったというわけじゃ」


「僕ですか?」


ミラは深く頷いて続けた。


「この国は政治、経済どれをとっても腐っておる。立て直すには軍という力がいるんじゃ」


「僕は、軍事関係ならなんの役にも立たないですよ?戦技なんか出来ませんし」


「そっちの方は端から期待しておらん。儂の出した手紙に書いてあったじゃろうが」


そう言われて僕の頭のなかでやっと軍略チェスの件と、ミラの言動が一致した。つまり、ミラが僕に求めているのは軍略の面ということになる。なるほどね、そういうことか・・・・・・。


軍務には一生縁がないと思っていたけど、戦争になれば否が応でもシュタルト家も巻き込まれることになる。兵卒として行くなら確実に死ぬ。それならいっそのこと、軍略を活かせる立ち位置に挑戦するのもアリだろうか?


「それで、僕に軍略チェスの腕前を見せろと・・・・・・」


「そうじゃ。アル、学校では負け無しじゃったろ?じゃが、あれはあくまで学校のなかでの話じゃ。そこで、バティスト家の軍略指南役を務めているカールと試合ってもらいたいのじゃ」


ミラが指を差した先には、眼鏡をかけた老人がいつの間にか部屋の隅に立っていた。僕と目が合うと、ゆっくりとお辞儀をしたので、僕も釣られてお辞儀した。


「カールは儂が知る限り最高の軍略家じゃ。じゃが、もう見ての通り歳でな。かといって、カールの後を任せられるほどの人物がおらんのじゃ」


カールと呼ばれた老人は、確かに動きがゆっくりとしていたが、頭は明瞭なようだった。その後、召使いたちがテーブルの上に軍略チェスをセットする。僕たちは部屋の中央に設置された盤上を挟んでお互いに座った。すると、老人が楽しそうにコソコソと僕に話しかけて来る。


「ミラさまは、あんな感じだが、毎日おまえさんの話をしておったよ」


「え?」


僕が驚いて聞き返すと、老人は妙に含んだ笑いで答えた。


「士官学校に通われていたときに、ミラさまの口から出て来たのは、おまえさんの名前くらいだった。まあ、つまり、相当気に入っておられるのかもしれんな」


「え、それってどういう・・・・・・?」


「何をコソコソ話しておるんじゃ!さっさと始めんか!」


ミラに何かを勘付かれてしまい、それ以上は聞き出すことは出来なかった。いずれにせよ僕にとっては驚きでしかない。それと同時になんだか申し訳ないような気分になった。そもそも、僕はミラが士官学校にいたことすら知らなかったのだから。

今までの学生相手と違ってさすがに粘り強い。カールと呼ばれた老人との勝負は2時間を超える白熱したものとなったが、勝負を制したのは僕だった。


「いやはや、完敗だ。その歳でよくそれだけの知識と柔軟な思考を身に付けたものだ」


「カールよ、どうじゃ?」


「ミラさま、たいしたものです。アル殿を相手にしていると、老獪な軍略家を相手にしているような不思議な感覚に襲われました。とんでもない知識量と判断力です」

ミラはそれを聞くと嬉しそうに頷いた。


「どうじゃ、アル、儂の軍師になってはくれまいか?」


「アル殿、私からもお願いする。ミラさまは、ずっとあなたのような方——いや、あなたを待っておられました」


「べ、べべべ、別に待ってなんかいないんじゃからね!た、たまたま、貴様がカールに勝ったから、お願いしてるんじゃからね!」


カール爺さんの言葉がミラに聞こえていたらしく、急に調子を崩されてしまったミラは顔を真っ赤にして否定する。それを見た僕は、おかしくなって噴き出してしまった。そのとき、なんとなく僕はこんな主君なら軍師として仕えてもいいんじゃないかと思ったのだ。


「わかりました。それならミラさまに、お仕えさせて頂きます」


「ミラでよい」


「は?」


「ミラでよいと言っておるのじゃ、士官学校の同学年のよしみじゃからな」

同学年だと、そういうものなんだろうか?




僕がミラに仕えてから、もっともそれを喜んだのは父だ。「戦場で武功を立てる」それを口癖のように言っていたのだから、父としては僕が軍務についたのは感無量というわけだろう。


あれから頻繁に手紙が来るようになった。色々やることがあって、毎回手紙の返事を出せるわけではないけど、親孝行が出来たようで僕としても嬉しい。それともうひとつ、僕にとって嬉しい出来事がある。


それは、士官学校時代に読んでいた魔素の結晶石についての資料を発見出来たことだ。学校にはなかったが、さすが公爵の図書室ともなれば蔵書の数が違う。調べていくうちに、ようやく魔素の結晶化のヒントを掴むことが出来た。魔素のを小さい粒に変換することに成功する。そこからは、とんとん拍子だった。実験と失敗を繰り返しながら粒を大きくしていく。


一方、僕が軍師としてミラに仕えてからも、ミラはさまざまな人材を集めていった。ミラはその時既にシャルミールの魔女という異名で影で呼ばれていた。彼女の下で支える騎士たちは魔女の騎士団ソルシエール・シュヴァリエという。僕自身もその一員となったのだが、彼女の部下で最初に紹介されたのは執事 兼 護衛をやっている黒髪の青年シャル・ドゥ・ベルトランだ。


シャルはいつもニコニコしている好青年だが、先代から仕えているそうで、年齢不詳。そして、魔女の騎士団のなかでも最強との噂だった。そのシャルがラザール国王から使者が来たことを伝えた日。それが、ミラと僕たちの運命の歯車が、逆回転し始めた日だったと今でも僕は思ってる。


「ミラさま、先ほどラザール国王から使いの者が参りました」


「なんじゃ?どうせくだらん用じゃろ?」


「フフフ、ミラさまならそう言うと思いまして。すでに適当にあしらって返しております」


若い執事が不敵な笑みを浮かべる。黒髪の執事がそう答えると、ミラはなんの興味も無さそうにその執事に尋ねた。


「で、結局なんの用だったんじゃ?」


「ローレンツとの同盟を破棄し、第二王子の弔い合戦をするとのことです。そのため兵を出せとのことでした」

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