願いと祈り

「ルイス!」

先に声をかけたのはスミスだった。

「生きて…たのか」

彼の顔にあったのは驚きと、安堵だった。

どこへ雲隠れしていたのかなど、反感や不満などは一切無かった。

「すまなかった…」

頭を下げるルイスに

「本当は殴ってやりたいとこだ。…それから、抱き締めたい気持ちだが、今はそれを許してくれる状況じゃない」

「分かってる。被害状況と個体ナンバーを教えてくれ」

スミスは手元にあった手書きのメモに目を通しながら答えた。

「死者17人。重軽傷者は30人だが、確実じゃない。もっと増えるかも。そして死亡した人の中には、この個体のオーナーも含まれている」

つまり、命令を出せる人間は居ないと言うことだ。もっとも、暴徒と化したあの怪物が持ち主の言う事を聞けるとは思えないが。

「制御システムは完全にダウンしていると見て間違いない。個体ナンバーはUH-004。オーナーは複数の会社経営者。…表向きはな」

スミスの言葉にルイスは眉をひそめる。

「引き渡し前の身辺調査や提出書類では分からなかった。彼は、陰でギャングを操る裏の顔を持っていた。今回の騒ぎの引き金になったのも、おそらくそのせいだ。禁句のワードを出したんだ」

「禁句のワード?」

スミスは彼に、量産された筐体に潜む重大なエラーを報告した。そのエラーは、ルイスの創ったプロトタイプには無かった事も。

「…そうか。原因はともかく、こいつは厄介だ。さっきここに来る途中ヘリで見たんだが、あいつはミサイルさえ避けれるほどの反射神経と身体能力を持ってる。ヤツに並の武器は通用しない。遠隔攻撃は、焼け石に水だ」


マジか…とスミスは表情を曇らせた。

暴れる怪物のバッテリーはこの前満充電したばかりだ。その電力が切れるまで、どれほどの被害になることか。

「プロトタイプは使えないのか?」

スミスが最後の希望を持って尋ねる。

「無理だ。もともとパフォーマンス用に創られた、いわばハリボテだ。全火器を装備させたところで耐久性もそもそもの容量も比較にならない。…だけど、今はそいつに賭けるしかない」

スミスは苦渋の表情で頷いた。

「そうだな。すぐ準備させる」

「僕は地下の保管庫でプロトタイプの起動準備をする。たのむぞ。相棒」

スミスの顔が、何とか口元だけ微笑んだ。



廊下に出て真っ直ぐにエレベーターへ向かう。

正直勝算は無いに等しいと思っていた。

(やつを間近で自爆させない限り、止めれない

 だろう)

到着したエレベーターに彼が乗ろうとした時、

「スミス」

と、すぐ傍にレアが来ていた。

「わっ!びっくりした。ヘリで待ってろって言ったのに…」

「わたしを連れてって」

彼女の瞳は揺れていた。

「駄目だよ…。危険な場所だ。プロトタイプで戦わせて止めるから大丈夫だ。それに、君を人前に晒したくない」

最後の言葉こそ本音だった。

ひっそりと隠すように存在するアンドロイド。

もし誰かに見られたら、出どころを探られるだろう。

本来は破壊して、存在しないはずのレアを誰の目にも触れさせたくはなかった。

レアは悲しい目でルイスに言った。

「お願い。ルイス。わたしたちはいつも一緒。ずっと一緒。そう約束したはずよ」

もしかしたらレアは、自分のやろうとしている事に気付いてるのかも知れないと彼は思った。


プロトタイプに戦わせている間に奴に近づき、バッテリーを破壊する。

これしか方法は思いつかなかった。

そしてそれを実行すれば、自分も爆風により無事では居られない事も。…いや、命を失う確率の方が高いという事も。

それでも自分がやらなければならないと思っていた。

「…僕は、いや。僕らは…。うぬぼれていたのかも知れない。医療技術と科学技術の結晶、あのアンドロイドを創る事に成功した事で、まるで新しい命を生み出したかのような成功体験に陶酔していた。まるで、神にでもなった気分だった。でもそれは、生命を侮った罪深い行為だ。我々は、踏み入れてはならない領域を侵したんだ」


レアは最高傑作だ。これ以上の存在はない。それは技術的にも、自分を満たしてくれる存在という意味でも。

だが、所詮は人が創り出したもの。傑作と呼ぶ時点で、それは作り物。本当の命ではない。

命を生み出す事が出来るのは、神と女性だけだ。どんなに科学が発達しても、この理を侵してはならないのだ。

自分の望みのためにレアを生み出してしまった事に、ルイスは彼女というアンドロイドに申し訳なさと後悔の念でいっぱいだった。


だが、彼女なしでは生きていけない。それもまた事実だ。


「プロトタイプではあの怪物には敵わないわ。それどころか、2つのロイドが暴れる事で、もっと被害を大きくする事になる」

レアはスミスを真っ直ぐに見つめて、はっきりとした口調で告げた。

「わたしを使って。スミス」


悲しい目をしてルイスは首を横に振る。

「だめだ…。そんな事、出来ない」

「どうして?わたしを傷つけたくないから?それとも人に見られたくないから?でも、方法はそれしかないわ。…わたしは、あなたを失いたくない…」

「レア…」

ルイスは力強く彼女を抱き締めた。

なんて事だ。何という事だ。

僕はまた自分のエゴで、彼女を、彼女の思いを、存在を、自分の都合のいいようにしようとしていたのだ。

レアはルイスに言った。

「プロトタイプの保管庫に連れてって。もう一度、わたしの全てを調べて。わたしなら、あの怪物に対峙できる。お願い。ルイス」

「…分かった」


二人は地下にある研究施設へとエレベーターで降りていった。

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