第9話 射手座『流星の行方』

1. 冬のはじまり、約束の場所で

 冬の風が吹き抜ける夜、山の頂上にある展望台で僕は立ち尽くしていた。


 吐く息は白く、指先は冷たい。


 空を見上げると、無数の星が瞬いている。


 「相変わらず、いい場所だね。」


 後ろから聞こえた声に振り向くと、そこには明るく微笑む彼女――陽菜(ひな)がいた。


 「久しぶり。」


 「うん、久しぶり。」


 軽やかに近づいてきた彼女は、いつものようにカジュアルなコートに身を包み、無造作にまとめた髪を揺らしていた。


 まるで、何も変わっていないみたいに。


2. 旅する彼女、留まる僕

 陽菜はいつも自由だった。


 高校を卒業してすぐに海外へ飛び出し、世界を旅してきた。


 「イタリアの夜景、すっごく綺麗だったよ。」


 「ふーん。」


 「アルゼンチンでは星空ツアーに参加してね、見たことないくらいの流星群が――」


 「……へえ。」


 話を聞くたび、胸がざわつく。


 彼女はどこまでも遠くへ行く人で、僕はここにいる人間だ。


 昔から分かっていたことなのに。


 「そういえば、どうして今日ここに?」


 彼女の問いに、僕は少し視線を逸らす。


 「……流星群が見られるって聞いたから。」


 「ふーん、本当に?」


 「どういう意味だよ。」


 「だって、ここって昔、私たちが約束した場所だよね?」


 陽菜は悪戯っぽく笑う。


 「先に旅に出て、世界を見てくる。そのあと、ここでまた会おうって。」


 「……そんなこと、言ったっけ。」


 「言ったよ。私のこと、待っててくれるって。」


 彼女の言葉に、心がざわつく。


3. 射手座の衝動

 「ねえ、冬馬(とうま)。」


 「ん?」


 「私、またすぐ旅に出るんだ。」


 「……どこに?」


 「次は、アフリカ。」


 迷いのない声だった。


 「やっぱり、お前はすごいな。」


 「そう?」


 「怖くないのか? そんなに遠くまで行くの。」


 「怖いよ。」


 彼女はふっと笑う。


 「でも、それ以上に、見たい景色があるから。」


 そう言って、彼女は遠くの夜空を見つめる。


 その目は、いつかのまま。


 「お前は、止まらないんだな。」


 「うん。でもね。」


 「でも?」


 「ちゃんと戻ってくるよ。」


 「……どこに?」


 「ここに。」


 彼女は僕を見つめ、いたずらっぽく笑った。


4. 流星の約束

 「冬馬。」


 「ん?」


 「一緒に来る?」


 唐突な言葉だった。


 「え?」


 「今からでも間に合うよ。一緒にアフリカ、行く?」


 「……無茶言うなよ。」


 「そっか。」


 陽菜は肩をすくめ、空を見上げた。


 その瞬間、流れ星が夜空を横切る。


 「願い事、した?」


 「……してない。」


 「ふーん。」


 「お前は?」


 「私はね……」


 彼女は言葉を止め、少し笑った。


 「秘密。」


 僕の隣で、陽菜はいつものように笑っていた。


 夜風が吹き抜ける。


 僕は、ただ彼女の横顔を見つめていた。


【終わり】

――「どこまででも行ける。でも、君と見た星空だけは、ここにしかない。」

射手座らしい、自由と約束の物語。

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