テクノロジーの選択

ラボの中にある特殊ガラスを隔てた向こうに、筐体は目を閉じて立っている。

スミスは全スタッフを集め所長も呼び出し、これから行うことを説明していた。


筐体からは全ての危険要素が遮断されている。特別な部屋は、ガラス面以外は全て4mの分厚いコンクリートで覆われているが、スミスは万全を期して物理的な破壊以外は出来ない様にしておいた。

箱の中の怪物はそれ程危険なのだ。

「いいですか。私が色々な指示をあのアンドロイドに出します。皆さんは数値とオシロスコープ、どちらも注視して見ていて下さい」


波形を時間軸に沿って表示させるオシロスコープと、各センサーの数値をデジタルで可視化させたモニター。

全員がそこに注目したところで、スミスは命令をアンドロイドに出した。

「その場で駆け足」

アンドロイドは目を閉じたまま、言われたように駆け足を始める。

人間では不可能な速さとともに、モニターでは消費エネルギーと体の揺れを感知するGセンサーに僅かな動きが見られる。

スミスは次の指示を出した。

「警戒」

アンドロイドは駆け足を止め、目を開く。

そして数値は各センサーの変化を表示させる。

デジタルより波形グラフの方がより変化が分かりやすかった。

「訓練。戦え」

アンドロイドは周りに敵が居ると自分で想定して、手足を使い戦っている動きを見せる。

日本で見た空手の演武の様だとロバートは思った。

そして現在のところ、攻撃力数値が少し上昇している事が全員確認出来た。

ロバートは焦らされている様な気分になって、たまらず声を出した。

「一体何をしようというのかね。センサーの数値も感度も全て正常じゃないか。設計通りだ」

スミスは彼らを振り返る。

「そうです。全て正常です。他にもたくさん試しましたが、どれも異常をきたすことは無かった。あるワードを除いては」

ざわざわする彼らに、スミスは波形をよく見ているよう伝えて、アンドロイドにあの言葉を発した。

「こうげき」

するとガラスの中でおとなしくしていたロイドは突然目を開き、指先でピストルの形を作ってガラス越しの人間達に向かって構える。

スタッフ達は一瞬身構えたが、アンドロイドの手はまるで空砲を撃つように、レーザー銃が発せられることは無かった。

アンドロイドは次の攻撃手段、波動レーザーを出そうと口を大きく開く。

本来ならここで口腔内は赤く光り、ガラスを強力な衝撃が襲うところだが、遮断しておいたおかげでこちらも空砲に終わった。

「あ…。お、おいっ」

スタッフの一人がオシロスコープを見て声を上げる。

表示された波形は最上限まで達し、その上には「攻撃力」と出ている。

更に驚いたことに、こちらの命令を受け入れるはずの「制御」の数値は、低い所で波打つ様に乱れていた。

「こ…これ、は…」

そこに居る全員が驚愕した。

「そうです。ロイドは『攻撃』というワードに対してエネルギーを優先的に使用する。ただ、特殊バッテリーといえど、その容量は無限ではない。だから他の機能を抑えて攻撃力を最大に生かせるコントロールを始めます。…制御が利かなくなる程にまで」

人間の命令に忠実なはずのアンドロイド。それが制御を失い、攻撃力を最大まで引き出してしまったら。それはもはや、モンスターでしかない。

しかもその怪物は、電力を失うまで暴れ続けられるのだ。最長で、2カ月間も。

スミスは暴れまわるアンドロイドの体内供給電源をリモートで遮断した。

まるで糸が切れた人形の様に筐体はその場で力なくゆっくりと倒れ込んだ。


唾を飲み込んでロバートは冷や汗も拭わず問いかける。

「こ、この現象は何だ?全ての筐体で起こるのか?」

スミスは「現時点での推測ですが」と前置きした上で答えた。

「おそらくほぼ全ての筐体に同じ様な現象は起きるでしょう。ただどのタイミングでそれが起きるのかは分からない。分かっているのは『攻撃』というワードに対して反応する事。そして、プロトタイプにはこの現象は生じなかった、という事です」

同じ実験を彼はもうひとつの筐体、プレゼンテーションで披露したあのロイドにも試してみた。だがこの筐体には異常現象は生じなかったのだ。

「何故だ?なぜ、プロトタイプには…」

同じ型の2体のロイド。しかしこの2つを、別物にしたタイミングがある。そのタイミングにロバートは気付いた。

「量産…、か?」

スミスは黙って頷く。

「あの時プログラミングを再修正してコピーし、同じものを全てのロイドに搭載しました。スペックを最大限に生かせる様、プログラミングを担当したのはデニム」

全員がデニムを振り返った。

わなわなと震えだした彼はみんなに訴えかける。

「そんな…。ぼ、僕は制御を悪さする様なプログラムはしてません!あの時指示されたのは、コストをかけずに攻撃力を高めろって、その…所長に指示された通りに…」

今度はロバートが目を剥いた。

「俺は攻撃力を高めろとは言ったがそれは政府の、軍関係者の意向だ!それに、こんな言う事聞かない怪物に仕立てろなんてひとことも言ってないぞ!」

冷静さを失い今にも掴みかかりそうな勢いのロバート所長にスミスが割って入った。

「落ち着いて下さい!今は誰かの責任を炙り出す時ではありません!それに、彼のプログラムは確かに制御に影響を及ぼすものでは無かった。攻撃力を高める代わりにバッテリーセーブを解除するのと、他のセンサー類の感度を下げる、そのぐらいのリプログラミングしか成されていない」

ロバートはデニムの襟から手を離した。

「じゃあ、なんでだ…」

「…まさか。ロイドが、自分で…?」

スタッフの一人が突拍子もないもない事を口にした。

だかその言葉にスミスは黙って頷く。

「そうです。僕もまさかと思っていました。そんな事、あり得ないと。でもそうとしか考えられない。遺伝子を組み込まれたこのアンドロイドは、データを蓄積し、成長し、そして、自らプログラムを学習し、書き換えられる事に気付いた。そして彼は考える。強力でも制限のかけられたバッテリーの容量を、どう使えば攻撃力を高められるのかと」

全員、信じられないという顔をした。

無理もない。スミス自身そうだったのだ。

「制御に関してのプログラムは、その重要性から多くの機能が備わっています。当然そこに使われる電力も大きくなる。ロイドはそこに着目し、いかに効率的に容量を使い分けれるか思いついた。自分にとって、ね」

それがスミスの導き出した答えだった。

「AIにしろアンドロイドにしろ、我々の未知の部分は多い。想像も予想もしてなかった事態が起こりうることも絶対に無いとは言い切れない。…人は神にはなれない。我々は、踏み込んではならない領域に踏み入れてしまった。

己の未熟さも顧みず。自分達が創った物は自分達の思う様になる。そんな傲慢な理想の下に」


未見にシワを寄せ、しかめっ面をしても、だれにも反論出来なかった。

 踏み入れてはならない領域。

人がヒトを創り出すことは出来ない。疑似ロボット動物は創れても、新たな生命を創り出すことは出来ないのだ。

落胆するスタッフにスミスは声を掛けた。

「問題は山積みです。ひとつずつ、しかし早急に対策を練りましょう。でもまずは、こちらの依頼を優先したい」

スミスは一枚の大きな写真を見せた。

映っていたのは、病室のベッドでミイラの様に包帯で包まれた男性患者だった。

「彼は、先の機密作戦で負傷し一人だけ助かった若い兵士です。軍部関係者から、我々の技術で彼の手足を造れないかと話しが来ています。今までの義手の類ではなく、感覚も、脳からの信号を検出して自由に動かすことも出来る、彼の右手と右足を再生する事は出来ないかと」


戦争のために利用されかけていた技術が、一人の人生を救うために求められている。

スタッフは力強く頷いた。

「可能です。アンドロイドで使われた技術を応用して、脳に小さなチップを埋め込めば。彼は再び自分の意思で、その手足で、家族の温もりを感じる事が出来る」

誰もが胸を震わせた。

「よし。やろう!」

「誤動作・制御不具合関連の対策チームと分けて、全員全力で取り掛かろう!」

「我々の技術と真義が試される時だ。全てを賭けよう!」


全スタッフが自分の成すべき仕事に早速取り掛かった。

置いてけぼりを食らった様なロバート所長はそっと席を外し、今度トラブルが起きた時に責任を負わされないよう、別室で辞表を書き始めた。

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