背中で語る、ってやつだ

おさるの

第1話 雨の夜に、思い出が降る

雨が降ってる。

こういう日には、ろくなことが起きない。

これは経験則だ。俺の人生は、だいたいそういうもんでできてる。


名前は長谷川誠。歳は……四十をとっくに過ぎた。

昔はちょっとだけ、世の中の裏側に首を突っ込んでた。

まあ、今で言うところの“反社”ってやつだ。

今は違う。今はもう、ただのスーツ姿のしがない中年だ。


肩書きは無職。

いや、最近はスナックの手伝いなんかもしてる。

皿を洗ったり、酔っ払いをなだめたり、ママにこき使われたり。

……なにやってんだか、自分でもわからん。


けど、こんなもんだろう。

この歳になって、何かを成すなんて気力ももうない。

誰かに必要とされるだけで、十分なんだ。


そんな折だった。

スナック『しずく』のママが言った。

「ここの通り、全部まとめて立ち退きだってさ」

って、涼しい顔で。


冗談じゃねぇ。

ここは俺が唯一、まだ人間らしくいられる場所なんだ。

昔の俺じゃねえ。

もう誰も殴らねえし、脅しもしねえ。

でも――


守りたいもんがあるってのは、どうしようもないな。

結局、足を洗ったつもりでも、まだ泥は爪の間に残ってた。


この雨の中、また一歩、昔に引きずられるような気がしてならない。


「……クソが」


俺は煙草に火をつけた。

雨音にまぎれて、誰にも聞こえないように、そう呟いた。

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