第19話 ゴリラ食べたら元気100倍


(あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙~~……)



 その頃生徒会室を出て行った葵はというと、家には帰らず教室の机に突っ伏して唸っていらっしゃいました。



(ああ~~やってしまった。どうしてあんな言い方……ドラ〇もんにお願いしてやり直したい)



 どうやら、先程のことを相当悔いているようです。



 でもよく言ったと思いますよ。少なくともさっきの女王様は、会議どころではなかったのですから。


(そうだとしても言い方ってもんが……。わたしめちゃ強設定なのに、友達のこととなるとヘタレになるのおおぉ……)


 その辺りの文句はどうぞ、生みの親にでも言ってくださいな。



 相も変わらず脳内でそんな会話をしながら机に突っ伏しながら考えていたので、葵は教室に誰かが入ってきたことに気付きませんでした。

 カタンと前の席の椅子が引かれ、驚いて顔を上げてみると、そこにはゴリラのマーチを手に持つ秋蘭。



「食うか?」



 そう言って彼は、大好きなお菓子を差し出してくる。



 ……これはどうするのが正解なのだろう。

 あの、甘いものが大好きでしょうがない彼が、お菓子を人にあげるとか。



「食べると、元気百倍だ」



 彼は、葵が落ち込んでいると知っていたのだろう。



(ア〇パ〇マ〇みたい……)



 理事長室の隣の部屋にある隠し扉から、わざわざこれを取ってきたのだろう。というか、そこにあるって知ってたんですね。



「あ、ありがとう」



 箱からひとつ取り出したそれには、大泣きしているゴリラがプリントしてあった。それを見てもらい泣きそうになったけれど、口に入れるとチョコの甘さで気分が少しだけ紛れた気がした。


 彼は何も言わず、ただひたすらにゴリラのマーチを食べていた。

 でもこの沈黙は嫌じゃない。寧ろ居心地がよかった。



「葵は、本当にやさしいな」


(わたしが、やさしい?)



 怪訝な表情になる葵。



「わたしの、どこが……」


「葵はやさしいよ。やさし過ぎる」



 ――お前はやさしいから。


 彼の声が、信人の声と重なって聞こえてくる。




(……違う。そうじゃない。だってわたしは……)



 ただ自分のために、こんなことをしているだけだから。



「だって、葵はわざとあんな言い方したんだろ?」


「アキラくん……」


「紀紗が途中からおかしくなったのは、俺も気付いてた。でも、聞けなかった。俺がすべきではないと思ったから」



「だから動かなかった」と、そう言う秋蘭。

「だから」と彼は続ける。



「だから、嫌われ役を買ってまであいつらが話せる機会を作ってくれて、ありがとう」



 彼も彼女を心配してる一人なんだろう。けれど踏み込んではいけないと思っているのか、そんなことを言う。



「アキラくん」


「ん?」



 しばらくしてから名前を呼ばれた秋蘭は、どうしたのかと顔を上げると――むにっと頬を摘ままれる。何が起こったのか、どうしてこんなことをされているのか。わずかに痛んだのか、彼は少しだけ顔を歪めながら、何度か瞬きをするだけ。



「それについてはどういたしまして。でも、わたしは今のアキラくんにちょっと怒ってます。だからつねった。何故だかわかる?」


「…………」


「……あのね。わたしはチカくんがキサちゃんのことで悩んでるって知ったから、今回はちょっとキツい言い方したけど話せる機会を作った。でもアキラくんも心配してるんでしょう? それなのに……俺は聞けなかった? すべきじゃなかった? ――っ、そうじゃないでしょう!」



 葵は一度思い切り息を吸い込む。



「確かにチカくんは心配で心配でしょうがないのかもしれない。でも、心配するのに一番も二番もないよ!」



 葵は秋蘭の胸に、どんっと拳を突き立てた。



「わかったかアキラくん」


「…………ふっ」



 摘ままれた痛みで頭がおかしくなったのか。彼はふっと息を洩らした後、葵の机に突っ伏し肩を揺らして「ははっ」と声を上げながら笑い始めた。



「あ、アキラくんが壊れた」


「いや悪い。……俺は、何しに来たんだっけと、思っていたんだ」


「うん?」


「俺は確か、お前が紀紗に言い過ぎたと思って落ち込んでるんだと、そう思っていたんだけどな」



「だから来たんだ」と今度はハッキリ言われた。やっぱりそうだったのか。でも。



「ゴリラ食べたら元気100倍だよ」


「一個だけで?」



 また彼は笑い出す。どうしたのか。今日の彼はよく喋るし、よく笑う。



「俺は別に、葵に励まして欲しくてきたわけじゃないのに。なんでこんな、スッキリしてるんだろうな」



「ははっ」と、やっぱり彼は笑っている。



「……怒ってないの?」


「お前は怒るようなことをしたのか?」


「だ、だって……」


「だってお前の言う通り、それは譲らなくていいことだった。心配ならその時追いかけたらよかったんだ。ここにいる俺たち全員」



 彼の視線は、廊下の方へと流れている。



「そうだ。その通りだ! だから、わたしなんてほっといてキサちゃんを追いかけるべきだったのに! 何してるん――ッ。……いひゃい」



 今度は葵が目を瞬かせる番だった。

 秋蘭が、葵の頬を軽く抓ったから。



「なんで今、俺が抓ったかわかる?」


「……わからない」



 だって今は、何より紀紗を優先するべきだから。



「今お前が、『わたしなんて』と言ったから。確かに俺たちは紀紗が心配だし、それは変わらない。でも、今紀紗には千風がついてるから大丈夫だ。……だから葵。俺たちは、お前のことも心配だったからここに来たんだよ」



 彼がそう言うと、廊下にいたみんながぞろぞろと教室に入ってきて、葵のまわりを囲み始める。

 入ってきたみんなは何も言わない。翼や茜なんかは、責めたことを悔いているのか、申し訳なさそうな顔までしている。



「葵。どうしてみんなが心配してるのか、お前はもうわかっているんだろう?」


「……うんっ」



 ――そんなの、友達だからに決まってる。




「心配してくれて、ありがとう」



 その日も葵は、初めての友達と一緒に下校していったのだった。



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