屋上でのひと時
その日、午後の授業が終わると、天音がいつものように美咲に話しかけてきた。
「ねえ、美咲ちゃん、屋上行かない?」
美咲は驚いて顔を上げる。
屋上なんて、昼休みでもない限り、行くことはほとんどない。
「え、屋上?」
天音は嬉しそうに頷いた。
「うん! 今日の天気、すごく良さそうだし、ちょっと行ってみたくない?」
美咲は少し戸惑いながらも、天音がそんなに楽しそうに言うならと頷いた。
「わかった、行こうかな」
二人は急ぎ足で階段を上がり、屋上の扉を開ける。
陽の光がぎらぎらと照りつけ、心地よい風が吹いている。
屋上には誰もいない。
天音はそのまま手を広げて、深呼吸をした。
「うーん、気持ちいい!」
美咲もその光景に少しだけ心を和ませながら、屋上の隅にあるベンチに腰を下ろす。
天音はその隣に座り、無邪気に笑顔を向けてきた。
「ここ、いいよね。普段は誰も来ないし、静かで落ち着く」
「うん、確かに。こんなに静かな場所、久しぶりに来たかも」
美咲は周りを見渡しながら、心が少し落ち着いていくのを感じた。
高いビルや校舎が見えるけれど、それらが何だか遠くに感じられて、静かなこの場所がまるで別世界のように思えた。
天音はしばらくの間、無言で空を見上げていたが、ふと顔を向けると、美咲に向かって言った。
「美咲ちゃんって、普段すごくおとなしいけど、こうやって話すと意外と楽しいよね」
「え?」
美咲は驚いて天音を見た。
おとなしい、という言葉が少し引っかかったが、天音はそんなこと気にせずに続けた。
「だってさ、普段クラスで見てる美咲ちゃんって、静かで本ばかり読んでるようなイメージじゃん。でも、こうやって話してみると、すごく面白いことを考えてるんだなって思う」
「そんなこと、ないよ」
美咲は恥ずかしそうに微笑んだ。
普段、他の人とこんなに長く話すことはなかったから、天音の言葉が心に響く。
「本当に?」
天音は美咲をじっと見つめる。
その視線に、美咲はどこか照れくさく感じて、目をそらす。
「うん、私、あまり人と話すの得意じゃなくて……」
すると、天音はすぐに肩をすくめて言った。
「それもいいじゃん。自分のペースで過ごせるのが一番だよ。そんな美咲ちゃんも、私は好きだよ」
その言葉に、美咲の胸がドキドキと高鳴る。
彼女がまっすぐに自分を見てくれるその瞳の奥に、何か温かい感情がこもっているように感じた。
「天音は、いつも元気で楽しそうだよね」
美咲が言うと、天音は少し考え込むようにして答えた。
「うーん、元気に見えるかもしれないけど、実は結構一人の時間が好きだったりするんだよね。もちろん、みんなといるのも楽しいけど、一人で過ごす時間も大切にしてる」
「そうなんだ……」
美咲は少し驚いた。
天音は、いつも周りを引っ張っていくような存在で、そんな風に思っているなんて意外だった。
「うん。だから、屋上みたいな静かな場所が好きなんだよね」
天音の言葉に、美咲はうなずきながら、改めて屋上の空気に身を委ねる。
風が心地よく、空の青さがどこまでも広がっている。
しばらく黙って空を見上げていた二人の間に、心地よい静けさが流れる。
その時間が、どこか特別に感じられて、美咲は思わず口を開いた。
「天音って、普段はどんなことを考えてるの?」
天音は少しびっくりしたように美咲を見つめたが、すぐに楽しそうに答えた。
「うーん、やっぱり未来のことかな。将来、どんなことをしているのかなって考えると、ワクワクするよね。美咲ちゃんは、どう?」
「私は……」
美咲は少し考え込みながら答えた。
「私は、まだ分からない。でも、こうして本を読んだり、静かな場所に来たりするのが、すごく好きだから、将来も自分のペースで好きなことをしていたいなって思う」
天音は静かに頷きながら、美咲の言葉を受け入れた。
「それもいいよね。自分のペースで生きるって、すごく大切なことだと思う」
二人はしばらくお互いに言葉を交わさず、ただ空を見つめていた。
その時間が、少しずつ美咲の心に穏やかな変化をもたらしていた。
普段、誰かと一緒にこうして静かな時間を過ごすことがなかった美咲には、天音と過ごすこのひとときが、どこか温かくて心地よく感じられた。
そして、美咲は心の中で決めた。
これからも、少しずつでもいいから、天音と一緒に過ごす時間を大切にしたい。
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