第10話 求愛

 朝の騒ぎによってどこか浮ついた一日を過ごしたあと、退社後に私は後輩と会社の最寄駅近くのコーヒーショップに寄った。

 そう、あの『お願い』を受けたコーヒーショップだ。


「えっと……」


 口を開いたものの何と切り出せば良いのか迷い、結局それ以上の言葉が続かなかった。


「疑問に思ったことは何でも聞いてください」


 対して後輩は動じることもなくにこにこと私を見ている。


 笑顔の大安売り……。


 そんなどうでもいいことを考えてしまうのはいまだに私自身が半信半疑だからだ。

 朝のあの場で、彼が言った言葉は果たして本当なのだろうか。


 もちろん、後輩がいい加減な気持ちでそんなことを言う人だと思っているわけではない。

 それにあれだけ大勢の人の前で堂々と宣言ておきながら、実は嘘でしただなんてあり得ないだろう。


 それでも。

 やっぱりいまだに実感が湧かなかった。


「今朝言ってたことだけど……」

「ああ、僕が先輩を好きだということですか?」


『好き』と言われて思わず顔が赤くなる。

 誰かにこうもハッキリと好意を伝えられたことはない。


 思い返せば元婚約者は気持ちを言葉にするのを嫌がるタイプだった。

『つき合おう』とは言われたけれど『好きだ』とは言われなかったし、結婚だってプロポーズらしい言葉をもらうことはなかったから。


「先輩は全然気づいていませんでしたけど、僕はずっと好きだったんですよ。でもあなたにはつき合っている人がいたから、気持ちを伝えることはしてこなかった」


 後輩は今朝言ったことをもう一度繰り返し伝えてくる。


「あの男は気に入らなかったけど先輩が幸せになるならって我慢してたのに」


「まさかあんな形で傷つけるなんて、本当にクズだな」と何だか物騒な呟きが聞こえた気がした。


「あなたに恋愛的な意味で好かれる理由がわからないんだけど……」


 本当に、わからない。

 ペアを組む相手として仕事は教えてきたし、後輩として可愛がってはきたけどそれと恋愛はまた別だろう。


「先輩って人に対してフラットなんですよね。見た目や性別で差別することもないし、態度も変えない」


 ん?

 それは当たり前だよね?

 というか、『フラットな人』って褒め言葉なんだろうか?


「今まで、変に期待されたり行き過ぎた好意を持たれたり、逆に一方的に敵意を持たれることも多かったから先輩の態度が新鮮で」


 うん、見た目が良かったり仕事ができるタイプはそれはそれで大変ということね。


「しかも、周りをよく見ていて困っていればさりげなく声をかけてくれるし」


 後輩に対してそれは当たり前では?


「ダメな部分はちゃんと指摘してくれるけど理不尽に怒ることもない」


 いや、それは人として当たり前だよね?


 何だかやけに褒められてむずむずする。

 そんな私の居心地の悪さに気づいているはずなんだけど、彼はさらに言葉を重ねた。


「真面目さや誠実さを馬鹿にする人もいますけど、そういう性格って美徳だと思うんですよね」


 そう言うとテーブルの上の私の左手をそっと握った。


 コーヒーショップのテーブルは小ぶりだ。

 向かい合わせに座ってはいるけれど、内容が内容だけに顔を近づけて話していたせいで相手が近い。


「僕は先輩のそういうところも好ましく思っています。だから……」


 持ち上げた私の左手の薬指に軽く口づけて。


「仮初ではなくて本当の恋人に、なってくれませんか?」


 じっと私の目を見つめる後輩の瞳に何とも気恥ずかしそうな顔をした自分が写っていた。

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